前科36:女子の些細な一言は思春期男子に常軌を逸した行動をとらせてしまう。
「八代様、素敵です。やれば出来るじゃないですか」
「包帯でぐるぐる巻きにされて車椅子に乗ってるけど、僕って素敵なんだ。世の中不思議だね」
「八代様、普段から露出が激しいですからね。少しぐらい抑えた方がミステリアスで素敵ですよ」
「……いや嘘でしょ絶対! 僕だってそれぐらいはわかるんだからな!?」
「おや八代様。少し頭が良くなりましたね。女子からの言葉を全て真に受けていた高校の頃から成長したようで嬉しいです」
「やめて! 高校の頃の事は思い出したくないの!」
「男の濡れた髪カッコいいよねって吉野さん達が仰ってるの聞いたんでしたっけ? 休み時間の度に水道で頭洗ってましたよね」
「だからやめてよぉ! 伊庭君ちってお風呂無いの?って聞かれたの未だにトラウマなんだから!」
「女子の間で八代様のあだ名が【河童】になってたのも懐かしいですね……」
弁慶によって車椅子に座らされ包帯だらけの八代が悲鳴を上げた。
清麻呂との戦闘は引き分けに終わった。あちらも負傷、こちらも負傷という事で医療魔術科のお世話になった帰りである。八代は全裸だったので見るに堪えなかった弁慶が、医療魔術科の生徒にお願いして全身に包帯を巻いてもらったのだった。真央とは騒ぎの中ではぐれてしまった。これ幸いにと弁慶は話しを進めていく。
「さて、これで累様を探しに行けます。累様だって、八代様の今の恰好を見れば金髪全裸の変態だとは思わないでしょう」
「包帯ぐるぐる巻きで車椅子に乗った兄の姿の方がキツくない?」
「普段が酷すぎる事をいい加減自覚してください。いいですか八代様。地球上で貴方に唯一好意的に接してくれる異性は、累様だけなのですよ? 嫌われてゼロになったら終わりなのですよ」
「そこまで言う!? ……ち、千ヶ崎ママとか僕にも優しいもん! よくご飯くれるし!」
「自分に好意的な異性の例が同級生の母親って、どんな人生歩んだらそうなるんですか……」
二人して言い合いを続けながら大学内を移動していく。
幸いな事にコスプレをしている人間や奇人変人も多い東魔大なので、スーツ姿の女が車椅子にミイラ男を乗せていても違和感がない。すると、八代がブルブルで震え始めた。尻辺りをもぞもと探り包帯の隙間から携帯電話を取り出す。どうやら着信が来たようだった。
「はろー。貴方の伊庭八代君です。──ああ、ごめんごめん。今会場向かってるからさ。ちっと待っててよ。え? 姫先輩がヤバい? ああ、はいはい。すぐ向かうね」
「とりあえず八代様が運営委員の大会に顔を出すんでしたっけ?」
「うん。──何かいやーな予感がする。姫先輩が何かしでかしそう。早く来てくれってさ」
「仕方ないですね。まぁ、累様がご覧になってる可能性もありますのでね。とりあえずは向かいましょうか」
●
一方その頃、天下一魔道会会場ではリングの中央で菊姫梢子とルイが睨み合っていた。
どちらもヤンキー漫画のように怖い顔で睨み合っている。ヤンキー女対優等生といった二人の在り様に、会場内は異様な雰囲気に包まれていた。菊姫梢子の凶暴さは東魔大の生徒なら誰でも知っている。そんな女に毅然と立ち向かう優等生風の少女。殺戮ショーかまたは番狂わせか。
「それでは本戦二回戦目、試合開始!」
場内にアナウンスが響き渡る。会場の上の方から二人とも行ってしまったので一人で美鈴は戦いを眺めていた。梢子の強さは知っている。気になるのはルイの方だった。普通の女の子なら、梢子と正面切って戦うような愚行はしない。美鈴だって正面から戦う気は起きないのだ。さて、開始どちらが先制をするのかどうかと眺めていると──梢子が口から液体を吐き出しルイの顔目掛けてぶっかけた。
「──っ!?」
咄嗟にルイが顔をかばったが目に入ったのか顔に手でガードを固めて後ろに下がった。
梢子が口からアルコール度数の高い酒を吹きつけたのだ。その度数は96程。まともにくらったらひとたまりもない。
「ナメやがってクソガキがああああああああああ!!!!!」
梢子の拳がルイの腹に突き刺さる。1発。2発とルイの体が軽く浮く程の威力だった。
たまらず身体強化魔術を展開し、大きく後ろへ跳ぶルイだが梢子はそれすらも読んでいた。同じタイミングで大地を大きく蹴り、ルイに距離をとらせない。このままボコボコにして場外に叩き出してやろう、みたいに嗜虐的な笑みを浮かべた梢子が魔術印を拳に展開し思い切りぶん殴ろうとすると、
「マジか!」
ルイのガードを固めていた手と顔の隙間に魔術印が見えた。
刹那、ルイが魔術印に手を突っ込みそのまま印から抜いた魔剣を梢子目掛けて叩きつけた。紙一重のとこで体を逸らしかわす梢子。あのまま突っ込んでいたら顔面陥没骨折コースだったろう。梢子の顔が引きつったのがわかる。
「まるで獣ですね。戦い方が野蛮で下品」
「喧嘩なんて勝ちゃァいいんだよ。ムカつく野郎には猶更な」
「その程度で私に勝てると思ってるとは、相当おめでたいですね」
フンと鼻を鳴らすルイに毒霧攻撃は通じていなかった。全ては梢子を一撃で戦闘不能に陥れる為の布石。非常に強かな戦い方だった。ルイは軽くステップしながら攻撃のタイミングを伺っている。ダメージがあるようには見えない。逆に梢子は焦っているようにも見えた。毒霧も魔術攻撃も上手くかわされたので、血継魔術を使えない本大会のルールでは梢子が不利に見えてくる。
「氷塊を放つ魔術」「爆発を起こす魔術」「稲妻を放つ魔術」
魔術印の大量展開に加え、同時に三種類の魔術印を梢子は展開した。
見学している東魔大の生徒や美鈴も息を呑むほどの所業だ。これがどれ程困難な事か、その場に居る誰もがわかっている。一握りの天才にしか扱えない暴力の嵐のような魔術群だ。慌てて審判が止めに入ろうとするが、ルイは動じない。もう一本魔術印から魔剣を抜いて両手で構える。
「素晴らしい」
魔剣は古来より魔術師を殺す為に作られた魔術だ。
剣として物質を斬るだけでなく、魔術で作られたモノや事象を斬り裂く事が出来る。梢子程の威力ともなると並大抵の魔術師の魔剣では威力負けしてしまうが、ルイの魔剣もまた上級魔剣を作り出している。身体強化魔術を纏い、前面に防御魔術を展開。後は、前進するだけ。
「でも、勝つのは私!」
大地を蹴って移動し魔術群の間を駆け抜けていく。ある魔術は斬り裂き、防御魔術で受け止め、移動をして回避する。明らかに魔術師との対戦慣れしているルイの動きは滑らかだ。あっという間に魔術の嵐を潜り抜けて梢子を魔剣の攻撃の射程内に入れた。魔剣を振って梢子を狙うが強固な防御魔術に阻まれ、一度大きく後ろに跳んで距離をとった。
「硬っ!」
「アタシらレベルだとこれぐらいにしとかねェとなァ!」
梢子とルイは興奮しているのか嗜虐的な笑みを崩さない。
審判が先程の魔術は規定違反なので止めに入ろうとしたが、二人に思い切り睨まれてすごすごと退場していった。それとは裏腹に会場は大盛り上がりだった。菊姫梢子の本気の戦いに加え、大番狂わせを狙えそうな少女まで出場しているのだ。
「おー。盛り上がってんな!」
美鈴もルイがここまでやるとは思っていなかったので興奮気味だったが、後ろから聞こえた声で一気に冷めた。振り返ると包帯ぐるぐる巻きの男が、スーツ姿の女性が引く車椅子に乗っけられて元気にはしゃいでいる。この声に加え、常軌を逸した格好。思い当たる節が一人しかいなかった。
「何しに来たんですか? 伊庭先輩」
「僕ここの運営スタッフなんだ。つーか、姫先輩めっちゃ熱くなってんじゃん。あの子誰?」
八代の疑問に美鈴が答えようとするとスーツ姿の女──弁慶が驚きに目を見開いてリングを指さした。
「八代様! 今、戦っていらっしゃるの累様ですよ!?」
「ええええええええええええ!? マジで!? あの子何してんの?」
「お二人とも、彼女とお知り合い何ですか? 家出して兄を頼って来たと仰ってましたが」
そこまで話して嫌な予感が頭をよぎった。今までの累との会話。兄の存在。八代が知っているという事。彼女があまりにも兄の事を尊敬しているような態度をとっていたので最悪のシナリオを理解したくない。脳が拒否している。
「あれ、僕の妹なんだ」
妹──きょうだいのうちの年下の女性を指す言葉。ルイと八代が兄妹。あまりにもしっくり来なくて放心状態になった。そんな美鈴が現実に帰ってこれたのが、魔術同士のぶつかり合いによる轟音だった。ルイと梢子の放った魔術が拮抗し合い、観客席にまで影響を及ぼし始めたのだ。八代達と並んで再び戦況を見ると、二人して距離を取り合い魔術を撃ちあっていたようだ。
「やるじゃねェかクソガキ」
「そちらも中々。──でも、そろそろ決着つけましょうか。血継魔術をお使いになっても結構ですよ」
「……その魔力量と自信。テメェも同じか?」
「ええ、私も血継魔術師ですから」
梢子とルイ──伊庭累が獰猛な笑みを浮かべた。梢子は指輪の突起に力を込めて血を流し、累は顕現した魔剣で手の甲を斬った。
「創作魔術:泥洲燐寸」
「血継魔術:鎧の魔剣」
そして、梢子の両手首に魔術によって作られた鎖が顕現すると同時、累の右手には自身の身長よりも大きな巨大な剣が顕現し、最後の決戦が始まった。
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