表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国立大学法人東京魔術大学 ─血継魔術科─  作者: おめがじょん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

79/79

前科78:たった十秒が運命を変える事もある。



 氷が空間を侵食していく。

 壁一面が白く染まり、床に霜が張りつく。

 その中央で、清春はゆっくりと息を吐いた。

 相対するは豪奢なスーツを着た夏目。

 銃も持っていない。

 刃物もない。


 それでも、妙に落ち着いていた。

 清春の足元から、氷が音を立てて伸びる。

 それを見た夏目が、わずかに目を細めた。


「……ほんとよくやるぜ」


 口元だけで笑う。

 清春は答えない。

 ただ、射殺すような視線だけを向けていた。


「笑えよ」


 一拍。夏目の周囲に魔術印が展開。

 同時、清春の氷が振動し、破砕されて粒子と化した。

 やはり並の魔術師ではない、と警戒を一層強くする。


「お前だって、女に甘い汁吸わせて生きてきたクチだろ、在原清春クン。なんで女の恰好してるんだか知らねぇけど」


 視線が、清春を舐める。

 流石に正体はバレていたらしい。

 そして、夏目の言葉が怒気を孕みながら紡がれた。


「何を今さら、正義ぶってるんだ?」


「テメェと一緒にすんなよ!」


 清春が再度氷柱を展開。

 夏目は軍用トーチを袖から取り出し。熱線で迎撃。

 動きも早い。スーツの下に魔術印が光っている。

 対する清春は女性の体だ。

 同じく強化した所で、肉体的な差はさほど埋まらない。

 近寄ろうとする夏目と、接近戦を避けたい清春の牽制の応酬が始まった。


「どこが違う?」


 油断せず、床を這う氷を避けながら、夏目は清春を嘲る。


「優しくして、守るよって顔して、近づいて」


 清春の顔に苛立ちが浮かんだ。


「お前だって、女衒みてぇなことしてきた側だろ」


 次の瞬間、清春が踏み込んだ。

 床を滑るように距離を詰め、展開した氷の刃を一直線に振り抜く。

 夏目は、紙一重でかわした。

 その動きは、何度も殺し合いを抜けてきた人間のそれだ。


「図星か?」


 回り込んだ背後から、囁く声。

 刃を投げ捨てた清春の肘が、氷を纏って振り抜かれる。

 意表を突かれた夏目がバックステップで再び清春と距離をとった。


「女好きなのは否定しねェよ」


 清春が夏目の方を向く。

 バックステップで重心が後ろに下がった一瞬。

 ──空間凍結。夏目の動きが止まった。


「でもな」


 次いで、氷が男の足を捕らえる。

 清春も加速し、夏目の眼前へ。

 止まっていた時間は2秒ほど。

 急接近し、動けない夏目の表情が驚愕に染まった。 


「テメェと一緒にされンのは気に食わねェ」


 氷の槍が夏目の腹を貫く筈だった。

 だが、硬い。槍が割れた。

 夏目のスーツが膨れ上がり、銀色の筋肉が見えた。


「青臭ぇ! だから、テメェのやってる事は仕事にならねぇんだよ!」


 夏目が怒鳴った。

 高位の身体強化魔術による反撃。

 清春は半歩ずれてかわしたが、衝撃に身が震えた。


「守るとか救うとか、そんなモンで飯は食えねェ!」


 夏目の目が血走っている。

 威力の高い拳の追撃を氷の盾を展開して距離をとった。

 

「……別に、ヒーローやってるつもりはねェよ」


 氷が、再び広がる。


「ただな」


 一歩踏み出し、拳を構えた。


「オレの女の人生を踏みにじった事が気にいらねェだけだ」


 怒りと共に拳を突き出す。

 清春の手から無数の氷の塊が飛び出し夏目に襲い掛かった。

 美鈴がやった技の応用だ。

 ──だが、効かない。氷塊を難なく弾き飛ばして、清春へと接近。

 軍用トーチの攻撃は、寸前で避けられた。


「おっと!」


 清春が軽口を叩く。

 夏目は苛つき、ポケットから小さなケースを取り出した


「選ばせて、金を取って、夢を見せる。それが俺達の仕事だ」


 透明なカプセルが、整然と並んでいる。

 わざと見せつけるように、一本の指でつまむ。


「便利だぞ、これ──。強くなれる。限界を超えられる。正に夢の薬だ」


 歯で噛み砕く。

 薬剤が喉へ流れ落ちる。

 血管が浮き、筋肉がさらに膨れた。


「自分に満足していない人間ほど、最後は自分で選んで飲む」


 夏目から魔力があふれ出る。

 血継魔術師の清春にも匹敵するような量だ。

 だが、たどり着いたその姿はもはや人間ではなかった。

 

「……立科にも、そう言ったのか?」


 夏目は答えない。

 カプセルの効果か。高揚しながら勢いよく迫ってきた。

 距離をとりつつ、牽制しながら脳裏に、立科との思い出が過った。

 野心があって。変なとこ生真面目で。そして、明確にやりたい事があった。

 割り切った関係ではあったが、嫌いではなかった。


「さぞや、良いカモだったんだろうな」


 静かな声だった。

 怒鳴りもしない。

 ただ、心の底から冷え切っていた。

 

「本人が選んだ」


「選ぶように追い込んだんだろ」


 二人の言い合いの最中にも、戦いは続いている。

 後一歩。夏目の攻撃は寸前で清春に避けられてしまっている。

 もう少しで殺せるのに。髪にまでは触れているのに──。

 夏目のカプセルを口に含む量が増えていく。


「それしかできねェ癖に、ホスト気取ンなや。ハンパ野郎がよ」


 清春が軽蔑したような表情で言う。

 苛立った夏目が体重移動させた先、足場に氷が展開されバランスを崩し転倒する。

 追撃はない。再び距離をとった清春が冷たい目で見ていた。


「殺してやる──っ!」


 夏目がトーチを投げ捨てた。急接近し、拳が振り下ろされる。


「テメェに何がわかる! チャラついた坊ちゃんが!」


 清春は真正面からそれを見据え、寸前で回避をした。

 夏目は気づいていないが、避けれているのは時間を止めているからだ。

 1秒未満。範囲は自分の周辺。止まるのならば対策は立てやすい。

 魔力消費も少なく、発動がしやすい女体化した時の戦法としてこれ以上ないものだった。


「テメェと俺の何が違うってんだ!」


「……ああ」


 清春の声はどこまでも冷徹だった。


「オレも女が好きだ」


 夏目は更にカプセルを摂取した。魔力量だけなら清春を超えるほどに。


「綺麗な人間でもねェ、でも──」


 夏目が最接近。清春の魔術の絡繰りに気が付かないまま。


「オレは総ての女子の味方だ。そこだけは揺るがねェ」


 変な音がした。

 夏目が拳を振り下ろそうにも視界が揺らぐ。

 何かが体から抜けていく体験した事の無い感覚。

 体を支える力すら無くなり、夏目は地面に倒れそうになる。

 そして、まず右腕が爆発した。痛みはない。

 眼前の景色とそれにより予測される事象との乖離に脳がついてこない。


「なっ──!?」


 血飛沫が舞う。

 夏目の周囲に彼自身が作り出した制御不能の魔力が爆ぜていく。

 清春はもう興味はないとばかりに夏目を一瞥し、


アイツ(立科)の痛みを思い知れ」


 そう短く告げ踵を返して去っていった。

 残された夏目は、もう体を動かせない。立ち上がれもしない。

 視界に見えるは暴れる二匹の龍と、団地の子供の遺骸。


「…………結局、俺もそっち側のままか」


 勝者で居たかった。

 戻りたくなかった。

 その為に人を壊し、大事なものも捨て去った。

 全てが無駄だったと悟った時、夏目の体は最後に大きく爆散した。

 それが彼の最期だった。












 戦争の魔剣にヒビが入った。

 それは、相馬道征にとっても初めての事で驚きを隠せない。

 美鈴は特に動じず、次の動きへ移行。

 そして、右腕がない。

 肩口から血が落ち、床に黒い染みを広げていく。

 だが――痛みより先に、熱が来た。


 耳鳴り。

 視界の奥が白む。

 団地の喧騒が、急に遠くなる。


 そして。


 脳裏に人影が見え、一匹の鬼が立っていた。


 同じ背丈。

 同じ狂化。


 ――あれが、自分自身の究極の姿。

 直観的な理解が走った瞬間、鬼が一歩近づく。


「……ッ」


 狂化の深度が、勝手に上がった。

 骨が鳴る。

 筋肉が張り付き、皮膚の下を熱いものが走る。

 右腕の切断面が蠢いた。

 肉が盛り上がり、骨が伸び、血が巡る。

 腕が戻る。いつもの再生だ。

 だが、速すぎる。

 皮膚が内側から押し上げられ、指が形を取り戻していく感覚。


「腕が再生──っ!?」


 鬼が、また一歩近づく。

 呼吸を整える暇もない。

 だが、それよりも先に体が何をすべきか理解していた。


「邪魔だ──ッ!」


 道征が、一拍遅れて後ろへと跳んだ。

 戦争の魔剣にクリーンヒットではない右拳の一撃が入る。

 ヒビは更に広がり、道征は──それでも笑った。


「……来いよッ!」


 だが、目は笑っていなかった。

 無視して美鈴が踏み込む。

 速い。地面を蹴った音が遅れて響いた。

 残像だけが一瞬遅れて残った。


「西園寺の狂化……」


 道征の右手に金色の剣が現れた。

 戦争の魔剣は左手へ。防御を優先した形だ。

 それを見逃す美鈴ではない。

 獣のような勢いで、戦争の魔剣に飛びつくが、そうはさせない。

 

「まるで、獣ね!」


 金色の魔剣で美鈴の拳をはじく。

 一撃。それでも美鈴は怯まず再度追撃。

 顔には出さないが道征は焦っていた。

 戦争の魔剣の魔剣魔術を使いたいが、この攻勢では厳しい。

 

(この魔剣でも圧されるかッ──)


 一撃一撃打つごとに威力が上がっていく魔剣。

 裏社会で名を馳せた魔剣ですらも美鈴の勢いは止められない。

 美鈴の打撃の威力も一撃一撃ごとに上がっていくからだ。

 

「……ッ!」


 美鈴は止まらない。


 打つ。

 崩す。

 踏み込み、角度を変え、また打つ。

 道征でなければとっくに撲殺される程の暴力の嵐。

 しかし、戦争の魔剣で受ければ、ヒビが広がる。

 道征はジっと耐えていた。

 西園寺の狂化を識っている。

 殺した人間の記憶が持っている情報が確かなら──と。



 その最中、美鈴は脳裏に浮かぶ“自分”が、もう手の届く距離まで来ていた。

 近づくほど、思考が薄くなる。

 迷いが消える。

 怒りも、痛みも、輪郭を失っていく。

 残るのは、最適解だけだ。


 ――重なる。


 そう思った瞬間。

 美鈴の身体が、内側から軋んだ。

 肺が焼ける。

 心臓が不規則に跳ね、血が追いつかない。


「……っ、は……!」


 膝が落ちる。

 それを力で捻じ伏せる。

 だが、再生した腕が痙攣した。

 動きが、鈍る。

 その一瞬を、道征は見逃さなかった。

 金色の魔剣を叩きつけ、距離をとった。


「……惜しいね」


 戦争の魔剣が、低く鳴った。

 亀裂が痛むように赤く光る。


「お母さんと一緒で、"生まれ持った才能"が足りなかったのね」


 侮辱ではない。

 結論だった。

 美鈴は反論できない。

 目の前に、完成した自分がいるのに。

 あと少しで届く距離にいるのに。

 なのに、身体が拒否している。

 狂化が進むほど、苦しくなる。

 近づくほど、壊れていく。


「……ッ……!」


 吐き気が込み上げ、視界が暗転する。

 足が絡み、重心が遅れる。

 道征が踏み込み、連撃。今度は美鈴が吹き飛ばされた。


「西園寺の狂化。要らないけど、貰ってあげる」


 戦争の魔剣を右手に持ち変えた。一撃で心臓を貫くために。

 

「美鈴に、触るな……!」


 カプセルを再度摂取。

 アイラの銀色の髪が激しく発光し、巨大な光の嵐となって吹き荒れる。

 道征は別の血継魔術を発動させ、黒い球体を展開するとアイラの光を呑み込んでいく。

 不利を悟ったアイラは再度加速し、道征に迫るが戦争の魔剣によって吹き飛ばされた。


「あら…………?」


 ゆっくりと二人が飛んだ方へと歩いていく。

 だが、瓦礫の陰から、美春が飛び出してきた。

 顔は真っ青だ。

 息も上がっている。

 それでも、倒れた二人の前に立つ。

 両腕を広げて、庇う。


「やめて……! お願い……!」


 道征の足が、止まった。

 無益な殺生はしない。

 脅威にすらならない人間を殺す事もない。

 攻撃手段を持たない美春だから生かされていた。


 だが、助ける理由にもならない。

 美春の肩は震えていた。

 膝も、今にも折れそうだった。


 それでも退かない。

 道征は、それを見ていた。

 ほんの短い間。時間にして十秒ぐらい。





 ──だが、そのたった十秒が運命を変える事もある。





 突如として、黒い影が見えた。黒龍だ。

 次の瞬間、咆哮。後に衝撃。

 黒龍の爪と戦争の魔剣が正面からぶつかった。


 轟音。

 大地が割れた。


 団地そのものが悲鳴を上げる。

 廊下が裂け、階段がねじれ、部屋の壁が根元から吹き飛ぶ。

 余波が、美鈴たちをまとめて攫った。


「きゃ――ッ!」


 美春の悲鳴。


 瓦礫。

 粉塵。

 崩落。


 アイラの身体が宙に浮く。

 視界が回る。

 何かにぶつかり、また弾かれ、ぐるぐると回る。


 落ちる。


 最後に見えたのは、吹き飛ぶ景色と瓦礫の山だ。


 ――そこで、意識が切れた。


    












 耳鳴りがしていた。

 最初は何も見えなかった。

 粉塵が視界を埋めている。


 次に、臭いが来た。


 血。

 焦げたコンクリート。

 焼けた木材。


「……う……」


 アイラは、瓦礫の中で目を開けた。

 身体中が痛い。

 魔導アーマーの内部で警告音が断続的に鳴っている。

 何本かのベルトが千切れかけ、金具が皮膚に食い込んでいた。


 それでも、上半身を起こす。

 そこでようやく、自分がどこに飛ばされたのか分かった。


 団地の一角が、丸ごと潰れていた。

 廊下だった場所は瓦礫の山になり、壁だったものは床に転がっている。

 その隙間に、人の足が見えた。


 小さい。子供の足だった。


「……ぁ」


 喉が鳴る。


 その先に、もう一人。

 さらに向こうにも。


 動かない。

 誰も、動かない。


 子供たちの死体だった。


 崩れた梁に押し潰されている子。

 壁に叩きつけられて動かない子。

 逃げる途中でそのまま折り重なったみたいに倒れている子。


 アイラの呼吸が止まる。


「……やだ」


 声にならない。

 その少し先。

 瓦礫の陰に、二つの影が見えた。


 美鈴。

 そして、美晴。


 二人とも、倒れている。


 血がついている。

 動かない。

 声もない。


「……うそ」


 這うように手を伸ばしかけて、止まる。


 足が動かない。

 頭も回らない。


 周りには死体ばかりだ。

 耳鳴りは消えない。

 視界はまだ揺れている。


 それでも、もう分かってしまった気がした。


 死んだ。


 みんな。


 子供たちも。

 美鈴も。

 美晴も。


「…………」


 守れなかった。

 間に合わなかった。

 助けられなかった。


 ここまで生き延びて、

 結局また、何一つ守れなかった。


 胸の奥で、何かが切れた。

 その感触は、妙に静かで、抜け落ちたかのよう。


 次の瞬間。

 魔導アーマーが、唸りを上げた。

 全ての警告音が、消える。


 代わりに、低い駆動音だけが鳴り始める。

 今まで抑え込まれていた何かが、全部まとめて起き上がるような音。


「もういいや」


 ベルトが締まる。

 金具が食い込む。

 魔力炉が暴力的に高速回転を始める。

 制御系が、沈黙した。

 出力表示だけが、跳ね上がっていく。


 アイラが立ち上がる。

 その瞬間。

 足元の床が、丸ごと吹き飛んだ。


 瓦礫が跳ね上がり、壁が裂ける。

 崩れた天井の残骸が、まとめて空へ舞う。


 近くに積み上がっていたコンクリート塊が、圧だけで砕けた。

 魔導アーマーの表面に走る亀裂の奥から、銀色の光が漏れる。


 アイラは、息をしていなかった。

 いや、しているのかもしれない。

 ただ、その顔はもう、人の表情をしていなかった。


 次の一歩で、床が沈む。

 次の一歩で、壁が弾ける。

 団地の一角が、動作一つで壊れていく。


 

 魔導アーマーが、アイラを完全に呑み込んでいた。





面白かったらブクマ評価等お願いします。

Twitterで #東魔大どうでもいい話 で検索すると

私をフォローせずに東魔大のクソどうでも良い話が読めます。

よければどうぞ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ