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国立大学法人東京魔術大学 ─血継魔術科─  作者: おめがじょん


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38/75

前科38:何に突っ込めば気持ち良いのか試行錯誤していたあの頃の「熱」







 ──なんで八代くんはみんなとご飯食べれないの?




 ──なんで八代くんの部屋だけあんな離れたところにあるの?



 

 ──なんで八代くんと同じ学校に行けないの?







 子供の頃の残酷な記憶だ。

 それを理解した時にはもう離れ離れになってしまう寸前だった。

 兄は差別されている、妾の子の自分よりも。それがどれ程異常な事だったのか今ではよくわかる。兄がよくケガをして帰ってきた事も。食事の時間になるとふらりとどこかへ消える事も。全ては繋がっていた。


「八代くん……ごめんね……」


 累はそう呟く。何も理解していなかった己のを呪いながら。

 習い事や訓練の合間でしか会えない短い時間だったが、兄は何時も明るくて優しかったがどこか冷めた笑顔を浮かべていた。その笑顔の裏にどれ程の苦しみがあったのだろうと偶に考えてゾっとする夜がある。

 


「ごめんな……さい……」



 手を伸ばす。その手を握り返して貰える資格があるかと自問自答しながら。

 そして、自分の手が握り返される感覚と共に累の意識は覚醒した。



「──っは!?」


「おはようございます、累様。お見事な寝相でいらっしゃいますね」


 伸ばした手の先、見知らぬ天井の隅には無表情の女の顔が見えた。随分と懐かしい顔だと驚きが累を襲う。

 

「あーちゃん……?」


「その呼び方はお辞めください。今は伊庭家護衛部隊の弁慶です」


 子供の頃から変わらない相変わらずの不愛想な顔つきだが、頬が少し赤くなってる事に累は気づいた。護衛部隊は伊庭家当主勢力の人間なので、先代当主側の庇護下に居る累にはあまり情報が入ってこないので知らなかったのだ。


 ならば、と累は起き上がり居住まいを正す。子供の頃とは立場がお互い違う。あまりだらけた姿を見せるのは良くないと判断したのだ。


「現状の把握をしたいので、ご説明をお願いします」


「はい。──昨晩、気絶した累様を八代様と共にこちらまで運びました。ここは八代様が住んでいらっしゃる寮の一室ですね」


「綺麗な場所……」


 新築の家のように壁も床も綺麗だった。白い壁に木目調の床。家具はほぼ存在していないが、アイランドキッチンまである。流星寮の面々が真央が家を失った時に勧誘しようと私財を投げうって作り上げた部屋だが、結局夢は叶わず空き部屋となっている。累からしてみれば学生寮がこんな綺麗で広い事に違和感しか感じなかった。


「累様には申し訳ございませんが、今回の件については(ともえ)様にご連絡させて頂きました」


「お婆様は何と……?」


「尻叩き100回だそうです。それと、五月祭が終わった後は即座に寮へと帰るようにと」


「はぁーい」


 口を尖らせながら不満げな返事をする累。

 年相応の態度に思わず弁慶も笑みが零れそうになる。

 だが、きりっと意識を引き締め一度咳ばらいをする。ここからが弁慶の一番面倒くさい仕事の部分なのだ。流星寮の奇人変人達に対して累をどう言いくるめるかだ。まずは、と弁慶は近くに置いてあった眼鏡を累に渡した。


「累様。こちらの着用をお願いします」


「どうして眼鏡? 変装する必要あるんですか?」


「いえ……累様。ここが東京魔術大学という事はご存じでいらっしゃるかと思います。日本で最高峰の魔術大学の一つでもあります」


「ええ。天才の中の天才ばかりとお聞きしています」


「それで間違いありません。ちなみに、こういう言葉をご存じありませんか? ──馬鹿と天才は紙一重であると」


「はぁ……」


「この流星寮は天才の中の天才しか在籍できない寮なのです。その所為か、一部住人が我々一般人の理解の範疇を超えた恰好や言動している事がございます」


「成程、これはその為の眼鏡なんですね。私の学校でも防犯対策で配られました」


 弁慶が累に渡したのは魔導力製の眼鏡だ。フィルターが設定されておりレンズにアダルトコンテンツが映った瞬間に視界に規制がかかる一品だ。常時着用者のバイタルを計測しており、変質者や露出狂に出会った際の体の変化により救難信号魔術まで出せるのだ。


「でも、そんな変な人達と一緒に居て、八代くん大丈夫なんですか? 悪い影響受けてそうで……」


 お前の兄貴がそもそも変態の筆頭なんだよ、と言いたいのを弁慶はぐっと堪えた。

 思えば昔から累の前ではそれなりに真面目だったなと忌々しい気分にもなってきた。自分の前ではずっとバカなのにとも。握り拳を作りながら、それでも笑顔で弁慶は言葉を絞り出した。

 

「正直申し上げれば八代様も大分染まってしまいました。ですが、八代様の面倒見の良さは累様もご存じでしょう。彼らと共に笑い、切磋琢磨して立派な魔術師となれるよう日々研鑽を重ねているのです。少しばかり寛大な心で接して頂けないでしょうか」


「わかりました……! 八代くん昨日もカッコよく助けてくれたから、きっと大丈夫ですよ!」


「ええ、大丈夫だと思います。……多分」


「じゃあ私支度してきますね。少しお待ち下さい」


 るんるん気分で布団から起き上がり洗面所へ向かった累を見送った後、弁慶はため息をついて部屋の窓の方へと歩く。閉め切っていた遮光カーテンを開けると、五月の優しい朝日が部屋へと差し込む。今日も良い天気であった。


 そして、眼下に見えるは流星寮の惨状。全裸の男達が早朝から酒盛りをしていたり、裸エプロンで豚の丸焼きを作ったりと最低最悪の景色が広がっている。


(この光景をどう誤魔化せと……!)


 累にトラウマを植え付けた時点で当主に粛清されてもおかしくない。それ程までに累は溺愛されている事を弁慶は知っている。何かあったら全部の罪を八代に押し付けてとんずらしようと心に決めた弁慶は、頬を叩いて気合を入れなおした。



  

 









「弁慶さん。どうしてあちらの方々は服を着ていらっしゃらないの?」


「宗教儀式の一つですね。彼らは生まれたままの姿で相撲を取る事により神への一体感を高め、古代魔術の研究をしているのです」


「それは凄いわ。私の視界が()()()()()()()なのもそれならばしょうがないですね。でも、机の上に置いてある棒にまでモザイクがかかるなんて……」


「宗教道具は子供に刺激が強いものも多くあります。その為の配慮でしょう」


「わっ。触ってみたらぎゅいんぎゅいん震え始めました!」


「累様ストップ! それはダメ!」


 冷や汗をかきながら、それでも余裕の態度を崩す事なく弁慶は累のフォローに脳みそをフル回転させていた。流星寮の面々には昨晩の内に挨拶をしておいたので、歓迎ムードで接して貰っている。八代とは青筋をたてた寮生達に囲まれているのを見て以来会っていない。今も豚の丸焼きを焼いていた寮生から、同じく窯で焼いていたパンに野菜と一緒に挟んだものを朝食にと貰っている所だった。

 

「素晴らしい腕前です。八代くんこんな美味しい朝食を頂けるなんて羨ましいですね」


「本当に美味しい……」


 何なのだこの寮は、とため息をつきたくなっていた。あのバカは何処へ行ったと周囲を睨むようにして見る。全裸相撲にも、全裸リンボーダンスにも、裸エプロン料理集団の中にも姿が無い。

 外に来る前に部屋を確認したが八代の姿は無かったのだ。どこかに呑みにでも行ったのかと勘ぐっていると──


「マロ先輩覚えてろよ! 絶対、就職活動邪魔してやるからな!」


「家のポストにおねショタAV死ぬ程突っ込んでおくから覚悟しておけ!」


「貴様のお姉さま達に弟さんクラミジアですよって言いつけるからな!」


「夜中に大喧嘩してる貴様らが悪いだろうが!」


 半裸で縛られた八代達が台車に乗せられて運び込まれて来た。ゴミのように雑に捨てられると清麻呂達はかったるそうに去っていく。話から察するに夜中に騒ぎを起こして風紀委員に捕まっていたようだった。魔術による捕縛が解除されると、八代達は弁慶と累に気づいていないようで「風呂入るか」と話し合うと服を脱いでそのまま寮の前にある池に飛び込み始めた。


「る、累様。あれは修行の一環です。よく滝に打たれているアレと同じ原理です」


「そ、そうですよね……」


 何とか信じかけていた累の心に凄まじい疑念が沸いたようだった。

 あまりの事に弁慶も上手くフォローができない。そんな二人に全く気付かず、八代とリーゼントとヒゲ面の男がぎゃあぎゃあ騒ぎながら池に浸かっていると、


「HAHAHAHAHA!!!!!!!」


 何時の間にか現れた泥酔した黒人とその一行がゲラゲラ笑いながら八代達目掛けてパンの破片を投げつけ始めた。直後、池を泳いでいた大量の鯉達が一斉に八代達に群がり餌を求めて激しく襲い掛かり始めた。


「おいいいい! 山田先輩ふざけんな──ってちょあっ! それは餌じゃなくて僕の乳首!」


「てめぇら覚えてろよ! うおっ!? でもすげぇこれ! 触手プレイみたいだ!」


「女の子になっちゃううううううううううっ!!!!!!」


 地獄絵図のような光景だった。予想外の発言により生唾を飲んだ男達が次々と裸になり千切れたパンを抱えて池に飛び込み始めたのだ。全裸の男達が濡れたパンの屑を体につけて泳ぎ、それに鯉が群がる最悪の景色。流石の弁慶もグロ過ぎて目を背けてしまうレベルであった。

 

「ダメぇ! それはパンじゃなくて僕の()()()()()!」


「成程! その手があったか!」


「これでオナホともオサラバよ!」


 八代の興奮気味の声に男達が反応し、最悪の行為に手を染めようとした瞬間だった──。


「皆さんご存じですか? 鯉の口に歯はありませんが、喉には十円玉すら曲げる強力な骨があるみたいですよ」


 累の声が響いた瞬間。最悪の未来を想像して男達の顔が青ざめた。

 阿鼻叫喚の騒ぎと共に全員が岸目掛けて全力で鯉を振り払って泳ぎ始める。そして、岸に命からがら辿り着いた八代はそこでようやく冷たい目をした妹の存在に気が付いた。


「……八代くん。楽しそうだね」


「楽しいというよりは新たな性癖に目覚める所だったよ……」


 酷い絵面に目を背けていた弁慶はそこでようやく自分の失態を認識した。

 何か声をかけようとした時には、もう既に手遅れであった。累はぷいと八代から目を背けると寮の中へと走り去っていってしまう。気まずそうにしょんぼりとしている八代を冷たい目で睨み、弁慶はため息をつく。


「……どうするおつもりですか? これで地球上に八代様に好意的に接する女性は居なくなりましたね」


「話をするさ。こんなんでもあの子のお兄ちゃんだからな」


「数分前まで鯉の口に股間突っ込んでいた人がよく兄と名乗れますね」


「しょうがないじゃん! これが僕なんだから! どうせ取り繕ったってバレるに決まってるよ! こうなったら正攻法で行くしかねぇ!」


 そう言うとずんずんと八代は累を追いかけて寮の方へと足を向けた。弁慶はまたもため息をつき八代に向かって声を上げた。


「八代様ちょっと待ってください!」


「何? 男らしい態度の僕に惚れた?」


「いえ、説得するならせめて服ぐらい着てください」


「……それもそうだ」













 流星寮の屋上で累はすんすんと泣いていた。

 眼下では全裸の男達が肩を組んで「仰げば尊し」を歌い始めており、野太い声が更に涙を誘う。

 心の底から惨めな気持ちだった。泣き止んだらもう帰ろうと思っていると──


「累ちゃん。ごめんな……。色々と嘘ついてて」


 裸エプロン姿の兄が現れた。あまりに酷いビジュアルに涙はすぐに引っ込み、開いた口が塞がらない。自分の今まで見ていた兄の姿は何だったのだろうかと益々惨めになってきた。


「それが本当の八代くんなの……?」


「本当も何も、僕は何時でも僕のつもりなんだけど……」


「昔はそんな恰好してなかったじゃん! 何時も英語がいっぱい書いてあるダッサイ服着てたのに!」


「黒歴史掘り返すのやめてぇ! 僕だって好き好んでこんな格好しているわけじゃないよ。近くにあった服がこれしかなかったんだ……」


「それもそれで問題だよぉ! 何なのこの寮! 変態とアル中しかいないじゃん! まだ朝の八時だよ!? 何でこんな時間からお酒飲んでるの!?」


「すげぇ正論過ぎて何も言い返せないや……。でもね、累ちゃん。世の中の大学生って大体こんな感じなんだよ」


 あまりにも少数派かつ、個人的な意見過ぎる物言いだったが、累にも思う所があったのかそれ以上は追及してこなかった。本当はこんな事を言いたいのではない。八代が嘘をついていた事はうっすらとわかっていた。この兄にボランティアサークルに所属するような恋人がいるという時点で感づいてしまったのだ。それよりも累が苦しいのは──


「八代くん。すっごい楽しそうだった。家にいる時と違って、心の底から笑ってる感じがした……」


「そりゃこれだけ好き放題やれば楽しいでしょ……」


「だから惨めな気持ちになるの……。私は小夜子ママと八代くんに助けて貰って人生凄く変わったのに……。私は八代くんに何もお返しできなくて……」


 かつての記憶が蘇る。伊庭累が日野累だった頃の話だ。

 誰からも愛されず。愛を求めても一歩通行だった日々を変えてくれたのはこの親子だった。

 そんな累の思いを理解した八代は、そっと横に腰かけると優しく累の頭を撫でた。


「いいか累ちゃん。──妹が居るって大抵の男は羨ましがるんだ。その時点で僕はもう勝ち組なんだ」


「意味わかんない……」


「それだけじゃない。僕の分のご飯がなくたって、累ちゃんだけは一緒に食べたいって言ってくれた。本邸に住む事は許されなかったけど累ちゃんが一人じゃ寝れないって言うから少しだけど住めた。同じ学校に行きたいっていうのはごめん。地元中学って女子セーラー服じゃんね。そっちの誘惑に負けた」


「最後のは聞きたくなかったよ……」


「ごめん。でも、僕はもう、累ちゃんから沢山のものを貰ったから。そんな悲しい事言わないで」


「……本当? 八代くん。私が妹で良かった?」


「勿論だよ。累ちゃんが居なかったら、自分が今こうなってたかちょっと想像つかないや……」


 何処か遠い目をして八代はそう言った。伊庭八代は異端児だ。生まれながらにして災厄の魔剣を背負っていた。守ってくれた母と死別した後、八代の孤独を埋めたのは家の事も何も気にせず慕ってくれた妹の我儘だ。どれだけ周りから嫌われても笑われても憎しみをぶつけられても、無条件に慕ってくれる累が居たから幼い頃の八代は正気を保っていられたのだ。


「ん……。じゃあ、もういい。何か不貞腐れちゃってごめん。私、家の人から京魔大に行く事を勧められてるの。多分八代くんともう会えないし、同じ大学にも通えないから最後に色々確かめたくなっちゃってさ」

 

「ばーちゃんにも相談したの?」


「お婆様も自分が出た京魔大に行って欲しいみたいだよ。口に出しては言わないけどね」


「累ちゃんが来たいなら僕はここで待ってるよ。──こんな大学生活で良ければね」


「こんな大学生活はちょっと嫌だなぁ……」


 累がニヤっと笑い、八代もつられてニヤっと笑った。

 立場も性格も生まれも全く違う二人であるが、その笑い方は兄妹のようにそっくりだった。









面白かったらブクマ評価等お願いします。

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私をフォローせずに東魔大のクソどうでも良い話が読めます。

よければどうぞ。

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[一言] いい話風に終わったけどこの変態話してる間ずっと裸エプロンだったんだよな…
[良い点] 妹ちゃんと何やかんや上手くいっててよかった!!!
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