前科76:悪い大人ほど社会的評価は高い事が多い
戸山団地は蜂の巣をつついたような大騒ぎが起きていた。
突然の襲撃。響く怒号。滅茶苦茶な指揮系統。
人種も性別も違う若い子供達は動けない子が多かった。
呆然と慌ただしい景色を見ているだけだ。
そんな中、血のように赤い魔剣を担いだ女が歩いてきた。
「ハズレか。いや……戦力を削ぐ気か」
そう呟く女には覇気一つ感じない。
普通のどこにでも居そうな顔立ちの女。
厳つい魔剣が不釣り合いこの上ない。
そして、団地のどこからか無数の攻撃魔術が飛んできた。
だが──彼女に当たる前に全てが霧散して消えた。
どうなっているのだろうか、と考えている間に赤い魔剣が振られ、
「殺されたくなかったら、大人しくしていなさい」
言葉と同時、彼女の周囲にあった全てが吹き飛び破壊されていった。
団地の一部がごっそりと削られ、瓦礫に圧し潰された人間や、巻き込まれた人間の残骸が周囲に飛び散っている。
「ヤベェぞあれ……!」
「誰か上に連絡しろって!」
「お姉ちゃ……っ! 起きてよ、ねえっ……!」
子供達の叫び声を聞きながら、相馬道征は周囲の索敵に集中していた。
銀泉会のカチコミとは別口で竜種を狙って来たが、どうやら向こうは深追いする気がないらしい。
団地の別の方で魔力が膨れ上がったのを感知したのだ。
目的は、少しでも戦力を割く事だろう。道征と竜種が戦っている合間に、銀泉会にこの団地が制圧されるのを嫌ったのかと予測する。
だとすれば、敵の次の動きも見えてくる。
「──時間を稼ぎたいでしょうね」
その呟きと同時に、団地の屋上や廊下から複数の魔術印が展開された。
道征を囲むように立つのは、少年少女ばかり。
怯えた瞳。震える指。
それでも、誰一人逃げなかった。
「美しいね」
だからこそ全力で。
敬意を持って魔剣を振るう。
その命も恨みも全てを背負い己の糧とする為に。
次の瞬間。その姿は霧のように滲み、大地がえぐれた。
一人の少女が、視界から消える。
既に後ろへ回られていた。振るわれた魔剣が、命を断つ。
「まず一人……ッ!」
苦しませない。
それは道征が子供たちに払った敬意。
だが、殺気が一気に膨れ上がる。
残された子供たちが叫びながら魔術を放った。
その威力は子供のそれではない。
上級に匹敵するレベルの魔術だった。
「よくもやったな……ッ!」
向けられた複数の殺意。
彼らの仲間を殺したのだから当然だ。
泣きながら子供達は何かを口に含み魔術印を展開している。
(錠剤……? ああ、これが銀泉会が危惧していたモノか)
情報が頭の中で繋がる。
脳に直接影響のある薬なんて自分だったら絶対に使わない。
魔術師として一番大事な部分だからだ。この子達にきっともう先は無い。
でも、それでも守りたいものがあるのだ。
それは何なのだろう──。
道征に一瞬の隙が生まれた。
「どけっ!」
銀色の弾丸──。
錯覚するような勢いで、アイラの拳が真っすぐに道征に叩きつけられた。
高速加速からの一撃だ。
道征は肩でいなして軌道を変え直撃は避けたが、左肩が嫌な音を立てた。
「アイラちゃん!」
子供達の緊張がゆるんだ。
道征は相手の事を思い出した。
旧式の魔導アーマーを装着しているなんて正気ではない。
噂で聞いた事があるぐらいだが、多くの着用者に不幸な事故があったと記憶している。
龍頭の本国で作られたものだ。彼女が着ていても不思議ではなかった。
「逃げなさい! こいつの相手はしちゃダメ!」
アイラが叫ぶ。
周囲を横目で確認すると、既に多くの見知った顔が殺されていた。
怒りで頭がおかしくなりそうだった。
必死に生きているだけなのに、どうして、と。
「でも、龍頭の人達が逃げたら殺すって……!」
「ミサがさっき撃たれた! 骨折れてたから戦えないのに……!」
「…………ッ!!」
龍頭はこちらを捨て駒にするらしい。
それは、もう疑いようがなかった。
彼らの庇護なくしては、生きていけない。
だが、ここで死ねと言われたら――どうすればいい。
ただ生きたいだけだ。
親も、戸籍も、帰る場所もない。
それでも今日まで、生き延びてきただけなのに。
この先、生きるためには。
目の前の女を殺すしかない。
それがどれほど無謀かは、嫌というほど分かっている。
常軌を逸した強さ。
勝てる見込みなんて、最初からなかった。
それでも。
それでも、やるしかなかった。
――カプセルを、さらに口に放り込む。
「痛ッ──!」
魔導アーマーが、まるで獲物に食らいつくように魔力を吸い上げた。
骨の内側を撫でられるような嫌な感覚。
全身に走る激痛に、視界が一瞬白く弾ける。
それでも、アイラは止まらない。
大きく地面を蹴った。
砕けるコンクリート。
距離を一気に詰め、拳を叩き込む。
――手応えは、あった。
確かに当てた。
確かに、削った。
ここで畳みかけるしかない。
速度を落とせば、終わる。
インファイトに持ち込もうと接近。
道征は右手の戦争の魔剣だけで、それを受け止めた。
重い。
圧倒的に、重い。
「……結構やるじゃない」
余裕すら感じさせる声だった。
その声音に、アイラの怒気が跳ね上がる。
「──化け物がっ!!」
再度渾身の一撃を叩き込んだ。
拳に魔力を乗せ、骨が軋むほどの力で叩いた。
だが――相手はまるで鋼鉄。いや、それ以上だった。
力は、拮抗していた。
魔剣さえなければ……。と悔やむ。
その一瞬の隙を、道征は見逃さなかった。
見えない衝撃。
内臓がねじれ、世界が横に傾く。
アイラの身体は、吹き飛ぶように壁へと叩きつけられた。
何が起きたのかわからない。
だが、何かの魔術が発動した。それだけは確かだった。
「終わりだよ──」
道征の掌が光を纏う。
再度の魔術展開。次で仕留めるつもりだ。
全身が痛む。脚が動かない。
終わりが来るとわかっているのに、身体が言うことをきかない。
それでも、アイラは叫んだ。
「逃げろッ……! 全員、すぐに……! なんでもいい、なんでもいいから……生き延びて──ッ!!」
涙が零れた。
怒りでも絶望でもない。願いだった。
ここで終わっても構わない。
でも――子供たちは。あの小さな命たちは、生きてほしい。
誰かに拾われてでも、踏みつけられてでも、生きていてほしい。
その声に、子供たちが反応する。走り出す。
それでいい。
それだけで、ここまで生きた意味があった。
道征の魔剣が、形を変えた。
槍のような人を射殺す形に。
狙いは――アイラだ。
地面を抉るほどの魔力を込めて、戦争の槍が放たれた。
くる。死ぬ。
アイラは目を閉じた。
痛みが来るのを待った。
だが、いつまで経っても、それは来なかった。
静かだった。
おかしいと思い、ゆっくり目を開けた。
目の前に、見覚えのある背中があった。
「……美鈴……?」
呟いた声に、彼女はゆっくりと振り返った。
「助けに来たよ。アイラ。遅くなって、ごめん」
●
戸山団地の上層。
辻上陽子は目を細めて眼下に広がる殺戮を眺めていた。
魔剣を持ったヤクザが子供たちに滅多打ちにされている。
はたまた、別の場所では若い男の首が吹き飛んでいくのも見えた。
動きを見ていて大体の流れがわかった。
「さってと、私はどう立ち回ろうかな」
この殺戮の舞台に似つかわしくない陽気な声。
外見は陰気な女なのでアンバランスさが際立っている。
伊庭八代に負けてズタズタにされた体もようやく癒えた。
その時を思い出し、彼女の瞳に仄暗い殺意が宿る。
「でもその前に、っと」
そして、次の瞬間。
辻上がぐるりと手すりを回って団地の上層から落下していく。
その数舜後に、魔術が彼女の居た場所を掠めていく。
辻上はやはり狙われていた、と笑った。
(このヤマは銀泉会の管轄。だが向こうに余裕は無い。となると──)
敵の正体に思いを馳せる。
八代との戦闘後、別の上司に拾われてこの団地で治療を受けていた。
鬼神商会にも敵は多い。
伊庭や各名家だけでなく国からも常に追われている。
その中でも一番多く戦った組織が脳裏に浮かんだ。
「──公安かなぁ」
落下しながら魔術印を展開。
複雑な魔術印──創作魔術:八咫烏。
印から三本足の鴉が飛び出し、向かいの団地へ熱線を照射。
同時、全身に強化魔術を付与して、辻上は下層の手すりに捕まって勢いを殺した。
「んしょ」
同時、更に八咫烏を複数展開。
再び飛んできた攻撃を、鴉達が辻上を守るように受け止めた。
外に出ては不利だと辻上はガラスを破って団地内へ入っていく。
ずかずかと部屋に入り、ドアを開けようとして下がる。
八咫烏を展開、壁一面に熱線を放った。
小さく呻き声が聞こえた。
今度こそドアを蹴って開ける。
スーツ姿の男達が頭を熱線で焼かれて絶命していた。
「あーあ。何人も殺してくれやがって。魔術師ってのは、補充するのも大変なんだぞ」
団地の廊下の奥の方から男が歩いてきた。
知っている顔だ。
──伊庭総司。何度か戦場で見た。
元上司とも互角にやりあえる魔剣使いだ。
辻上の口元が吊り上がった。
「ウチの組織もそうですよぉ。今の若い子達。鬼神商会に入りたいって子なんかほぼ居ませんし」
「テロリストになりたいって若い子がいないのは、健全な社会になっている証拠だな」
「なりたくたってなれないじゃん。貴方達みたいな組織や大きな家が、そういう子達を淘汰しちゃうからねぇ」
「……返す言葉もねぇよ。鬼神商会だって、伊庭が生み出した歪みだからな」
三十年前。
魔術師がまだ大きな権力を持っていた時代。
その中でも血継魔術師は特権階級だった。
結果、鬼神商会が生まれ、多くの命が失われる事件が起きた。
そして、ようやく平和な時代が訪れようとしている。
「だから俺が片付けるんだよ。……全部な」
総司が手を振った。
暗い団地の廊下に、一瞬だけ光が溢れる。
辻上は、総司の手の動きだけを見ていた。
首を傾ける。
次の瞬間、耳元を“何か”が掠め、背後の壁が無音で断ち割られた。
剣身は見えない。
だが、正体は知っている。
「──それが、"光の魔剣"かぁ。凄い凄い!」
伊庭総司の魔剣──光の魔剣。
文字通り、剣自体が質量ある光の魔剣だ。
斬撃は音を伴わない。
だが、遅れて空気が悲鳴を上げ、床と天井が同時に抉れた。
「ははっ……! 見えないし、速いし、理不尽だねぇ!」
辻上は笑いながら後退し、魔術印を展開する。
創作魔術:八咫烏。
三本足の鴉が廊下を埋め尽くすように飛び立った。
次の瞬間、光が走る。
鴉達が全て切り裂かれ、霧散して空間へと消えていく。
辻上にとっては、あまり相性のよろしくない相手だ。
楽観的な辻上も冷や汗をかく程に。
「テメェがヤク漬けにされる前に聞いとくぜ。──テメェの他に、後何人幹部が生き残ってやがる?」
「さぁ? 私も死んだ元上司以外ほぼ会った事ないのでねぇ」
「そんな奴らが今更テロだ強盗だとみっともねぇな。他に仕事ねぇのかよ」
「活動資金稼ぎって大事じゃないですかぁー。匿って貰うにはそれなりに金かかるんすよ」
「下っ端も大変だな」
「ええ、お金稼ぎがメインの仕事だったのでねぇ」
軽口を叩きながら辻上は八咫烏を展開。
フェイクで別の魔術印も展開するが総司に隙は無い。
魔術印は全て片っ端から切り裂き、距離はとっている。
接近戦になれば逆に総司が不利だからだ。
「そうかよ。じゃあ──織田刑事がどこかに隠した、母さんの魔剣なんかは探してないわけだ」
くだらない雑談の中に本音を混ぜた。
反応が一瞬遅れた。やはり、と総司は確信を得た。
辻上も自分の失態に気づいた。
一旦動きを止め、真剣な表情へと変わった。
「アンタ。どこまで掴んでるの? 本当に所属は公安だけ?」
「残念ながら──それを決めるのは、俺じゃない」
総司の両手に光が集中。
巨大な光の双剣が、答えの代わりに辻上に叩きつけられた。
面白かったらブクマ評価等お願いします。
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