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国立大学法人東京魔術大学 ─血継魔術科─  作者: おめがじょん


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前科72:子供より無責任な大人は実在する



 歌舞伎町から徒歩圏内にあるその巨大団地は夜にも関わらず煌びやかな灯を纏っていた。表向きは団地ではあるが、一部の棟は建物の改造が行われ、営利活動が行われている。飲食店──と表向きはなっているからだ。これが現状の戸山団地の姿である。ヤクザ達が夢見た理想の姿ではあるが、そこに彼らの姿はない。

 ヤクザがこの団地を支配しようとした時、そこに住んでいた子供達が抵抗をしたのだ。無論、子供だけでヤクザを撃退できるわけがない。その時、子供達に手を差し伸べたのが歌舞伎町への進出を目論んでいた"龍頭"である。結果的に戸山団地からヤクザは撤退し、今の状況になったというわけである。


「アイラちゃん。おかえりなさい」


「だいじょうぶ?」


「それ新しい子?」


 団地に戻ったアイラを迎えたのはまだ10代の子供達だった。子供なのに顔立ちがどこか大人びている。アイラ達のグループは主に10代、20代前半の若者で構成されている。団地の大きな勢力の一つだ。魔術を使った闇バイトに当たる仕事で主に生計を立てている。もう一つ大きな勢力が鈴々達が所属する龍頭の本国から出稼ぎに日本へやって来たグループである。その両者のパワーバランスをとっているのが龍頭本体の若いマフィア達だ。この3グループで戸山団地の自治を守っていた。


「龍頭はなんか言ってきた?」


「ううん。白龍さん周りの人達がずっと騒いでるだけ……」


 少し前から、団地のパワーバランスが変わり始めた。龍頭側に白龍と呼ばれる男が加わってからの話だ。元々関西の龍頭にいた人間と聞いていた。白龍が自分の息がかかった組織を歌舞伎町に少しずつ広げてからというもの、抗争が絶えない。ある程度平和だった戸山団地にも不和が生まれている。表向きは友好的だが、白龍周りの人間はどうにも胡散臭かった。

  

「関わっちゃ駄目。何も知らない。わからないでいいよ。何かあったら私がいくから」


「うん…………」


 下の子達に話しかけながらもアイラの歩みは止まらない。やらなければいけない事は多々ある。担いでいる美晴の処遇。今夜の出来事の後始末。そしてこれからの事。エレベーターに乗って最上階へ。一番奥の部屋がアイラの居室だ。美鈴が出ていってからずっとここに住んでいた。ドアを開けて美晴をベッドに投げ捨てる。そのままソファーに倒れ込むようになったが、アイラは何とか座り込んだ。


「…………ッッッッッ!!」


 丁度薬の効果が切れたようでアイラの全身が軋みだした。魔導アーマーの限界を超えた稼動と、薬物の後遺症。痛みにのたうち回りそうなのを必死に堪える。痛みに悶える夜は初めてではない。これよりずっと泣いた夜もあった。あの時に比べれば、とアイラはその辛い事実すら心の支えにしていた。

 

「──明珠(リーファ)(ヤオ)、おいで…………」


 何とか声を絞り出す。どたどたと足音が聞こえてメイド姉妹が入って来た。掃除屋をやって貰っている姉妹だ。普段は底抜けに明るい姉妹だが、あの戦いを見た後だから随分と不安そうな顔をしている。

 

「アイラちゃんいたくない?」


 妹の瑤が心配そうな顔でアイラへと抱き着く。それに優しく微笑み、アイラも年相応の笑みを浮かべ抱きしめ返した。


「平気だよ。──二人にお仕事頼みたいんだけどいいかな?」


「うん。がんばる」


「良い子ね。──そこで寝てる子の面倒見てあげて。この子は取引材料だから逃がしちゃ駄目よ。明珠もお願いね」


「私達も仕事があるので、一緒に連れて回る事になりますがそれでいいんですか?」


「ええ、お願い。この団地での生き方も含めて教えてあげて。流石にあの"在原"を完全に敵に回すのは本意ではないし……」


 氷の血継魔術。在原という苗字。在原家の有名御曹司で間違いなさそうだ。夜の街ではそれなりに有名人でもあるし、それなりに敵も多いようでアイラ達に相談事の依頼が来た事もある。とはいえ敵にするとかなり面倒くさい。アイラ達は薬を持ち逃げした女を捕まえて落とし前をつけるだけだ。

 白龍達が血眼になって探している以外は本当にどうでも良かった。アイラが守りたいのはこの団地でしか生きる術を知らない子供達だけなのだ。

 

「じゃあお願いね」

 

 この子達に体調を勘ぐられては要らない心配を与える事になる。アイラは気合を入れて痛みを堪えながら部屋の外に出た。周りに誰もいない事を確認しながらゆっくりと屋上に上がる。遠くには東京の美しい夜景。近くは荒れた団地の姿や荒れた公園があって暗い。だが、眼下にはぽつぽつと光が見える。この団地で暮らしている子供たちのスマートホンや電子機器の光だ。単独の光はない。誰かと誰かが身を寄せ合ってこの団地に居るのだ。

 一人ではない。それがまともな教育も無償の愛も受ける事ができずに育った子供達にとってどれ程の救いであるだろうか。だからアイラはこの団地を守りたかった。孤独じゃないと教えて貰ったから。与えられた優しさを忘れていないから。彼女の原動力の源はそこにあった。

 

「美鈴……」


 久しぶりに再会したかつての親友の名が口から洩れた。もしかしたらこの団地でずっと一緒だったかもしれない。今も隣に居てくれたかもしれない。何度もそんな夢物語を思い浮かべた。それを己の弱さだと自覚しながら。それでも縋りたい時はあった。そんな苦しみを抱えたアイラが守りたい景色は、この若さで背負ってはいけない、あまりに重すぎるのものであった。

 


 











 夢であってほしい。

 目が覚めた後しばらくぼんやりとそんな事を考えてはいたが、現実は違った。昨晩の恐怖はどこか夢物語のように感じたが、ナイフや拳銃を持ったメイド姉妹が目の前に居て美晴も諦めがついた。これは現実。自分の状況は限りなく最悪である事。彼女達の口から説明を受けたばかりであった。


「──あなたの状況は説明した。逃げようだとか、変な気は起こさないでね?」


 メイド姉妹の姉の方が冷たい目でそう言うと拳銃の引き金を引いた。大きな渇いた音と同時、美晴の横の壁に穴が開いた。本物の拳銃ようだった。魔術が発達した現代社会で拳銃の効力は大分薄くはなってしまったが、それでも美晴のような一般人には十分脅威である。


「わかった……」


「そう。話が早くて助かるわ。短い間だけど仲良くしようね」

 

「よろしくー!」


 メイド妹の方が快活にナイフを掲げながら笑った。それに引き攣った笑みを浮かべながら美晴は彼女達に従うしかなかった。美鈴はきっと何とかしようと動いてくれる筈。そう信じた美晴はまず生き残る選択肢をとる事にした。


(情報を集めなきゃ……)


 荷物は全部取り上げられている。スマホも魔導力も使えない。自分がどれだけ情報を持っているかで大分この先の状況が変わってくると判断した。

 

「じゃあ立って。私達にも仕事がある。あなたにも手伝って貰うから」


 お腹もすいてるし体中筋肉痛だ。交渉の余地は無さそうである。美晴は痛みを堪えながら立ち上がり、彼女達の後に続いて部屋を出た。団地の一角のようである。人質にとられているのかが嘘のように思えてくる快晴が広がっていた。


「……なんて呼べばいいの?」


「それは──」


「あたしが(ヤオ)でお姉ちゃんが明珠(リーファ)だよ!」


「……そういう事だから。ほら、早く来て」


 妹の言動に頭を悩ませるような仕草をした明珠はため息をついた。彼女達に挟まれるようにして美晴は団地を歩いて行く。あまり良い匂いはしない。汚れの匂いと香水の甘い香りが混じっているような感覚だ。団地はそれなりに盛況であった。だが、子供ばかりだ。美晴よりずっと年下から、同年代ぐらいの子供しか見かけない。路上で寝ている子供も多くいる。日本人は多めだが、異国の血が混ざったような子も多く見かけた。


「誰ソイツ?」


「アイラさんの客」


 男の子が何人か近寄って来たが、明珠が短くそう返すと興味を失ったかのように手を振って去っていった。アイラという名前は美晴にも聞き覚えがあった。昨日美鈴と戦っていて自分を連れ去った人間だ。僅かに聞こえた会話の端々から美鈴と知り合いだったようにも感じる。


「……アイラさんってどんな人なの?」


「あなたには関係ないでしょ」


「アイラさんはね! すっごく優しいひと! あたしたちもアイラさんに拾って貰った!」


「瑤。何でもペラペラ喋るな。こいつは仲間じゃないんだよ」


「でもアイラさん良い人だもん。お姉ちゃんだってそう思ってるでしょ? それぐらいはよくない?」


 瑤の言葉に明珠が詰まってしまった。

 それから瑤のよくわからない説明に、景色を見ながら美晴は相槌を打っていく。髪が綺麗だとか喧嘩が凄く強いだとかモデルさんみたいだとかとりとめの無い話だが、2人がどれだけアイラを好きなのかはよく伝わって来た。このグループの顔役。人望もある。それもわかった。

 他の子供達が通り過ぎる度に、明珠と瑤に挨拶するのも皆が仲が良いというのが伝わってくる。ただ、どの子供達も大人びた顔をしていた。煙草を吸っている子供もいる。誰もそれを咎めない。そういう世界ではない。人前なのに盛っている男女までいたからだ。

 

「子供ばかりなんだね……」


「大人は少ないよ。みんなここに逃げるか捨てられて来たから。あたしとお姉ちゃんもそう、ママは戻ってこなかった」


「そんな……」


「いちいち反応するな。ここじゃそれが普通なんだよ。公園に子供が置き去りにされてるなんてザラだ。あの女も迎えに来るって言って──!」


 明珠の声に怒気が混じった。だがすぐにその怒りも収まって黙って歩き出す。

 東京の復興の陰でこういった子供が多く生まれた。戸籍も何も持たない無戸籍児。親は処分に困り戸山団地に置き去りにしていく。復興時代、大人がいた頃はまだ皆で面倒をみようという優しさもあったが、大人は殺され、今は子供が子供の面倒を見る時代になってしまった。

 行政が反社会組織に乗っ取られたので、そこに光が入る事はない。社会から見捨てられた子供たちはここにしか居場所がなかった。戸籍を作るにも金がいる。身分証を作るにも金がいる。学も何もない子供たちが裏社会で生きるしかない道筋がしっかりと組まれてしまっていた。


「何で泣く? あなたには関係がないのに」


「……ごめん。でも悲しくて」


「同情なら迷惑。理解なんかされても何もならない」


 こういう子供たちがいる。緊張もあったろう。不安もあったろう。美晴から勝手に涙が零れていた。同情でも何もなく、悲しかったであろうという事実に泣いてしまった。

 

「もういいから。それよりもここからは気を引き締めて。私達のシマを出るから」


 明珠の言葉通り美晴達が居たエリアからしばらく歩くと同じ団地内なのに空気感ががらりと変わった。匂いも違う。料理店があるのか独特の香辛料の匂いまでする。子供達が多いのは相変わらずだが、日本語ではない言語の声が大きくなった。

 

「ここからは龍頭本国のシマ。揉め事が多いから気を付けて」


 上半身裸の男達が殴り合いをしているのも見えた。流星寮で慣れてはいたがあそこまで笑える感じではない。全体的に空気がひりついており、怒鳴り合っている人間も多い。その合間を縫って明珠の先導の下、団地の階段を昇っていく。表札には個人名ではなく、屋号らしきものが書いてあった。

 

「鈴々飯店……? ご飯屋さん?」


「歌舞伎にもあるよ。そっちは料理出すけどこっちは違う」

 

 ノックを特殊なリズムで打つ事数回。ガチャンと鍵が開く音がして明珠がドアを開ける。お香の匂いが強い。玄関より先はカウンターになっていて、その奥は全て暗幕で覆われて見えなくなっている。カウンターには気だるげな若い女性が座っていたが、美晴達を見るなり顔を顰めた。

 

「りんりん。こっちにいるなんて珍しいね」


「酷い目にあったヨ。店になんかとてもデレナイ」


「何でもいいけどさ。アイラさんのお使い。このリストの商品用意して」


「……フン。ちょっと待テ」


 明珠からリストを受け取った鈴々が足を引きずりながら店の奥へと歩いて行った。昨晩の戦いの傷が魔術を使っても完全に癒えていないらしかった。待つ事数分。両手いっぱいに袋を抱えて戻って来た。一品一品明珠がリストと照らし合わせてチェックしていく。


「この女。昨日最後に攫って来た女カ」


「そうよ。アイラさんが連れ歩けって」


「……あの女なら平気だけろうけどネ。昨日の件で白龍が暴れて"あちらさん"達が気が立ってる。早く消エナ。ニアと黒龍(ヘイロン)は外出てるから助けてくれないヨ」


「……ん。ありがと」


「礼なんていい。今日はこの後、そっちに人を回すかもしれないから貸し作っておきたいダケ」


「なに? こんな時にまた本国から来たの?」


「違ウ。良い金になりそうな女が売られてくるだけ。こっちだと風俗か飲食か、裏稼業やりたいんだったらアンタ達の方回スヨ」


「そっちだって裏稼業やってるじゃん」


「命預けるに同胞以外は信用できナイ。こっちも後悔して死にたくナイ」


「裏切りはアンタの国の専売特許じゃんね」


「同胞は裏切らないよ。アンタ達とワタシ達は違うカラ」


 そう言うと「行くよ」とだけ明珠は短く言うと鈴々から受け取った商品を急いでリュックに詰めだした。ニアと黒龍がいないとなると収拾がつかなくなる事を明珠はよく理解していた。白龍なんか出てきたら最悪だ。アイラの命令を聞くか死ぬかの二択になってしまうからだ。


「急いで戻るよ」


 美晴も会話の内容からかなり不味い状態にある事は察していた。

 遅れをとらないよう先に部屋の外へと出た。三人で勢いよく階段を下ると、団地の出口は既に包囲されていた。若い男が10人程。強行突破は難しい。男達は笑っているが明らかに友好的な雰囲気はない。


「どいて。アイラさんのお客さん連れてるの」


「そら結構。だけどよ。その女の子。昨日の奴らと一緒に居た子だよね? ちょっと話聞きたいんだけどさ」


「後にして。アイラさんに早く戻って来いって言われてるの」


「俺達も必死なんだよ。あまりノロノロやってるとボスに殺されちまうんだ」


 通してくれる気は無いようだった。明珠は懐の拳銃を取り出そうとしたが男達の動きの方が早かった。

 ──戦い慣れている。白龍傘下の組織の人間はそこらのチンピラとは桁が違う。明珠が拳銃を抜く前に羽交い絞めにされてしまった。


「おねえちゃん!」

 

「落ち着けよ瑤。お前らは見逃してやるよ。この団地の仲間だからな。でもそいつは違ぇ!」


 美晴に男達の視線が飛ぶ。ありとあらゆる意味が込められた視線に身がすくんで動けなくなった。これから何をされてしまうかは大体想像がつく。逃げようとしたが男複数人から逃げられるわけもなくすぐに捕まってしまった。

 

「やめろ! そいつは人質なんだ!」


「でもこいつの仲間は俺の後輩を殺しやがった!」


 怒りは人に正常な判断を許さない。美晴に関係のない怒りと欲望の発散が降り注ごうとした時だった。


「ここで盛るのやめて貰っていいですかぁー?」


 男達の背後から女の声が聞こえた。気だるげな声で男達の野蛮な行為には興味が無さそうだった。逆にその興味無さそうな感じが男達の怒りを更に刺激した。


「──黙ってろババァ。てめぇ、ここの人間じゃねぇな?」


 子供が多いこの団地において女はいくらか年上に当たる。この場に居た男達も若い。そんな事もあり、童顔ではあるがそれでも顔つきや肌には年が出てしまっている彼女は酷い言葉を浴びせられた。地味な容姿の女という事もそれに拍車をかけていた。


 

創作魔術:八咫烏(ひどいですぅー)


 ケラケラと笑いながら女が魔術印を発動させた。黒い三本足の鴉が羽ばたき男達に襲い掛かる。魔術師だ、と男達は認識した時には鴉達から照射された熱線が男達の体を貫いていた。この精度とこの威力。並みの魔術師でないと訓練されたからわかる。致命傷は避けたので男達は一目散に逃げだした。


「精度ヨシー。威力そこそこー。もうちょっとで本調子かなー」


 男達を追う事はしなかった。独り言をぶつぶつ呟きながら、美晴達を一瞥する事すらなく女は団地の階段を上がっていく。心の底から自身の魔術にしか興味がないのがこれ以上なく伝わって来た。

 


 


更新が空いて申し訳ございません。

仕事が新年度もハードで死にたくなってきました。

頑張りますので面白かったら評価&感想をお願いします。


カクヨムに東魔大スピンオフが置いてあります。

KACのお題に合わせて短編を投稿したものです。

3月に5エピソード追加しましたのでよろしければご覧ください。

https://kakuyomu.jp/users/jyonnorz/collections/16818093073272127454



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