表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国立大学法人東京魔術大学 ─血継魔術科─  作者: おめがじょん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/75

前科65:ローション無しのパイズリは家系ラーメン油無しぐらい味気ない。



 こりゃあ良いカモが来た。

 まぁたそこと──新庄真悠子は初めて美鈴を見た時にそう思った。ゴテゴテのハイブラではないが、有名ブランドの落ち着いた服装。歩き方。立ち振る舞い。大体それでどんな人間かわかる。ましてや「変な薬売ってる銀髪の女を知りませんか?」なんて聞き回っていたらこの街ではバカにされるか悪い奴に利用されるだけだ。

 案の定、すぐに悪い男達が近寄っていったが、


「あべしっ」「ひでぶっ」


 予想とは違い、美鈴を連れ込もうとした矢先にボッコボコに返り討ちにされていた。これはもしかしたら上手い事利用できる。トー横界隈でそれなりの地位を築き上げたがその分敵も多い。ニッコニコでとびっきりの笑顔を振りまきながら話しかけたのがきっかけだ。そして──


「やば、りりたん。マジで強っ!」


 喧嘩慣れした男達を殴り倒していく美鈴の姿に、思わず興奮して声を上げてしまうまぁたそであった。相手は反社だ。しかも今歌舞伎町で一番勢いづいている関西からやってきたグループである。

 バックは中華系マフィア。表向きの顔は風俗業と飲食。銀泉会をはじめとしたヤクザが暴対法で苦しむ中、あっという間に新宿区に根を張ったやり手である。自分が居る界隈も相当な子供たちが彼らの餌食になってきていた。ODでヤク中の真似事するぐらいで良かったのに、彼らがパワーバランスを変えて薬物を流通させるようになり大きく街を変えてしまったのだ。


「それを返せコラァ!」


 本物の薬物は嫌いだった。界隈でそれなりに名の通った自分に売り捌けと枝のホストが声をかけてきたのだ。バックも少ない。リスクしかない。嘘ばかり。だから、この街の流儀に倣って奪ってやった。

 まぁたそが青髪ウルフから奪った鞄の中には、純度の高い薬物があるらしく血眼になって追いかけられている。


「りりたん! やっちゃって! 銀髪もこいつらの仲間だよ!」


「──ほぅ」


 美鈴の目つきが変わった。

 いや、適当なんだけどね。確証ないけどね。とは口に出して言わない。ある程度こいつらを痛めつけて離脱したらこの薬物を自分のケツモチである極業会に持っていけばいい。美鈴とはそこまでの付き合いになる。この強さは便利だが、引き際を見誤ってはいけないと思ってもいた。 

 

「テメェら俺達と本当に構えようってんだなァ!?」


「いえ、霧崎アイラを探しているだけです」


「なっ──!?」


 男達の目が変わった。まぁたそも聞いた事がない名前だ。反応からしてあまりよろしくない名前だったのだろう。男達が銃を抜く。

 防御魔術が普及しているとはいえ、銃はそれでも脅威だ。まぁたそは魔術を使えない。やばいじゃんと冷や汗が伝う。

 

「知ってるんですね?」


 美鈴が目にも止まらぬ速さで移動し、腹に拳を叩きこんだ。人間が殴ったとは思えない勢いで吹き飛んでいく。動きに視線がついて行かない。引き金を引く間もなく拳銃を持っていた男3人が殴られて悶絶している。こんな事ができるのは魔術師ぐらいだ。

 だが、美鈴に魔術を発動させた形跡を見えなかった。ならば──


「血継魔術…………」


 一部の選ばれた人間だけが使える魔術の名をまぁたそは呟いた。漫画やアニメに出てくるだけの話だと思っていた。とんでもない人間を引き入れてしまったとも焦り始める。


「──さて、美晴さん。どうしてこのような場所に? 私は伊庭先輩と偶々一緒に居ただけなんですけど」


「クールにキメて誤魔化そうとしてもダメだよ。っていうか、美鈴ちゃん。いただきギャンブラーりり平って一体何?」


「……そちらのまぁたそさんがつけてくれた名前です。トー横界隈では、本名はあまり使わないそうなので考えて貰いました」


「その髪型は?」


「これもまぁたそさんの発案です。ど、どうです? 初めて髪を染めて見たのですが」


「いつもの美鈴ちゃんの方が良い」


 すぱっと切り捨てられてちょっとショックを受けた美鈴であった。そんな朗らかなやり取りをしていたが、美鈴の表情が変わった。背後からマンホールが飛んできたので腕を振って吹き飛ばした。常人なら腕が千切れるほどの速度だったが、美鈴の腕には傷一つない。まぁたそも美晴もあまりの人外さに言葉が出ない。


「新手ですか」


 美鈴が振り返った先、ガタイの良い大男の姿があった。清麻呂並みに背が高い。それでいて体重は二倍以上ありそうなぐらい体が大きい。目が細く何となく顔つきが日本人っぽくない。人間離れした怪力も納得だが、あの威力は魔術師だと予測した。


「やば……。鈴々飯店だ」


 まぁたそが呆然と呟く。歌舞伎町の不良中国人グループの人間だ。数年前に激しい抗争を起こしてここに住み着き、今や顔役の一つにもなっているグループなので知っている。絶対に喧嘩を売ってはいけない勢力の一つだ。ヤクザと揉めるより面倒くさい。逃げた方が良い。どう言い訳するか考えていると──


「お前達、ナニモノ?」


「トー横界隈。いただきギャンブラーりり平と申します。──そちらは?」


「鈴々飯店──飛鈴(フェイリン)


 おいバカ、トー横とか迂闊に名乗るなよと思ったが時既に遅し。しかもこの名前考えて仲間に紹介しまくったの自分じゃんとまぁたそは自己嫌悪にも陥った。悩んでいるまぁたそを他所に美鈴と飛鈴はお互いに拳を構え──た所で、飛鈴の拳が美鈴の頬を掠めた。


(早っ──)


 瞬間的に反応出来たのは奇跡に近い。

 絶対に拳が届かない距離なのに飛んできた。飛鈴の腕が伸びているのだ。腕を鞭のようにしならせジャブの要領で追撃が来る。一般人なら既に気絶している威力だが、美鈴にはそこまでのダメージがない。伸びきった拳に合わせて、距離を詰めようとしたがもう片方の腕の一撃が飛んで来る。

 こちらは腰の入った一撃。流石の美鈴も拳を固めてガードする他ない。


(身体強化系の血継魔術、ボクシングベース)


 頭の中で仮説を組み立てながら反撃に出る。

 ジャブを避け、腰の入った一撃が来ると同時に魔力の爪を展開。──勝ったのは美鈴の爪だ。ぐしゃりと飛鈴の拳が砕ける。そのままもう一撃決めようと走り出したが、


「強いナ」


 飛鈴のもう片方の腕が迫る。

 美鈴も魔力の爪で応戦するが今度は反応が違った。

 拳は砕けなかった。硬い。拳の色が真っ黒に変化しており、重さも違う。

 威力はほぼ同等だと認識を改める。


「そちらも、ね」


 手練れの血継魔術師だ。

 これ程の魔術師が邪道に堕ちているのを残念に思う。だが、美鈴の心は同時に沸き上がっている。強い魔術師と戦うのが好きだった。だが──


桃色の煙を出す魔術(これにて失敬)


 周囲に複数の魔術印を展開。

 桃色の煙がぶわーっと噴き出して美鈴達の姿が見えなくなる。飛鈴も見た事のない魔術に動揺して反応が遅れた。拳を連打した時にはもう既に姿が見えない。肉体に当たった感触もない。ねちっこい煙だった。相当、濃い煙なのか拳を振り回して風を起こしても一向に晴れない。


「追エ」


 短くそうつけていたインカムに声を送り、飛鈴は近くのビルの屋上へと昇り始めた。















「ひいいいいいいいいいいいいいいい!」


「美晴さん。お静かに。舌噛みますよ」


 歌舞伎町のビルの屋上を跳ねる人影があった。西園寺美鈴である。片腕でまぁたそを担ぎ、もう片方の腕で美晴を脇に抱えていた。総重量は100キロを余裕で超えているが涼しい顔だ。人間離れしたバランス感覚と筋力である。これを魔術印無しで可能なのだから、血継魔術師は重宝されるのだ。どうにか美晴だけでも逃がしたいと思ってはいるが、


「りりたん! ちょっとぉ! 私達手配ついちゃってるってば!」


 まぁたそがこんな状況にも関わらず半泣きでインスタの画面を見せつけて来た。ストーリーには、美鈴の写真。まぁたその写真。美晴の顔まで映ってしまっている。最悪は西園寺の力に頼るしかない、と歯噛みする。美晴の安全だけは守らなければならないからだ。


「ねぇ、やっぱあたしのケツモチのとこいこ? 極業会なら──」


「うおおおおおおおおおお!!!!!!!」


 まぁたその声を遮るようにして、全裸サンダルの男が叫びながらビルとビルの間を飛んでくるのが見えた。人間の飛距離ではない。魔術師だとすぐにわかった。そして、美鈴もまぁたそも動じない。男の裸なんぞよく見ているからだ。唯一耐性のあまりない美晴だけがそっぽを向いた。しかも知っている顔だった。男は美鈴達の近くに着地すると、大仰に驚きながら言った。


「美晴ちゃん!? こんなとこで何してんの!?」


「人を気遣う前に、まず服を着るべきでは?」


「アッ!? その嫌味臭い口調──美鈴だな? 何だよ、お洒落しちゃって可愛いじゃん」 

 

「……何でもいいですけど。それ、美晴さんの視界に入れたら握り潰しますよ」


「おぉう。可愛げゼロだった。でも仕方ねーんだよ! 僕が好き好んでこんな恰好してるわけないじゃん!」


「しゅ、趣味じゃなかったんですか?」


 相変わらず目を背けている美晴にそう言われて八代は一瞬だけ悲しそうな表情を作った。

 まぁたそは顔には出さずに心の中でほくそ笑む。銀泉会の伊庭八代もまたこの街では有名なのでまぁたそも知っていた。キャバ嬢には相手にされていないので、最近は足しげくコンカフェに通っている強いチンピラだと認識している。美鈴みたいな育ちの良い人間と知り合いなのは驚いたが。


「違うんだよ美晴ちゃん。僕、変なおじさんと揉めちゃって歌舞伎に来にくくなってたんだけどさ。それでも最近仲良くしてる女の子から飲みに行こうって誘われたんだよ。ついに店外で会ってくれるなんて課金し続けてきて良かったって泣いちゃった。んで、飲み行って楽しく喋って、ホテル行くじゃん? まぁ、それでコトが始まろうとしたら──おじさん達が裏で糸引いててご覧の有様ってワケよ。何とかサンダルだけは履けたんだけどな。足怪我したら走れないし。ほら、不可抗力」


「死ね」


「ちょっと美鈴!? これだけ説明したのに、感想一言って正気?」


「私達も追われているんですけど! 貴方まで追われていたら、敵が二倍じゃないですか!?」


「大丈夫だろ。──僕とお前が組めば何とかなるって」


 ケラケラと笑いながら八代が虚空から支配の魔剣を抜いた。直後、魔術の攻撃が魔剣によって弾き飛ばされた。追手が来たようだ。だが、それ以上の追撃はない。八代を追いかけて来たグループと美鈴を追いかけて来たグループもかちあったのだ。誰も動かない。ならいいや、と八代はまぁたそへと目を向けた。どこかで見た事ある顔だった。思いだす事数秒、ぽろりと単語が漏れた。


「パイズリ神?」


 八代の言葉にまぁたそは何時ものように平静を装って笑った。新宿区にあるパイズリ風俗専門店のナンバー1がまぁたその本業でもある。そのテクニックの凄さからパイズリ神と呼ばれているのだ。

 美鈴にはその話はしていない。女の反応は大体わかっている。理解を示し下に見るか、正義感を振りかざして説教するかの二択だ。あの良い子ちゃんはどちらだろうか──なんて思っていると、


「何ですか? パイズリって」


 美鈴が頭に疑問符を浮かべている。八代も不味い事を言ったとわかったのか小声で「ごめん。失言だった」と謝った。まぁたそもその反応は予想していなかったのか、ぽかんと口を開けていたがニヤリと笑って八代へと迫った。


「うちらを無事に逃がしてくれたらサービスしちゃうよ」


「マジィ!? ど、どんなサービス?」


「本当のパイズリ。お・し・え・て・あ・げ・る」


「うほおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」


 八代の咆哮と共に、支配の魔剣が震えた。それに呼応するように複数の魔剣が飛んできて囲んでいた男達に襲い掛かる。美晴とまぁたそを守るようにして八代と美鈴が壁を背に前に立つ。美鈴は魔力の爪を展開し、八代は飛んできた虹の魔剣を掴んだ。止まっていては死角からくる魔剣に襲われる。ならば、動くしかない。追手は攻めるという選択肢しかとれない。

 

「僕の邪魔をするんじゃねえええええええ!!!!」


 虹の魔剣のスロットに衝撃波を放つ魔術が装填されて凄まじい轟音が響き渡って迫って来た男達が吹き飛んでいく。それでも全員ではない。残りの人間は接近戦で迎え撃とうと八代と美鈴が前に出た。

 近接戦が得意な二人だ。美鈴に殴られた人間は一撃で倒れ伏し、八代は高速で移動し魔剣を振って昏倒させていく。歌舞伎暮らしが長いまぁたそにとっては慣れたものであったが、美晴は違う。嵐のような暴力に呼吸すら忘れる程緊張していた。普段はバカやっている八代とあの優しい美鈴がまるで別人のように見えてならない。


「…………っ!?」


 ふらふらと自然に足が前に出てしまった。

 その虚をついて潜伏していた一人が美晴の背後に近づき羽交い絞めにしようとしたが──


「その子に触んな」


 冷たい八代の声が響き魔剣をぶん投げた。

 支配下に置かれた魔剣が美晴の横を掠め、男の肩口を貫いたままの勢いで壁に叩きつける。一瞬の油断に美鈴が焦ったような顔を作るが、ぺしっと八代に頭を叩かれた。


「僕も同罪だけど、戦えない子を巻き込むんじゃないよ」


「……ごめんなさい」


 違う、と美晴が言いたかったが恐怖で声が出てこない。自分が勝手に美鈴に会いに来ただけなのに。感情がぐちゃぐちゃになって項垂れる美晴。まぁたそはそれを冷たい目で見るだけだ。界隈のパワーバランスを崩すぐらい強い二人。何の覚悟もない足を引っ張るだけの女。絶対にチームが崩壊する。客観的に見ても状況は最悪だ。このままバックれるしかねぇとこっそり逃げようとするが、


「テメェ…………真悠子。伊庭の女だったのか…………! 裏切りやがって…………!」


 剣ごと壁に叩きつけられた男が痛みに顔を顰めながらまぁたそを睨んだ。よくよく見ると見た事のある顔だった。


「嘘でしょ…………!?」


 男の顔を知っている。極業会の構成員の男だ。

 真悠子のケツモチの兄貴分に当たる上位の存在だ。

 ヤクザに理屈なんか通用しない。誤解を解こうとしたが、男はそれだけ言うとがくっと項垂れてそのまま気を失ってしまった。


「ちょっとおおおお!!!! 起きてってばああああああああああああ!!!!」


 夜の新宿にまぁたその悲痛な叫びが響き渡ったが、戦いは苛烈にヒートアップしていく。雑魚を一通り倒した後に現れたのは、巨漢の飛鈴。八代とは旧知の仲だ。魔剣を肩において悠々と迎え撃つ態勢をとった。


「伊庭八代。またお前カ」


「鈴々の兄貴じゃん。久しぶりだね。──鈴々に最近ライン送っても返ってこないんだけど、スマホ壊れたの?」


「ブロックしたって言ってたゾ。自撮りアイコンが気色悪いっテ」


「ははァん。精神攻撃か。残念ながら僕にそんなの通用しないぞ。…………──ねぇ、嘘だよね? 嘘だと言って……」


「味方ですが、ブロックされたとみて間違いないでしょう。我々の間でも変顔伊庭八代アイコンは気持ち悪いと評判なので」


「ちっくしょう! 味方はいねぇのか!」


 あまりにしょうもないやり取りをしながら、再び戦いが始まった。

 

 



 


面白かったらブクマ評価等お願いします。

Twitterで #東魔大どうでもいい話 で検索すると

私をフォローせずに東魔大のクソどうでも良い話が読めます。

飛鈴はどうでもいい話の、東魔大ちょっと昔シリーズに登場しています。

よければどうぞ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 本当に毎回楽しく拝見させていただいております。
[気になる点] 美鈴、美晴、飛鈴……。登場人物の名前として使われている字が被っていて読んでいて分かりにくい時があります。
[良い点] 更新ありがとうございます!やっぱ伊庭八代かっこいいんですよね…戦闘は [一言] ランキング(パニック)見たら好きな小説乗ってて2度見しました
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ