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素晴らしいこの世界の片隅で。

652

作者: ニチニチ

ホテルを後にする時、ふとフロントを振り返ってみた。

深々と頭を下げている。

顧客に対するサービスは悪くないと思う。



フロントの女性はストレートの美しい髪が魅力的だ。

漆黒の髪が何か別の生き物のように蠢いた後、ピタリと止まる。



絵に描いたようなお辞儀から顔を上げる。

そこにはいつもの笑顔があると思った。

でも実際には無表情の顔が張り付いていただけだった。




僕は、一瞬能面と向き合っているような寒気を感じて目を逸らした。 

 







今日はどんよりとした曇り空。

心に閉じ込めておいた不安が顔をのぞかせる。

空が異常に低い気がした。




夕方になってホテルにチェックインした。

出張の際にはお馴染みになったホテルだ。

今では顔パスになっていて、名前を告げるだけでチェックインが完了する。


いつものようにエレベーターで上がっていく。

今日もグレードアップのツイン部屋だろうか。

そんなことを考えながら部屋のドアを開けたらやっぱりツイン部屋だった。


いつものように早めにお風呂に入り、就寝。

今宵は19時前には就寝か。

なるべく、出張中には睡眠を取るように心がけている。






・・・ざわざわざわ






何やら話し声のような気配で目が覚めた。

時刻は午前2時を少し回った所だ。


ひょっとしたら修学旅行生とかが泊まっているのかもしれないな。

高校生とかだったら、男女共に興奮してなかなか眠れないだろう。



僕にも若かりし頃にそんな経験があったかな。

あれから10年近くが経過している。


少し微笑ましく思いながらゆっくりと昔を思い返していた。

そう。修学旅行の良き思い出だ。


気の合う仲間たちとワイワイガヤガヤ。






・・・?






そういえば、僕はインフルエンザで休んだんだった。




まだざわざわと気配がする。

コソコソと小声で他人の悪口を言っているような不快な気配だった。

睡眠妨害で訴えてやろうかとも思ったが、ここは心を穏やかにして温かく見守ってあげよう。





しばらくすると、ドアを叩く音がし出した。

その音は、今にも消え入りそうなほど弱々しく、しかし確実に響いてくる。


ひょっとしたら部屋を間違えてノックしているのでは。

もしそうだとしたら大変だ。

睡眠時間が大変なことになってしまう。




ドアを叩く音はまだ続いている。

ベッドから起き上がってドアの覗き穴から外を覗いた。

だが、そこには誰もいない。



ドアを叩く音はまだ続いている。

だが、そこには誰もいない。



ドアをたたく音はマダ続いていル。

ダが、そこニはダレもいなイ。








ドアヲタタクオトハマダツヅイテイル。

ドアヲタタクオトハマダツヅイテイル。

ドアヲタタクオトハマダツヅイテイル。









思いきってドアを開けたその瞬間。

 

 

 

 

 



ざわざわとした不快な気配も、ドアを叩く音もピタリとおさまった。

 

 


背後には、ただただ静寂な暗闇がゆったりと広がっていた。

時刻はいつの間にか午前3時を回っていた。




朝。

いつもより早く目覚めると準備を始めた。

壁に掛けてあった絵画にふと目がとまる。

何となく気になったので絵画の裏を見てみた。




案の定、そこには筆で朱色に走り書きされたお札のようなものが貼り付けてあった。




チェックアウトの際にフロントの黒髪が美しい女性に、同じ階に団体客が泊まっていたのか聞いてみた。

すると、予想に反する返答が来た。






お客様のフロアは、昨日は他に宿泊して頂いている方はおりません。

何かございましたでしょうか。





会社に戻ってから、前任者にこの奇異な体験談を語った。

不思議なことにホテルの名前を一度で言い当てた。



どうやら昔、6階のどこかの部屋で火事か何かがあったそうだ。

閉じ込められてしまった人が、死んでしまったらしい。

そのホテルの6階は、結構有名みたいだった。

 


良くある小話だな。

心霊現象は昔から信じない主義だ。


ただ外側からドアをノックされたらしき音を聞いただけの話。

ただそれだけの話。






火事の現場を想像してみる。

もしも自分だったら。


ひとつの疑問がぼんやり浮かび上がる。

そして、それは徐々に輪郭を表していく。


ざわざわと鳥肌が立ったのを感じたような気がした。











それって、本当に部屋の「外側」からのノックだったのだろうか。

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