1度目の親ガチャはクソだった件①
久しぶりの投稿です。
武器オタクのおっさんが異世界で大成功する物語。
(寒い……)
ボロアパートの2階の吹き晒しの廊下で4歳の鉄馬はうずくまっている。
外に出されてから、もう4時間は経っている。足元にあったあんパンが入っていた袋が、風でカサカサと音を立てて鉄格子の壁に張り付いた。半額と書かれたシールが目に入る。
これは昼ご飯の代わり。外に出された時に母親が鉄馬と一緒に外へ放り投げたのだ。朝は何も食べていない。昨日の夜はカップラーメンを1個食べただけだから、昼にむさぼるようにそのパンを食べた。
それからすることがない。公園に行って遊ぼうかと思ったが、もし、母親がドアを開けた時にいないと一晩中部屋に入れてもらえない。
だからドアの外から離れるわけにはいかなかった。
こういうことはしょっちゅうあった。母親の彼氏というのがやって来ると鉄馬はいつも外に放り出された。
悲しかったが、その方がよいと思った。中にいるとその彼氏という男に殴られたり、たばこの火を押し付けられたりするからだ。
母親の彼氏というのはしょっちゅう変わる。人は変わるがどいつも皆同じだ。鉄馬を邪魔扱いし、面白半分に暴力を振るうのだ。
その時は母親も同調する。まるで鬼ばばのような形相で鉄馬を殴ったり、水風呂に沈めたりするのだ。泣き叫ぶと激しくなるから、鉄馬はもう反応しないようにした。そうすれば痛い目に合わず、外へ出されるだけだからだ。
でも地獄の日々も終わりがある。アパートの大家が児童相談所に通報してくれたのだ。鉄馬は保護されて施設に行った。
そこは家と比べると天国であった。家にはない温かいふとんと温かい食事があったのだ。そして優しい大人も。そして小学校に通い始めると自分の母親がとんでもない人間だったことを知った。
(俺の親はどうしようもないクズだった。親ガチャに失敗したのだ……俺は……)
普通の親をもつ学校の友達と自分を比べて、自分が引いてはいけないクソを引いてしまったのだと思った。
それから30年の月日が経った。
「はあ……。疲れた~」
夜の8時。電車に揺られて駅に着き、10分歩いてようやくアパートに到着した。
小田鉄馬はズボンのポケットからジャラジャラと鍵を出し、薄い扉の飛び出たノブにそれを突っ込んだ。
キキキ……金属がわずかにこすれる音がしてドアが開く。
昼間の夏の太陽に照らされて温められた空気がむあっと顔を撫でるが、十分に気温が落ちていない外の空気も大して変わらない。
ましてや、外回りの仕事で汗をかいた鉄馬には大した刺激にもならない。
鉄馬は革靴を脱いで、丁寧にそろえて置く。トタトタっと短い廊下を靴下で通過し、上着を脱いでハンガーにかけた。
そしてネクタイを外してワイシャツも脱ぐ。いつも身に着けている12面体のサイコロを模した小さな首飾りをTシャツの外に出す。
鉄馬はここまでして(ふう)と息を吐いた。そして素早く冷蔵庫を開けた。
ひんやりとした冷気が汗まみれの顔を撫でた。
「これだわ~」
鉄馬は銀色の缶のプルトップに人差し指を突っ込む。グイっと起こすとプシュッと炭酸がもれる音がする。
そして魅惑の泡がその隙間からじゅわっと盛り上がる。
「グビグビグビ……」
喉を鳴らして鉄馬はビールを飲む。
暑い外気に晒された全身にそれがグイグイと染み渡る。
飲みながら鉄馬はリビングのソファに腰かける。そして壁を眺めた。
部屋は36歳の独身男がいる部屋のイメージとは違い、きれいに整っている。几帳面な鉄馬は毎週ゴミ出しを忘れないし、服も脱ぎ散らかさない。
鉄馬はテーブルにビールの缶を置くと、首からかけたペンダントを指でいじる。ガラスでできた12面のサイコロは6面体の角錐が2つくっついたデザインだ。
めずらしいデザインだが、これにはあるギミックがある。鎖からサイコロ部分を外すと、鉄馬はリビングの座椅子に座り、テーブルにそれを転がした。
コロコロと転がったサイコロはやがて止まり「4」を示した。
「今日の運勢は×。最悪の日でしょう」
鉄馬はそう言うとため息をついた。そして缶ビールの中身を流し込む。
「ふい~っ」
(今日は全く成果なし……)
鉄馬は資産運用会社とフリーランス契約をして働くFPである。
FPとはフィナンシャルプランナーの略。家計に関わる金融、税制、不動産、住宅ローン、保険等に精通し、顧客のマネープランを立てアドバイスをする仕事である。
金融の専門家であるが、保険会社や銀行にいるFPとは違い、鉄馬は会社とフリーランス契約を結んで働いている。個人経営者である。
契約先の会社は鉄馬たちFPが、顧客に金融商品や保険を売ってその手数料で収益を上げている。
鉄馬は会社から毎月専属契約料として10万円をもらう。契約を取ると1案件につき、成功報酬を受け取る。調子がよいと月に100万円を稼ぐこともあるが、契約が取れないと10万円で終わる時もある。
会社にとっては福利厚生も教育、管理も必要としなく、専属契約料の10万円は経費と考えれば実に都合がよい仕組みだ。ボーナスも退職金もいらない。
さらに契約が取れない状態が3か月連続すれば、自動的に次の専属契約はなくなる。基本給だけもらって暮らすなどというずるいことはできない。
鉄馬にとっては不利なようだが、会社とは対等な関係。労働に制約はないし、働いて成功すれば直結で収入増につながる。面倒な上司もいないから、メリットは大きいと考えている。
しかしそれも、顧客に金融商品を買ってもらわないとメリットはデメリットを大きく下回る。
今日も午前中は子育てが終わった公務員にアポを取り、ライフプランの分析から残りの人生設計にあった貯蓄型の保険を勧めた。
手ごたえはかなりあったが、もう少し考えさせてくれという返答。
もう一人は子供が生まれたばかりのサラリーマン家庭。学資保険に入りたいということであったが、 今は学資保険でよい商品がなく、これも貯蓄型の外貨運用型の保険商品を勧めたところだ。
病気やけがの場合は、今は自治体で中学生まで医療費無料のところがあるから、わざわざ入院費用に備えた保険に入る必要はないとアドバイスした。
ここ最近の世界的な経済の低迷で株式、債券いずれも低調でこれといった美味しい投資先がない。だからといって、銀行に預けても利子はほとんどつかず、10年、20年のインフレーションを考えれば目減りするだけである。
その辺のところを説明してリスクをとって投資を促しても、残念ながら普通の人間は、投資に踏み切ろうとしないのだ。日本人の悲しい習性だ。
鉄馬は自分にまとまった資産があれば、投資したいと思える金融商品はあるのだが、如何せん、金がない。毎日生きるだけで精一杯なのである。
よって、顧客との面会を繰り返し、成果もなく疲れた体を引きづって帰る毎日を繰り返していた。
この半月、金融商品を売ってないので、今月の給料に歩合部分は相当ヤバいことになっている。
「まあ、明日には明日の風が吹くさ……今日は4で最悪だけどな。こういう時はさっさと寝るに限るぜ……だが」
鉄馬はそう強がりの独り言を言ってビールの缶をテーブルに置いた。そして立ち上がると壁に展示してある剣を取り外した。
なぜ壁に剣が飾ってあるのかって?
それは決まっている。
鉄馬は超が付くほどの『武器オタク』なのである。
よって、壁には古代から中世にかけてヨーロッパで使われたショートソード、ロングソードが飾られている。もちろん、銃刀法違反になるから、刃のないレプリカであるが、重さもデザインも当時のものを再現したものだ。
鉄馬が今持っている剣は『ブロードソード』である。ブロードソードと言えば、ファンタジーRPGをやったことのある人間なら聞いたことがある名称かもしれない。
ただ、大抵の人間はオーソドックスな長い剣という知識しかないだろう。
ブロードソードは幅広の剣の総称。17世紀に作られた両刃の打ち切り用刀剣である。19世紀には騎兵用の片刃剣として発展し、ナポレオン戦争で大いに活躍している。
鉄馬が手にしているのは、ブロードソードの中でも『スキアヴァーナ』と呼ばれるものだ。これは鍔に特徴があり、斬りあいになった時に拳をガードするための籠状ヒルトを備えている。
「これは16世紀ヴェネツィア共和国のスラブ人親衛隊の正規装備。さすがイタリア。このデザインは秀逸だぜ……」
そう剣を振って鉄馬は独り言を言う。この時間が至福の時なのだ。
鉄馬は『スキアヴァーナ』を壁にかけると次は日本刀に手を伸ばす。
「太刀銘、助真。いつ見ても美しいのう……」
まるで殿様のような語尾。鉄馬は日本刀を手にするとこのように時代がかった言葉になる。
「助真」とは、鎌倉時代に造られた備前一文字派の助真の手によって作られた名刀。身幅が広く、日本一の豪壮な太刀と言われる。
もちろん、これはよくできたレプリカ。本物は徳川家康が加藤清正から献上されたと言われるもので、日光東照宮に収められている国宝だ。
「ああ……この太くて短い猪首鋒。そして帽子にある箒かけ模様の素晴らしさ……なにより、大きな丁子の実を並べたような丁子乱れの刃文の神々しさ。これは惚れる……俺はこの刀に恋している~」
そう言って鉄馬は頬ずりをする。レプリカと言っても特別に20振りだけ作られた限定品。50万円出したが後悔はしていない。
一通り刀とのスキンシップをすると、その刀を壁にかける。そして鉄馬は振り返る。反対の壁は銃器のコレクションが展示してある。
手に取ったのはフリントロック式のピストル。これは本物。ヨーロッパの古道具屋で見つけた骨とう品だ。壊れていて部品もいくつか、なかったので日本に合法的に持ち込めた。
足りない部品は自作して取り付けた。もちろん、弾丸は発射できないから警察に厄介になることはない。
「このグリップの重厚さ、コック部分の繊細なデザイン……いつ見ても惚れ惚れするなあ……」
このフリントロック式のピストルは、18世紀の騎兵が装備していたもの。騎兵だから片手で操作できるように工夫されている。
「そして今日の愛でる最後の1つはこれ……」
フリントロック式のピストルを壁に掛けると、今度は木箱の蓋を開ける。
中には『ベレッタM92FS』。アメリカ軍の正式採用拳銃。9mmパラベラム弾を打ち出せるベストセラー銃だ。
映画やゲームでもよく使われる銃で、スライド上部が切り開かれたシルエットがカッコいい銃である。
オーソドックスであるが、こういう拳銃は味があって大好きなのだ。もちろん、本物ではなくてレプリカ。しかし、重量からデザインまで本物に近づけた逸品である。おもちゃで弾を発射することはできないから、銃刀法違反にはならない。
「ああ……好きだお~。君は美しいお~」
ビールの酔いが回ってしまったのか、誰かが見てれば間違いなく110番してしまう変態さである。
トントントン……。
不意にドアを叩く音がした。
鉄馬は天国から地獄へ落ちたような表情になる。
サイコロが示したように今日は最悪の日である。
(やっぱり、「4」かよ……ついてねえ……)
こんな夜に自分を訪ねてくる人物に心当たりがあるのだ。




