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国立大学法人東京魔術大学 ─血継魔術科─  作者: おめがじょん


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37/75

前科37:異性の下着の色に興味がなかった方のみ、伊庭八代に石を投げてください。





 

 梢子と累はお互い必殺の魔術を発動させ、膠着状態に陥っていた。片方は鎖を両手に携え。片方は巨大な鞘に収められた大剣を軽々と担いでいる。観客たちが息を呑んで見守る中、妹のピンチが全く気になっていなさそうな八代の呑気な声が発せられた。

 

「ああ、弁慶。これ、後輩の美鈴。西園寺さんの孫だってさ」


「勿論存じ上げております。はじめまして、弁慶と申します。お会いできて光栄です。いつも八代様が"粗末なもの"を見せつけて大変申し訳ございません」


 にっこり営業スマイルを作って弁慶が手を差し出すと、美鈴も営業スマイルを作ってその手を握った。


「はじめまして。西園寺美鈴と申します。伊庭先輩の……知人でいらっしゃる弁慶様ですね。今後ともよろしくお願いいたします」


「何か会話おかしくない!? 普通恋人とかそういう関係だって疑うとこでしょ!?」


「事実と異なる場合、名誉棄損に当たるので避けただけです。弁慶様に不快な思いをさせない為の人道的配慮と言って欲しいですね」


「お気遣い頂きありがとうございます。八代様。美鈴様って非常にお優しい後輩の方なのですね」


「僕の扱い見た上でそう言えちゃうの、本当に凄いと思うな」

 

 わぁと再び歓声が聞こえたので三人の視線が会場に注がれた。先に動いたのは梢子の方だった。鎖を振り回して累に攻撃を放ったのだ。自在に伸びる鎖を寸での所で避けた累は、地面を蹴って横っ飛びでかわす。だが、移動先には梢子の設置した魔術印。印から放たれたのは火の玉だ。持っていた大剣を振り回し、身を隠すように防御態勢をとった。


「姫先輩には累ちゃんは天敵なんだよなぁ」


 八代の言葉の後、大剣の鞘に当たった火の玉は梢子へと反射するように打ち返された。流石にこれには梢子も面食らったらしい。暴発魔術で高威力に強化された己の魔術は梢子にとってもかなり危険なものだ。防御魔術では防ぎきれないと判断した梢子も横っ飛びで回避し、制御を失い荒れ狂う炎が梢子の背後で大きく燃え盛る。それを見ていた美鈴は横目で八代を見ながら問うた。


「魔術を跳ね返す魔剣、ですか?」


「それだけなら可愛いんだけどなぁ。そこは累ちゃんも伊庭家の子よ。あの魔剣は魔術師にとってはめっちゃ凶悪なんだよね」


 戦況が変わっていく。梢子の魔術に制約がかかったようなものだ。累がじりじりと距離を詰めようとする。それを察した梢子は、性懲りもなく魔術印を再び大量に展開した。暴発魔術の弱点として、血を流した状態で魔術を使うと通常の威力で展開できないという弱点がある。跳ね返されたら高威力の魔術がそのまま自分に返ってくるのだ。だが、その恐怖すら感じさせない態度で菊姫梢子は笑った。


「その血継魔術。八代の親戚か?」


「伊庭八代は私の兄です。……兄の手紙には、血継魔術科の方は素晴らしい人達ばかりと書いてあったのに、貴女のような人が居て残念です」


「へぇー……八代の妹かお前。言っておくが、お前の兄貴は変態だぜ。アタシのパンツの色聞くために全裸で土下座した事あるしな」


「……精神攻撃ですか。やはり卑怯な方ですね。ですが残念。──八代くんは絶対にそんな事しませんから!」


 累が自信満々に大きな声でそう言ったのが聞こえた。冷たい目で弁慶が八代の方を見るが本人は目を一切合わせようとしない。明後日の方を向いている。


「累様はああ仰られていますが、妹の純粋無垢な心を弄んで楽しいですか?」


「違うよ! あれは姫先輩の精神攻撃だから! なんて卑劣な女なんだ! 許せねぇ!」


「弁慶様。こちらの方、先週千ヶ崎先輩にも同じ事やってましたよ」


「ちょっと美鈴! 今それは言っちゃダメでしょ!」


「三秒でバレる嘘をつくからそうなるんですよ」


 妹と幼馴染に聞かれたくないエピソードを晒された八代の目には涙が浮かんでいた。そんな兄の心を知らず、少しイラついたのか累の方から動き出した。梢子の魔術印も関係なしに、正面から突っ込んでいく。梢子も一斉に魔術を発射する、魔術の量は圧倒的だ。累とて剣一本で捌ききれる量ではない。


「出るよ。累ちゃんの魔剣の真骨頂」


 八代の言葉と同時、累の魔剣の鞘が大きく広がった。

 完全に剣から離れた鞘は形を変えて累の体を覆っていく。

 ──累の魔剣。鎧の魔剣の真の姿がそこに顕現した。 

 漆黒の鎧を全身に身に纏い、銀色の大剣を防御に使う事もなく嵐のような魔術群を一身に受け止めた。


「やべぇっ!?」


 緊急で大嵐を起こす魔術を展開。大きく吹き飛ばされるように上空へと舞い上がった梢子は自身の魔術が全て弾き返された事を認識した。追撃はなかった。強者の余裕を見せつけるように梢子が着地するまでじっと立ったままである。流石の梢子の顔も険しい。あれだけの魔術を全て跳ね返されてしまってはもはや成す術がないに等しい。


「クソがっ!」


 鎖を振るう。梢子の意のままに操られた鎖は魔剣に巻き付くとその動きを阻害するように縛り上げた。

 

「これで互角、でしょうか?」


「累ちゃんの魔剣ってさ。鎧の部分が全てなんだよね。剣自体は伊庭の魔剣としちゃ並みぐらいかな。重さの調節できるぐらいだし」


「菊姫様の着眼点は悪くありませんが、累様相手ですとそこまでの意味がないのですよ」


 八代と弁慶の言うとおりだった。累は魔剣を投げ捨て梢子へと接近する。

 鎧を着こんでも速度にそこまでの変化はない。身軽な動きで梢子を攻撃の射程内に入れると大きく拳を振った。喧嘩慣れしているのが幸いと出たか累の拳は空を切る。だが、梢子に反撃はできなかった。大きく後ろに跳んで距離をとるのが精々だ。


「ごめんなさい。って言えばこれぐらいにしてあげますよ。勝ち目はもうないでしょう」


「……うるせぇよバーカ! お前の兄ちゃん全裸の変態!」


「……本気で行きます!」


 累が再び走り出そうとしたと同時、今度は梢子が魔術印を地面に展開させた。コンクリートがせりあがり、累目掛けて飛んでいく。鎧の魔剣にダメージはない。大きな塊がブチあたっても表面に少し傷ができるぐらいのものだった。


「……お。姫先輩気づいたな」


「全裸の変態様。どういう事です?」


「様つけても悪口には変わりないからね!? ……鎧の魔剣が跳ね返せるのって魔術で作られたものだけなんだよね。ああやって、魔術で操ったものならダメージは入るんだ」


「姫先輩の勝ち筋はああいう魔術を大量展開する事ですかね」


「そうなるかな。しかし、姫先輩もあんな人だけど魔術には真摯だよね。魔剣使いに前回負けたから、あんな創作魔術作ってるとは思わなかったよ」


 梢子がいくらコンクリの塊をぶつけた所で、鎧自体がひしゃげたりはしなかった。多少衝撃で動くぐらいだ。頭に当てた所で意識を飛ばすのは難しい程の硬度がある。頼みの綱の魔術で作った鎖も、累の動きを止めるぐらいにしか機能しない。競技会場はほぼ半壊している。運営委員が防御魔術を大量展開したり、梢子の放った凶悪な魔術の後始末をしたりと一瞬たりとも油断できない。

 

「んじゃよォ。これで、どうだァっ!」


 梢子が鎖を再び振るった。累が投げ捨てた魔剣の柄に絡みつき、遠心力をつけて思い切り叩きつける。轟音と衝撃に加えて砂塵がが立ち上り、晴れた後は右腕で魔剣を受け止めている累の姿が見えた。流石に右手の鎧部分は破損している。

 

「良い教訓を得ました。ここまで私と戦えた人っていないんですよ。──魔剣を投げ捨てるのは危険でしたね」


 梢子の鎖を無理やり引き千切り、今度こそ油断なく累が剣を構える。

 片腕が骨折でもしてくれれば儲けものではあったが、累の体へのダメージは無かったようだ。


「こりゃあ姫先輩の負けかな」


 八代が頭の後ろに両腕を組んで空を見上げた。そこで、気づく。

 遥か上空。意識を集中しないと見えないぐらいの高さ。夜闇と月灯の隙間に巨大な魔術印が展開していた事を。八代の視線の先にあるものに弁慶と美鈴も気づいたようで、不安げな声を上げた。


「あれ程巨大な魔術印……。あの人何をしようとしてるんですかね?」


「私も見た事のないタイプのものです。……古代のもの? 現代で使われるようなものではないですね」


「何でもいいさ。……絶対ロクな事にはならんから、逃げる準備しておいた方がいいかも」


 

 












 勝った、と伊庭累は鎧に覆われた中で口元を綻ばせた。

 中々の魔術師だったが、これにて決着だと一息つく。強力な魔術師であればある程累にとっては有利だった。剣を構えてどんな風に謝罪させようかなと考えていると、梢子が再び魔術を展開した。コンクリートが形を変えて累の体を固定するように絡みついてくる。


「時間稼ぎも飽きました。もう終わりにしましょう」


「あァ……そうだな。こっちもようやく終わったトコだよ!」


 梢子が無数の防御魔術を展開した。ありったけの魔力を使い果たしたのかぺたんと尻もちをついて座り込んだ。訝し気に思ったのは一瞬。この女の目はまだ諦めていない、と魔剣を振って拘束を全て吹き飛ばす。


「累ちゃん──っ! 上っ!」


 懐かしい声が聞こえ反射的に上空を見上げた。いつの間にか遥か遠くに巨大な魔術印が展開している。己と戦いながらあんな遠くに巨大な魔術印を展開できる魔術師なんか見た事がなかった累は、動揺を隠せない。


「何を──」


「アタシの今撃てる最強の魔術だ。──宙を落とす魔術(死んだらごめんな)


 梢子が笑うと同時、魔術が発動した。

 血継魔術科の研究室には古の魔術を記した古文書が数多く存在している。その中の一つ、よくわからない言語で書いてあったが何となく魔術印の構成だけは理解できてしまったその魔術は魔術最盛時代の遺物だった。宇宙と地球の間に魔術の道を作り、宇宙空間に漂う小さな石を流星のように落とすだけの魔術だ。しかし、それを暴発魔術という血継魔術師が使ってしまった場合、その魔術は変質する。


「嘘でしょ!?」


 ──宙を落とす魔術改め、天体衝突を起こす魔術。

 魔術印から現れたのは巨大な十メートル程の大きさの岩だ。速度こそ本物の隕石には及ばないものの早い。空気摩擦で熱を伴い落下してくる岩に、梢子も驚きを隠せなかった。


「やっべ……」


「貴女何考えてるんですか!? あんなの落ちてきたらこの辺り一帯吹き飛びますよ!?」


「てへっ」


 魔力も何もかも使い果たした梢子に出来る唯一の事はかわい子ぶる事だけだったようだ。

 潔いのかそれともイカれているのか累には判断がつかない。鎧の魔剣の唯一の弱点として、火力が伊庭の魔剣の中では低いというものがある。破壊する事は不可能。あの質量が直撃されては流石に鎧の魔剣でも防ぎきれない。累の頭が真っ白になったと同じく、観客たちもパニックを起こし蜂の巣をつついたような大騒ぎだった。

 

「うぅぅ……。嫌だよぉ。こんなバカなおばさんと死ぬのなんか嫌ぁ!」


 疲労。困惑。恐怖。三つの感情が一気に瓦解し累は声を上げて泣き叫んだ。ふてぶてしい態度で煙草に火をつけ始めたヤンキー女とは違い、血継魔術師であってもまだ高校生なのだ。


「累ちゃああああん!」


 先程聞こえた声がまた聞こえた。──今度は累にも声の主がわかった。懐かしい兄の声だ。

 

「八代くんっ!」


 絶望の中に見えた希望の光。累が喜びの声を上げて声のした方を向き、絶句した。

 車椅子に乗った包帯でぐるぐる巻きになった男が累目掛けて吹っ飛んできたのだ。


「へ、変態!?」


 包帯男が指を噛み血継魔術を発動させた。禍々しい黒の魔剣。累も見るのは数年ぶりになる。魔剣使いなら誰もが畏怖する八代の魔剣だった。黒いオーラが周囲に迸り、遠くからもう一本魔剣が飛んでくる。

 

「魔剣最大解ッ放!」


 飛んできたのは虹の魔剣。右手に支配の魔剣。左手に虹の魔剣を構えた八代は両魔剣に魔術印と魔力を送り込む。同時、支配の魔剣の形が変化し虹の魔剣と全く同じ形に変わった。虹の魔剣に送り込まれた七つの魔術は全て破砕。計十四もの魔力の光が周囲へと迸り、過剰出力状態まで陥った両魔剣は八代の全身に巻かれた包帯を消滅させていく。


「いくぜっ!」


 足元に魔術印が展開し八代は上空へと向かって高く跳躍。

 そして、梢子の落とした隕石目掛けて両魔剣を振った。魔剣により増幅された破壊のエネルギーが隕石をあっという間に蹂躙し粒子となって大気に消えていく。恐ろしいまでの威力だった。人間がくらってはひとたまりもない威力。防御魔術で防げるのかどうかも怪しい。支配している魔剣一本が強いだけでこれだけの火力が出てしまうのだ。その場に居た誰もが改めて支配の魔剣の恐ろしさを知った。


「累ちゃん。久しぶりだね。大丈夫だった?」


 破壊した後、地面に着地した八代は背後で座り込んでいる妹を気遣い振り向いた。



 ──ぶらん。



 振り向いた反動で八代の股間が揺れる。

 包帯は魔剣の威力で全て吹き飛んでしまったので今の八代は全裸の状態だった。座りこんでいた累は間近でそれを見てしまった。初めて見る異性の股間。八代の白い肌に唯一存在する黒くふにゃっとした物体。

 

「いやあああああああああああああああああっ!」


 あまりにショッキングでグロテスクな"それ"を間近で目にした累は悲鳴を上げ、限界を迎えたストレスが累の意識を断ち切った。



 

 

面白かったら評価ブクマ等よろしくお願いします。


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― 新着の感想 ―
[良い点] わあ八代くんかっこいい〜(棒読み)
[一言] 面白いのになんか心が辛いよ(笑)
[一言] 懐かしい兄が服()が消し飛ぶ程の余波を放って隕石止めるの、絵面はカッコイイはずなのにやってるのが八代な上に包帯の下なにも着てなかったから全裸になってモロ出しになるの酷すぎて笑う
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