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国立大学法人東京魔術大学 ─血継魔術科─  作者: おめがじょん


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34/75

前科34:パンダはワシントン条約で取引が禁止されている。






「ハイハーイ梢子チャン。これ、頼まれていたものネ」


 東魔大全体を覆う結界の隅。木に覆われた森の奥にある一角に菊姫梢子とチャイナ服の人間が立っていた。男か女かわからないような中性的な容姿と声。胸も起伏も感じられないがスリットから見える脚は女の梢子から見ても艷かしい。彼もしくは彼女の名前は『リンリン』。道具屋と呼ばれる裏稼業の人間である。


「酒に吸いモンにと、やっぱ大学生はこうじゃなきゃな!」


「そうネ。鈴々飯店特製だから"ブっ飛ぶ"の確実ヨ! 男とハメハメするならそっちのもあるけど欲しイ?」


「いらねーよ。こっちは金返すのに必死で遊ぶ暇もねーっての」


「ザンネーン! ウチのお店、今月からクサもタマも扱い始めたから辛い事あったら何時でも言ってネ」


「そっちはいいや。アタシ興味ねーし。やべぇもん学内に持ち込むなよ? マロ先輩達に殺されっから」


「吸いモンも大概だと思うけどネ」


「法律に違反してないのでセーフだ。そっちは随分景気良さそうだな」


 ちらりとリンリンが乗って来た軽バンのバックドア視線をやる。どこかで見た事のある栽培したらお縄にかかりそうな花や大量の錠剤が溢れかえっている。すると、小さく鳴き声が聞こえて後部座席の隙間から白と黒の条約で禁止されていそうな生き物の顔が見えた。


「アチャー。麻酔足りなかったカ」


「アタシは知らねぇからな!? 絶対捕まってもアタシの事ゲロんじゃねぇぞ!」


「何を焦ってるカ? あれロボットネ。パンダがこんなとこに居るわけないでショ」


「10秒前に麻酔とか言ってた奴どこのどいつだよ!」


「ワタシ言ったの"松井"ヨ。あのロボット作った科学者の名前ネ」


 しゃあしゃあと笑顔を崩さず言いのけるリンリンに流石の梢子も言葉に詰まってしまった。取引を終えてお互い目だし帽を被る。こんな裏取引がバレたら血継魔術科と言えど退学は必至である。梢子はリュックを背負い、リンリンは軽バンへと乗り込んだ。


「囲まれてるヨ!」


 ぶわっとリンリンの車から煙が飛び出た。梢子もすぐさま探知魔術を展開。──知覚できたのは五人程。

 

「アバヨ! 愚蠢野郎共!」


 リンリンが軽バンを猛烈な勢いで飛ばし走り去っていく。

 どちらが捕まってもアウトなのだ。裏稼業の人間だけあってリンリンもモグリの優秀な魔術師である。梢子もその実力は疑っていないので自身が逃げ切る事を優先し走る。足に強化魔術を展開、高く跳ぶのではなく高速で走る。


「こりゃあ不味いな。風紀委員か」


 追って来たのは二名。血継魔術は切り札だ。この時点で使うにはまだ早い。そう判断した梢子は追手を撃墜すると決めた。振り向きざまに衝撃波を放つ魔術を展開。──相手の姿が見えた。


「げぇっ!?」


 思わず悲鳴を上げてしまう。


(桜子と颯太じゃねぇかよっ!?)


 梢子と同じ三年生だ。桜子とは高校時代からの付き合いがあった。この二人の相手はうんざりする程やってきたのもありその強さを知っているのだ。桜子は高校時代から突っかかって来たし、大学に入ってようやく大人しくなると思えば颯太という仲間を連れて毎年挑んできたのだ。勝敗は一年次、ちょい苦戦。二年次、圧勝と来ているが八代と真央と清春が入学したというのがとても大きいだけだ。現に、梢子が放った魔術は普通の生徒なら防御魔術と共に吹き飛ばせるが、颯太の防御魔術によって簡単に防がれた。


「強いわね……。お陰で大体の正体がわかったわ」


「お前菊姫だろ!?」


 まさかの一発でバレてしまった。手加減したのに何で!?と頭の中で自問自答する。それ程までに梢子と選ばれし東京魔術大学の一般生徒の間には魔術の威力差があった。火力だけなら血継魔術科でもトップクラスなのだ。

 

大嵐を起こす魔術(うるせぇェんだよ!)


 こいつらなら手加減する必要はない。そう判断した梢子が再び魔術印を展開。真央の血継魔術に匹敵するような大嵐が舞い起こり三人の体や木々達が大きく中へと飛んだ。梢子は慣れっこだが、空中で態勢を立て直すのは難しい。並みの魔術師では動揺して魔術印すら組めない事が多い。だが──


「やっぱこの程度じゃダメかっ!」


 吹き飛んだ木々を足場として桜子と颯太が迫っていた。再び魔術印を展開しもう一度嵐を起こすと更に梢子は上空へと舞い上がった。魔術科のトップ層に属する二人でも発動できない魔術だ。上空で更に優位をとった梢子は攻撃の手を止め、携帯電話をポケットから取り出した。

 

「リンリンからか」


 絵文字の符号で逃亡成功したというのがわかった。電話をかけて一方的に用件だけ告げる。


「回収はアンタで。今からぶん投げるからよろしく!」


 梢子はリュックを更に空高くぶん投げると意識を集中して足元に魔術印を展開。地面から大きく風が吹いて落下の勢いが削られていく。桜子達も似たような方法で着地したようだった。


「梢子さん。投降しなさいな。颯太にこの距離まで接近された時点で貴女の負けよ」


 距離は10メートル程。颯太の近接戦での強さを知っている梢子も分が悪い事はわかっていた。血継魔術を使えば勝敗はわからないが、目的は達したので指示通り両手を上げる動作をすると目だし帽をとって頭を振る。

 

「怪しい取引をしてるってタレコミがあったのよ。申し訳ないけど、リュックの中身をチェックさせて下さいな」


「アタシも協力したいんだけどなぁ。リュックがどっか行っちまってなぁ」


「そんなわけ──」


 桜子が空を見上げると空が大荒れしていた。人の常識を超えた天候だ。普通は落ちてくる筈のリュックは今も空を漂っている。


「天候魔術か……! ほんとにもう、血継魔術師はこれだから!」


 梢子が先程電話した相手は真央だ。電話の後すぐに東魔大の空を掌握した真央の意のままにリュックは風に飛ばされ続けるだろう。桜子は頭を抱えこの件は不問とするしかないと判断した。取引相手も取り逃がしたと連絡が来ている。このまま梢子がシラを切り続ければ裏取引を証明するのはとても難しいのだ。


「まーまー。もうしねぇから勘弁してくれって。ウチの店に呑み来てくれたら一杯奢るからさ」


「結構よ。私、他にやる事あるもの。学科決戦の準備とかね」


「桜子は変わらねぇなぁ。アンタ、そんな奴だったっけ? 去年八代達にボッコボコにされたの忘れたの?」


 梢子の言っている事は事実だった。桜子達が一年生だった頃は血継魔術科が四人しかいなかったのだ。それでも清麻呂というバケモノが居た所為で勝つ事はなかったが追いつめはした。だが、八代達が入学した去年。桜子達は近づく事すら出来ずに敗北したのを覚えている。魔剣で対抗しようにも支配の魔剣の前には成す術すらなかったのを鮮明に覚えていた。


「西園寺さん。とても素晴らしい子ね。ウチのゼミに見学に来たのだけれど、彼女は磨けば光る原石のような子だったわね」


「美鈴誑かしたのお前らだな!? お前らの所為で嘉納センセーに朝から説教くらうハメに……!」


「菊姫先輩酒臭くて偶に嫌になるって言ってたわよ。伊庭君とどっちが嫌って聞いたら、15分ぐらい真面目に考えてて可哀想になってきたわ」


「お前それは言っちゃいけねぇ質問だろおおおおお!」


「あの何時も全裸の子と同格になった自分をまずは省みなさいよ!」


 梢子と桜子がぎゃあぎゃあ騒ぎながらつかみ合いの喧嘩を始めた。珍しい光景だと颯太はそれを笑いながら眺める。常にクールな桜子。東魔大の悪魔と恐れられる梢子。こんな風に感情をむき出しにして2人で騒ぐ姿は滅多に見れない。梢子は血継魔術科以外とはあまりつるむ事もないので、桜子は非常に珍しい存在だった。

 

「はいはい。そこまでにしとけー。俺、そろそろ天下一魔道会出なきゃならんから行くぞ?」


「おっ。颯太アレ出るの? アタシも店は真央と清春に任せてるし出ようかなー。賞金悪くないし」


「もう勝手にしなさい。颯太。私は本部に戻るわ」


「おっ。桜子出ないのかよ。付き合いわりーな。とりあえず、後で一杯ぐらいは付き合えよ。待ってるからさ」


「気が向いたら行くわ」


 そう吐き捨てるように言うと桜子は踵を返して歩いて行った。それを見送った後、颯太は梢子と共に天下一魔道会の会場の方へと足を向けた。











 








 梢子と颯太と別れた後、桜子は空を見上げとぼとぼと校舎の方へと向かって歩いていた。久しぶりに梢子と戦ったが、また強くなっていたと身震いする。千ヶ崎真央級の魔術を出してくるとは思わなかった。梢子の魔力量は凄まじい。あんなもの連発されたらかなり厳しい戦いとなる。


「高校時代から比べると随分とお互い成長したものね……」


 菊姫梢子と初めて出会った時の事を思い出す。

 当時名門魔術学校に入学し、東日本魔術協会主催の魔術大会で桜子は中学生当時より世代別の大会を総なめしていた為毎日が退屈だった。西には何人か血継魔術師が存在していたらしいが、東日本には目立つような表に出てくる血継魔術師は当時居なかったのだ。そして、毎期大会で優勝を飾っていた桜子は、ある日予選で一人のヤンキーと出会った。


「何目ェつけてんだコラ」


 都内最低偏差値の高校の制服。背中には昇り龍の刺繍。そして金髪。魔術師に全く見えなかったし、チンピラがイキって魔術大会に出てくる事も少なくなかったのでその手の存在かとため息をついた程だ。

 

「貴女。下品よ」


「うるせぇ。ぶっ殺す」


「やってみなさい」


 桜子は大会規定ギリギリの高威力の魔術をお見舞いしてやろうと魔術印を練り始めた。相手の魔術印をちらりと見ると初歩的な魔術印を展開しようとしている所だった。手数で勝負するつもりか、と嗜虐的な笑みを浮かべ魔術ごと全部吹き飛ばしてやろうとすると──


「んな!?」


 超高威力に強化された基礎衝撃魔術が桜子に炸裂した。これが菊姫梢子の栄えあるデビュー戦だった。新聞に新たな血継魔術師現ると見出しが出ただけでなく、気絶している自分の姿が写真の隅に映っておりこれ以上ない恥辱を桜子は味わった。油断していただけと再戦したが、敗北。悔しくて学校に乗り込んだが敗北。休みの日まで梢子の実家に押しかけてまた敗北を重ねる日々。

 



 ──そんな時、実家が落ちぶれ始めた。



 

 日々喧嘩する両親。離れて行く仲間や親戚達。

 何かもう桜子も真面目に生きるのが馬鹿らしくなって来た時だった。南麻布の住宅街に下品な野太い音が響き渡った。暴走族でも来たのか、と家の外に出てみると本当に暴走族が居た。走るのに意味があるのかと思うような外装。無駄に金色。無駄に光っている。そんなバイクに梢子が跨っていたのだ。


「……お金ならないわよ」


「ちげぇよ! 嘉納センセーがお前んちが大変そうだって言うから様子見に来てやったんだよ」


「その……バイク?で」


「かっけぇだろ。バイト代注ぎ込んでやっと完成したんだ。ちょっと流すから付き合えよ」


 このバイク?に乗るのか。南麻布の高級住宅街で。

 何時もの桜子なら断っただろう。だが、もう人生どうでもよくなっていた桜子は金色の絶妙にダサいヘルメットを嫌々被って後ろに乗った。意外な事に後ろについた三段シートのお陰か快適に座る事が出来た。爆音と共に梢子が蛇行運転しながら道路を我が物顔で駆け抜けていく。


「思いのほか、気持ちいいのね!」


「そーだろ!? アタシも嫌な事ある時はこうやって流すんだ!」


「貴女にもストレス溜まる事ってあるのね! 人類の七不思議だわ!」


「ふり落とすぞコラぁ!」


 何時の間にか桜子は笑っていた。笑うしかない。こんなセンスの悪いバイク乗ってるだなんて想像できなかった。梢子もノリノリで歌を歌いながら運転している。だが、それも長くは続かなかった。パトカーのサイレンが響き渡り、拡声器から停止の声が聞こえる。──桜子は背筋がぞっとした。このダサいバイクで捕まる。それだけは嫌だった。


「梢子さん。逃げましょう。捕まるなんて、絶対に嫌!」


「おっ。わかってんじゃん桜子。アタシ達は止まらねぇ!」


 絶妙に会話が噛み合っていない二人。それでも捕まりたくないという気持ちだけは一緒だった。そして、無謀な逃亡を続け最悪な事に結果、崩壊した旧首都高に乗り込み千葉県まで逃げるハメになった。落ち着いた時には既に時刻は夜を回っている。休憩で寄ったコンビニの駐車場で桜子が項垂れていると、梢子が店の中からカップ麺を二つ持って出てきた。


「ほい。お前の分」


「……これ、ラーメン?」


「これだからお嬢様はよぉ。カップ麺食った事もねぇのかよ」


「給食でラーメンは食べたわ。──あら、意外と美味しい」


「ウチの晩飯なんて、母ちゃんがキレた日は何時もこれだよ」


 波の音が優しく二人を包む。育った環境が全く違う二人が並んで海辺のコンビニでカップ麺を啜っている。そんな事を想像したらまたも桜子は笑いが込み上げてきた。


「……まぁ、元気になったみたいで良かったよ。千葉まで来た甲斐があるってもんだ」


「そうね……。ふふっ。本当にバカね。何で千葉に居るのかしら。──でも、スッキリした。梢子さんって意外と優しいのね」


「お前ぐらいだからな。アタシにまともに突っかかってくる奴」


 何処か寂しそうな目で梢子は呟くとバツが悪そうにカップ麺の汁を一気飲みした。

 

「血継魔術師だなんて箔が付いたらよ。皆気持ち悪い奴になっちまった。昔からのダチなんてもうアンタぐらいだよ」


 血継魔術師認定されると文字通り世界が変わる。周りが梢子を見る目も何もかも。梢子にも数多く辛い事があったのだろう。何となく今の会話でそれが桜子にも伝わって来た。


「貴女、血継魔術師様ってガラじゃないものね」


「そうそう。ただの酒造の娘ぐらいで丁度いいんだよ」


「──なら、私が貴女を何時かブッ倒してやるわ。皆の前でね。貴女が私にやったように。そうすれば、昔みたいに戻れるかもね」


「はっ。全戦全敗が良く言うじゃん。──まぁ、期待せずに待ってるよ」


 これは桜子が何時か絶対に勝つと決めた時の記憶。そして、梢子が既に忘れてしまった記憶だ。懐かしい事を思い出してしまったと、少し恥ずかし気に一人笑う。思い出しながら歩いていたら風紀委員の本部の前まで来ていた。ドアを開けると後輩が疲れたような顔で出迎えてくれた。


「お疲れ様です。桜子先輩。織田先輩もケガしちゃうし、こっちは大変ですよぉ」


「あら。流石は流星寮といった所かしらね」


「感心してる場合じゃないですよ! これからもっと騒ぎ起きそうだから何か美味いもんでも食って体力つけときましょ」


「そうねぇ……。じゃあ、カップ麺頂けるかしら?」


「うぉ。超意外。桜子先輩みたいな人でもカップ麺食べるんですね!」


 後輩の言葉に桜子は薄く笑うと言った。


「昔ね。これは美味しいものだって教えてくれた人が居たのよ」


 





お久しぶりです。

東魔大。再スタートします。

まずは投稿間隔を元に戻していきたいと思います。


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― 新着の感想 ―
[一言] 約束通り見にきました
[一言] 白黒の熊は密輸しても餌とかどうするんだろうなぁー そういえば最近、野菜のパンダと事故しそうになったってあったなぁー
[良い点] サブタイトルと梢子のルビの振り方のセンスが好き [一言] 面白いです。体に気をつけてこれからも頑張ってください!
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