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国立大学法人東京魔術大学 ─血継魔術科─  作者: おめがじょん


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64/75

前科64:新大学生は前期試験前になると服装と髪型をかえがち。








 先日のドラッグ騒動から日が経ち、東京魔術大学にも平穏な日々が戻って来た。

 ここ数日、爆発も飲酒暴動騒ぎもない。梅雨のうだるようなじめじめとした熱に耐えながら辻本美晴は大学に居た。来月には前期の試験もある。製作した魔導具の発表もあるので、毎日リュックを背負って持ち歩いているぐらいだ。一年生ながら選抜チームに居る美晴には、毎日重いプレッシャーが圧し掛かっていた。それは、魔導力科だけではなく──


「だァからァ!!!!! 何で算数の授業なのに英語が出てくンだよ! つか、何でこれがℓなんだよ!? リットルだろこんなん! もしかしてこの科目理科だったのか!?」


「あたしに聞かないでよ! こっちだって姫先輩の相手してる暇ないんだから! 折角覚えた魔術印忘れちゃうでしょ! あっ──。ダメ。もう昨日覚えた奴思いだせなぁぁぁい!」


 血継魔術科の真央と梢子の面々も似たような感じであった。

 美晴が偶々通りがかったら話しかけられて席を一緒にしているが酷く落ち着かない。

 地元にはいない派手なヤンキーと、インスタフォロワー数学内トップの女と同席していると周りの視線が気になる。美鈴かノエルが居てくれればまだ安心なのだが、美鈴も最近学校で見ないし、ノエルも歌のレッスンでずっと忙しいようだった。


「そもそも、バカ二人で勉強したって仕方ねーだろ!? 八代と清春はまだしも、美鈴の奴まで何処へ消えたんだ!?」


「美晴ちゃんは何か聞いてない?」


「えっ。──インフルエンザになったから暫く休むって……」

  

「あの野郎ッッ!!!! アタシ達の連絡フルシカトこいてるくせに──っ!!!!」


「やっぱこの前飲んだ時さ。酔っぱらった姫先輩が、ナンパ男を川に放り投げて疑似競馬みたいなのしてたのにドン引きしたんだよきっと」


「真央だって死ぬ程酔っぱらって泣き喚いたの覚えてないの? アンタ家まで担いで送ってったの美鈴だぜ?」


 話を聞いただけで怖くなるような内容だった。

 魔導力科の先輩とはまた違う怖さがこの二人にはあった。

 東京の女は山梨とは全然違う。


「伊庭先輩達も来てないんですね。珍しい。夕方になるとよくお見掛けするんですけどね」


「八代は歌舞伎で指名手配くらったらしいぜ。極業会の組長に裸見せつけたとかなんとか。バカもあそこまで行くと尊敬するわ」


「……伊庭先輩、ヤバくないですか? ヤクザって……」


「大丈夫だよ。こんなの2か月に一度ぐらいあるしね。なんだかんだしぶといから心配しなくていいよ」


 あまりに違う世界の人間過ぎてついていけなかった。

 血継魔術師の見ている世界は自分とは違う。

 美鈴も友達だが、総理大臣の孫だ。住んでいる世界が違う。

 良い子だと思う。一緒に居て楽しいし、勤勉な所は尊敬しているし、それでいて偶に変な事を言うのがとても可愛いと思っている。

 

「あいつんち総理公邸だっけか。セキュリティ厳しそうだな。見舞い行こうかなって思ったけど」


「八代がよくラーメン誘ってるから抜け道知ってるっぽいのよね。ただ、あいつも連絡返して来ないし」


「女紹介するって言ったらすぐ折り返しくるっしょ?」


「それ試したんだけど、返ってこない。今回のかなりヤバくてヤクザに追われて半泣きなんじゃない?」


「めっちゃウケんな」


 ケラケラと笑う先輩達の姿を見て、自分と美鈴の関係はどうなっていくのだろうと考えてしまう。

 選ばれた天才達の間にあるこの社会的に正しくない信頼感。美鈴だけでなく別の分野の天才であるノエルともこういう関係が結べるとは思えない。同じ魔導力科の自分とコンビを組んでいる先輩の言葉が頭の中に響いた。

 




 ──天才と友達で居続けるのは、美晴が想像しているよりずっと大変な事だよ──












 時は流れて夜。

 先輩達に勉強を教えて晩御飯を奢って貰った後、美晴は清掃のアルバイトに出ていた。

 最近なんだか忙しい。普段は終業後のビル掃除がメインだが、今日は違った。

 溜池山王から少し離れて歌舞伎町のある一角の清掃業務だ。

 緊急の仕事で手当てもつくとの話があった。

 

「辻本さんは女の子だから無理しなくても大丈夫だよ」


「いえ、大丈夫です。行けます」


 時給も上がって手当までつく。

 美晴の家はそこまで余裕のある家庭ではない。国立で学校指定の寮住みとはいえ出費は大きい。

 高3ぐらいから父のビールが発泡酒に変わっていた辺りからそれに気づいていた。

 兄達の給料からも仕送りが支払われているのも知っている。祖父の通院費等も考えるとアルバイトは必須だった。魔導力科は更にお金もかかる。最新の技術書や具材の予算も限られているのだ。夜職をやっている先輩も居ると聞いている。

 美晴にとっての精一杯の背伸びが深夜清掃アルバイトであった。

 

「あんまり治安良くないからね。さっさと集めてさっさと撤収で終わらそう」


 突発的に入って来たゴミ回収の仕事らしい。

 ある地域に集まったゴミを回収車に乗せて運ぶだけの仕事だ。

 現地集合現地解散で良いとの事でもある。

 年季の入った作業員たちは終わったら久しぶりに引っかけて帰るかなんて話しながら作業をしている。


「ふぅ……」


 ここが噂に聞く「トー横」という場所らしい、とギラギラ輝く新宿の高層ビル群を見上げた。

 汚れには慣れて来た美晴だったがあまりの汚さに辟易とした。一斉摘発が行われたからかゴミだけが残っており子供たちの姿はない。

 美晴も黙々とゴミを回収していく。食べ物。瓶。薬の包装。封の空いた避妊具まで落ちてて最悪に汚い。ボランティア団体が袋詰めしたものを回収するだけの仕事ではあるが、細かいゴミを拾うのが力のない美晴の役割だった。大義名分だけの仕事を終えて回収用のトラックを見送る。中型免許を持っていない美晴の仕事はここまでだ。点呼と確認を終えたら解散となった。


「じゃ、飲みいくか」


 美晴のアルバイト先での人間関係は希薄だ。

 登録制なのである程度見知った顔はいるが毎度同じ面子というわけでもない。

 ただ新宿という街の人の多さにはびっくりした。

 少しぐらいなら、と軽く街を散策する事にした。

 東京は多国籍な街だと美晴は思っている。山梨で生きて来た18年で見た外国人の量を上京2か月で既に超えていた。


「おねーさん。飲みどうです?」


「カラオケとかいかないすか?」


 作業着姿の自分に声をかけてくる男達が怖い。小走りで人の間をすり抜けて走って逃げる。

 自分がどこにいるのかわからなくなってきた。黒人からも声をかけられ始めたのでようやく彼らを撒いた先に大きな公園に辿り着いた。女の子が沢山立っているのでここは平和だろうとガードレールに腰かけて一息つく。


(あれって確か流星寮の……)


 美晴も偶に一緒に流星寮に顔を出す事があるので見知った顔がいた。

 八年生と呼ばれていた記憶がある。喋った事はなかった。

 美晴が声をかけようか迷っていると視線に気づいた。


「…………」


「…………」


 彼はにこやかに笑い、東側を指さしてあっちに行けみたいな動作をした。

 意味がわからなくて美晴がきょとんとした顔をしていると、近くに立っていた外国人女性が急に声を荒らげた。それに気づいた八年生──ザビエル先輩は物凄い勢いで逃げて行った。騒ぎはそれだけで終わらなかった。


「待てやあああああああああ!!!!!!! この豚野郎がああああああ!!!!!」


 男の怒声が遠くから聞こえると軽快なステップでゴスロリ金髪の女の子が100キロ近い女の子をおぶって走って来るのが見えた。尋常ではない景色に周りの人間達もカメラを構える。美晴は常識外の景色に目が点になってしまった。


「りりたん! ここは人目が多すぎるわ!」


「成程。裏路地に行きましょう」


 ピンク髪の太った女の子が背中の上から金髪の女の子に指示を出す。

 美晴はそれを間近で見て更に目が点になった。そう、髪型や服装こそ全然違うが声と顔が西園寺美鈴にそっくりだったのだ。眼鏡をとった顔を見た事があって良かったと思う。それぐらい美鈴の顔は眼鏡の有無で認識が全然違う。そしてこの状況で落ち着いた何時ものトーンの声。重そうな人間を軽々背負って走る人間離れした身体能力。美鈴以外に考えられない。

 

「えっ──ちょっ!? みれ──!」


「挽き肉にしてやんぞコラアアアアアアア!!!」


 美晴の声がかき消された。背の高い青髪ウルフカットの男が怒鳴り声を上げながら追いかけて走っていく。どうしよう、と迷った。絶対に何かトラブルに巻き込まれている。怖い。危なさそうだ。

 でも友達だから放っておけない。このまま見なかった事にして帰ったらもう友達でいられない気がする。迷ったのは一瞬。逃げるな、と自分を奮い立たせ美晴は少し遅れて走り出した。


「豚ァ!!! どこ行きやがったァ!?」


 相手が怒鳴りながら走っているので位置を特定しやすい。

 男と女の速度差があれど何とか見失わずについていけている。

 わけもわからぬ都会を走り回る事数分。

 人気のなくなった裏路地で、美鈴達が男によって追いつめられていた。


「テメェ、俺の鞄返せやコラァ!」


「あんたがウチの妹分達に薬売らせてたのが悪いやんけ! あんたみたいなカスにリアコしとった自分が情けないわ!」


「洒落になんねーんだよこれだけは! 今ならお仕置きで勘弁してやっから!」


 男の手に魔術印が浮かんだ。半グレの魔術師だと判断する。

 ピンク髪の女が少しだけ怯んだ。


「まぁたそさん。彼は敵でいいですよね?」


「うん! りりたん強いんでしょ? あんな奴やっつけちゃってよ! これが取引の条件!」


「わかりました」


 金髪になった美鈴が前に出た。

 小柄でゴスロリファッションなのでとても弱そうに見える。

 青髪ウルフはそれを冷静に排除すると決めた。

 勢いだけのバカ女ならこの街に掃いて捨てる程いる。

 

「くたばれやぁ!」


「──高校レベルの魔術で何を……」


 火の玉が美鈴目掛けて飛んだが、美鈴はそれをそのまま握り潰して霧散させる。

 血継魔術の前では高校レベルの魔術等児戯にも等しい。青髪ウルフの顔が驚愕に染まると同時、一瞬で接近した美鈴の拳が体にめり込む。重い打撃が数発腹に叩きこまれ、息をする事もできずに体を曲げた所をピンク髪の少女──まぁたそが顔面を思い切り蹴り上げた。


「さよならキラ君。──やば、よく見たら顔ブス過ぎてめっちゃムカつくわマジで死ね!」


「ブスは蹴って良い理由にはなりませんよ」


 意識が無くなった青髪ウルフを蹴りまくるまぁたそだったが、美鈴に窘められてようやく辞めた。一部始終を見ていた美晴はようやくそこで美鈴達の前に姿を現した。全く予期していなかったのか、美鈴の顔が驚愕に染まった。


「……美鈴ちゃん、でしょ?」


「いえ…………人違いじゃないですか? ええと、今の私は────」


「"頂きギャンブラーりり平"だよ。もう忘れちゃったの?」


「そう。そうでした! 私の名前は頂きギャンブラーりり平です。美鈴なんていう人は知りません」


 苦しい言い訳を胸を張って言いのけた美鈴だが、スマホを取り出した美晴が美鈴に電話をするとスカートのポケットから着信音が鳴り響いた。


「……何でこんな事やってるのか説明してくれるよね?」


 ぐうの音も出なくなった美鈴は脂汗を浮かべながら観念したように口を開こうとした。だが──


「お嬢ちゃん達。ちょっとはしゃぎ過ぎたね?」


 美晴の背後から声が聞こえた。そこにはどう考えても良い人には見えない風体の男達の姿がある。

 三人の脳裏に浮かんだ単語はヤクザか半グレ。ジャージとスーツ姿がまばらにいるのでほぼ間違いないだろう。そして戦闘員らしき男達が前に出て来た。顔が大陸系っぽいので不良外国人集団と美鈴は認識した。


「美晴さん。下がっていてください」


 美鈴の額から角が生え、戦闘態勢に入った。

 雰囲気からいって相手は相当な手練れだと判断した。気絶している青髪ウルフとか比べ物にならない。

 臨戦態勢に入った美鈴に美晴は恐怖を感じた。怖い。押しつぶされるようなプレッシャーだ。八代達とふざけて殴り合っている時とは全然違う。


「道を拓きます。──話はそれからです」


 何かを話したい。話さなければいけない。

 だが状況はそれを許してくれない。

 平穏無事な辻本美晴の日常はここで完全に崩れ去ろうとしていた。



面白かったらブクマ評価等お願いします。

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私をフォローせずに東魔大のクソどうでも良い話が読めます。

3月にカクヨム版にはなりますが短編を8本追加しました。

よければどうぞ。

超不定期更新ですいません。転勤と引越しがあるので夏まではこんな感じです。

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[良い点] 面白かった。 [一言] 更新頑張って欲しい。
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