次の目的地
「ああ、これは!」
タテマチが階段を最後まで登りきる前に声を上げる。僕の視界にも、世界の様子が入ってくる。
空には雲一つない。太陽もない。飛んでいる鳥の一羽もいない。薄い赤黒い平坦な空が、ただただどこまでも続いている。
「……すっ、すごいな。世界の終わりかよ」
ああ、言っちゃったよ。やっぱりそう思いますよね。
「車も動いていないみたいだ。やっぱり、全員消え去ったのか」
年下の僕がいた手前、意識的に冷静を装っていたのだろう。さすがにこの状況を目にしては、そうもいかなくなっているのか、フラフラと力なく前に進む。
「僕は最初、屋外にいたんです。だから、この空は見ていました。一瞬でしたよ。周囲の人が消えるのと同じ瞬間、一瞬で空が水色から赤色に変わったんです」
「一体、何がどうなるとそんなことが起きるんだ」
周囲の人間が消えた瞬間のことで気なっていることがいくつかある。が、まずは世界に二人しかいない(少なくとも今は)状況で安全をどのように確保すべきかを優先するべきだ。あまり意味のない話で議論を広げないほうがいい。
タテマチは路上の中央に置いてある車に近づいて中を覗き込む。
「空の様子もそうなんだけど、この止めてある車も違和感が……」
僕も同じ車を覗き込む。アクセルが少し下がっている。踏み込んだ足だけがなくなったように。タテマチが運転席のドアを開け、乗り込んむ。
「だめだな。アクセルを踏み込むことはできるが何の反応もしない」
「車に限らず電子機器はどれも使えそうにないです。すでに気づいているでしょうけど、スマホも」
「車が使えないのは痛いな。こうなると移動手段が自転車くらいしかないぞ」
「どうしたもんかな」
タテマチは車から降りて、腕を組んで車にもたれかかる。
「ちょっと状況を楽観視してた。レン、この様子を見てたのか。よく冷静でいられたな」
「いやいや、起きてる出来事のスケールが大きすぎて反応のしようがないだけですよ。あとはすぐにあの怪物に襲われて、冷静に考える暇がなかっただけ」
嘘はついていない。……周囲の人間が消えて……空が赤くなり……赤い怪物に追いかけられる。これが30分の間に全部起こったのだから、一つ一つについて考える余裕はない。
ああ、今はそんな言い訳ができる。目の前に起きる事象すべてが他人事。まるで夢を見ているようで、実感がわいていないだけ。こんな危機感のない人間は、どうせ普通の生活をしていても、すぐに……。はぁ。と、音が出ないように軽くため息をつく。
話を切り替えよう。
「これからどうしましょうか。選択肢は、警察、自衛隊、米軍基地くらいしか浮かんでませんけど」
「自分の家に帰る、って選択肢は入れなくていいのか?」
タテマチは少し驚いた様子だ。……普通は入れるか。
「この状況で家に帰ったとしても、何も解決しなさそうです。それに歩いて帰るにはかなり距離がある」
「なるほど。もっともだけど……、冷静だなぁ」
「タテマチさんは家に戻ろうとしてますか?」
「俺は一人暮らしだから急いで戻る必要はない。実家は……岡山だからすぐにはいけないしね」
タテマチの目が少しだけ沈むのが見えた。
「まずは都庁を目指さないか」
「都庁?ですか」
「ああ、普段あれだけ人がいる新宿で、俺とレン、あとさっきのサラリーマンの3人しか人を見かけていないんだ。ということは、残っている人間の数は相当少ない。つまり、警察や政府みたいな組織が、組織として成り立つレベルで人が残っている可能性は低いんじゃないか?まずは、残っている人間をなるべく早く集める必要がある」
「うん。それは賛成。でもなぜ都庁?」
「ぶっちゃけると、他に近場でシンボリックな場所が浮かばなかったから。市ヶ谷を経由して東京タワーとかスカイツリーも思い浮かんだんだけど、もう少しこの状況を理解してからじゃないと長距離の移動は危険だ。目的地として設定はできない」
他に当てもないし、案があるわけでもない。
「いいですよ。歩いてすぐですし、テスト的にも様子見としても丁度よさそうです。向かいましょう都庁」
「よし!それじゃあ、まずは取っ掛かりとして都庁に向かおう。と、言いたいところだが、まずはしっかり道具を整えよう。学ランに革靴はさすがにまずそうだ。あの赤い怪物とまた出会う可能性もあるしな」
確かにその通りだ。それに、状況によっては新宿駅にはもう戻ってこないかもしれない。アイテムを選ぶのなら新宿にいる今のうちだ。