前科31:男の心を一つにするモノーー其の名は「おっぱい」
嘉納の説教が終わると血継魔術科の面々は研究室から解放された。さて、これからどうするかなと真央が悩んでいると、血継魔術科の他の同級生やら先輩はすたすたと忙しそうに歩いて行く。
「ねぇねぇ。皆はこれからどうするの?」
真央の問いに眠そうな顔で最初に答えたのは梢子だった。
「アタシ、女子寮で昼まで酒抜きながら寝るわ。起きたら裏五月祭の準備する感じかなー。真央も夜があるんだからハメ外し過ぎないようにね」
梢子は五月祭にさしたる興味がない。
裏五月祭でどれ程金を稼ぐかに全神経を注いでいた。昨年は昼夜逆転生活となっており、昼の五月祭はずっと寝ていたような記憶が真央にはある。意外とこういうとこドライなんだよなーと、少し不満げに真央は頷いた。
「俺は五月祭の風紀委員の打ち合わせとパトロールだ」
清麻呂は去年と同じく風紀委員として活動をするらしかった。学生主体のイベントなので当然揉め事も多い。ましてや魔術師なら猶更酷いものだった。そんな中、学長から抑止力としての承認を受けているのが風紀委員だ。東魔大最強の魔術師が抑止力として立ち塞がるので近年五月祭で警察沙汰になるような問題は起きていない。また、賄賂やハニトラが全く通用しないという点もまたその抑止力としての効果が強い理由でもある。
「マロ先輩。今年もお疲れ様っす。来年から誰がマロ先輩みたいな役割をやるんだろうねぇ」
「統志郎がもう少し大学に興味を持ってくれたらなぁ。あいつに匹敵する魔術師なんか菊姫ぐらいのものだし」
「留年したら笑ってやろ」
「奴は頭が良いし一、二年次は真面目に単位をとっていたのを忘れたか。どちらかというと必修を落としてるお前の方が危ういんだからな」
清麻呂が横目で睨みながら言うと梢子の顔が引きつった。
「来年から姫先輩が同級生って事!? 何それすげぇじゃん。梢子ちゃんって呼ぼうぜ! パン買って来いよ!」
怒りのままに放った梢子の蹴りをひらひらとかわしながら八代はおどけて遊ぶ。まだ怒りの収まらない梢子が魔術を放ちそうになったので清麻呂が二人の頭に拳骨を落とすとようやく静かになった。
「清春は彼女達と回るだろうし、じゃあ八代と二人か。今年はどこ回る?」
真央は友達も多かったが、先日の家の事件以降話しかけてくる人間が少なくなった。
道明寺家の繋がりで仲良くしてくれる人間が多かったのだろうと薄々は気づいていたがそれでも少しだけショックだった。何だかんだ気を許して一緒に飲んだり騒いだりできるのが血継魔術科の面々や流星寮の面々だと自分の人間関係が少し寂しくなる。去年は八代と清春と一緒に一年生だった事もあり出店を出していたので今年はゆっくりと学校内を見て回りたい真央であった。
「ん? 僕は今日忙しいぞ。この後美鈴のとこ顔出して五月祭運営委員の仕事やらなきゃいかんし」
「何? 八代ってば、あたしとのデート断るってわけ?」
「僕はお前と愛の無いデートよりも五月祭の運営っていう崇高な使命があるからな。美鈴達の面倒だって見てやらなきゃならないし」
八代の言葉にその場に居た三人は絶句した。あの伊庭八代がまともな事を言っていると驚愕し固まってしまう。
「美鈴ちゃん達の面倒見てあげるんだ……。去年、姫先輩なんかあたしらの出店の裏で酒飲んで寝てるだけだったのに」
「ま、真央!?」
「あの教訓から学んだだけだよ。やっぱり一年生だけじゃ不安もあるだろうしな」
にこやかにそう言うと八代は手を振って走り去った。
カッコいい事を言ってはいたが、八代の頭の中には煩悩しか存在していなかった。皆で五月祭で金を稼ぎ服が透けて見える眼鏡を落札する事。そして、美鈴の友達を沢山作って飲み会に呼ぶ事。服が透ける眼鏡はそこで初めて真価を発揮するのだ。走りながらもスマホの操作には余念がない。まずは、情報戦で勝利するのだと、この日の為に作った複数のアカウントと、五月祭の公式アカウントを眺めながらニヤリと笑った。
●
「──それで、私達の所に来てクダ巻いてるってわけですか」
美鈴の凍てつくような一言に真央はひぃんという鳴き声を上げウイスキー瓶を咥えて液体を流し込む。一人ぼっちになった真央は適当にブラブラと五月祭を回ってはナンパされ、ぶちのめしてはまたナンパされを繰り返した挙句、美鈴達の下に身を寄せていた。後数個で完売だったらしく、全てのじゃがバターを一括購入すると屋台の後ろに座って出店で買った酒をすするしかなかった。やっている事が完全に去年の菊姫梢子と一緒だという事に気づかず、美晴とノエルをちらりと眺めた。
「美鈴ちゃんのお友達?」
「魔導力科の辻本美晴さんと魔術科の如月ノエルさんです。今回の件で一緒になりました」
「ああ、そうなんだね。あたしは血継魔術科の千ヶ崎真央。よろしくねー!」
美晴はおどおどしながら。ノエルは暫く考え込んでいたが、やがて合点がいったとばかりに頷くと文字を宙に描いた。
『お天気お姉さんだ!』
ノエルの疑問に美鈴と美晴も頭に?マークを作ったが真央は少しだけ照れくさそうに頭をかいた。
「ああ、見てくれてるんだ。ありがとねー。美鈴ちゃん達には言ってなかったけど、最近テレビ局でお天気キャスターのバイト始めたんだ」
「千ヶ崎先輩が? まぁ……適任だとは思いますが」
「平日は四時起きだからちょっと辛いけど時給が良くてねー。朝番組だけなんだけどギリ大学に間に合うし」
見た目もよく天候を操る事の出来る真央にぴったりのバイトだと感心した。
美晴は女子アナとか陽キャ過ぎると再び慄いており、ノエルは真央にサインをねだっている。今度美鈴も早起きしてみてみようと思った。和やかに女子同士の会話に花を咲かせているとセットアップのジャケットスタイルに耳にインカムをつけた八代がふらりと現れた。本人が金髪という事もあり、とても胡散臭く詐欺師のようだった。
「よぉ、どうだった? 上手い事完売したみたいだな」
「ええ。お陰様で評判も上々で完売しました」
「うちの寮の連中も悔しがってたぞ。経費抜いた分の売り上げはきちんと三等分な! あぶく銭は五月祭の最中に全部使う事をおススメするぞ!」
てきぱきと指示を下し忙しそうに八代はスマホの操作をしたりなんだりしている。
普段大学でダラダラ生きている人間と同じなのかと疑問が湧くほどの変貌ぶりだ。その姿をぶすーっとした顔で見ている真央を見て美鈴はため息をつく。
「とりあえず私達は片付けがあるので。千ヶ崎先輩引き取って貰えません?」
「美鈴ちゃん酷くない!? 何かあたしへの対応が姫先輩に近くなってるように感じる!」
「酔っぱらいに対する正当な処置です」
「何だよ千ヶ崎。こんなとこで飲んでたのか。暇な奴が羨ましいぜ」
「だって、皆遊んでくれないんだもん」
「仕方ねぇなぁ。じゃあカレーでも食いに行く? 流星寮カレーも出店してるんだよ。奢ってやるからインスタで宣伝してくれ!」
「そんな誘い方じゃやだ」
超めんどくせぇという顔が八代に浮かんだ。美鈴が睨んでこのまま引き取れという顔をする。酔っているので普段の五倍ぐらい千ヶ崎真央は面倒くさい女になっていた。そして、八代はため息をつくと手を差し出し、
「ほら、行こうぜ」
それをぶすーっとした顔の真央が少しだけ表情を緩めて手を取ろうとすると八代のスマホが鳴った。
耳につけていたインカムで応答すると急に表情が変わった。さっと真央が取ろうとした手を戻すとそのまま両手を合わせ、
「すまん千ヶ崎。急用が入ったので僕は失礼する」
そのままたーっと走り去っていった。色々と察した美鈴は美晴とノエルと一瞬のアイコンタクトで意識合わせをすると片づけを始めた。時間との勝負だと速さを加速させていく。既に周囲の空気にパチパチという音と雷光が迸っていた。視線を向けると、真央の爪が肌に食い込み血が流れている。先程まで晴天だった天気が急に変わっていく。そして、「テメェを絶対にブチ殺す」という意思を体現したかのような黒い雲が東京魔術大学を包み込んだ。
●
「なんだか天気が悪くなってきたな」
己のしでかした事に気が付かないまま八代は流星寮の窓の景色を眺めた。
時刻は十六時近い。五月祭一日目ももうじき終わりだ。田所から召集がかかった為に流星寮の談話室は男達が集まっている。雀卓の上には札束が整頓されて置いてある。会計担当の田所が本日皆で集めた金の勘定を終えた所であった。
「三十四万と八千って所か。オークションまでに五十万は欲しい所だな」
「まぁ予想通りだ。今晩からの裏五月祭で二十万稼げばお釣りがくるな」
「明日の天下一魔道会の賞金が10万だけど……。あれ血継魔術科は不利なんだよね。僕なんか運営側だから出られないし」
「お前の虹の魔剣も副賞なんだっけ?」
「ああ、あれ五月祭の最中だけの貸し出し。それでも、魔導力科と魔術科の研究グループはガチで取りに来ると思うよ」
伊庭の魔剣でも最高傑作の一つ、虹の魔剣を調べられる機会なんか早々は無い。特に魔導力科は魔剣の制作に力を入れているので良きサンプルとなるだろうという事は予想に容易い。八代達は賞金以外眼中にないので最高の魔剣よりも諭吉の方にしか興味を示していない。
「天下一魔道会は寮長でも出しておくか。雑に強いしな」
「変態が強いって何か癪に障るけどな」
「幼女居ると無敵なのマジでふざけてるよな」
四年生で寮長という身の上だが寮生達からの扱いは雑で軽い。
八代が勝手に「エントリーしておく」と告げると議題が進む。裏五月祭は非公式でゲリラ的なイベントが数多く実施される。腕相撲選手権やらイカサマポーカーやらが勢いとノリで開催され、稼げる奴は一年分の学費をここで稼ぐ。
「じゃあ、腕相撲選手権は山崎で決定。ギャンブル関係は田所。裏オークションは斎藤って取り決めだ。童貞三人衆はカレーを引き続き売って下さい」
流星寮の三年生三人組は飲食アルバイトで鍛えた料理の腕が群を抜いている。
魔術師より料理人として大成しそうな勢いである。今も五月祭の一般開放が終わった後の宴会の準備に余念がなかった。出店で出したカレーとベビーカステラの売り上げの凄まじさも彼らの貢献度合いが非常に大きい。
「おう。話も決まったし。一度締めて乾杯するべよ」
寮生達がこくりと頷き冷凍庫からウォッカを取り出してショットグラスに注いで円陣を組んだ。
「それじゃあ、皆お疲れ様な。菊姫梢子の生おっぱいまで後少しだ。──はい、乙杯」
「「「「「乙杯っ!!!」」」」」
下劣な乾杯の挨拶を終えると全員一気に飲み干す。
昼間もそれぞれ飲んでいたというのに誰も彼もが急性アルコール中毒上等であった。イカれ具合が普通の生徒と違う。丁度乾杯と同時に五月祭終了の校内放送が流れた。次いでこれより三十分以内に学校が完全閉鎖になるというアナウンスも流れる。
「作戦の準備はいいな? 美鈴用の紅茶、ノエル用のケーキに美晴用の水羊羹を用意しとけよ」
ショットグラスと酒がさっと片付けられ男達はテーブルを持っていそいそと外まで向かった。毎日のように外で宴会をしているので準備は早い。普段は敷かれていないテーブルクロスまでもが用意され、その上にケーキと羊羹と紅茶が並べられていく。八代のリサーチにより三人の好物を集めたのだ。そうこう準備していると、美鈴達が流星寮に戻って来たようだった。
「すいませーん。お借りしていたものを返しに来ましたー」
「おー! お疲れ様な。片付けなんか僕達がやっておくからちょっと休憩しようや。あれ? 千ヶ崎は一緒じゃねーの?」
「……千ヶ崎先輩は姫先輩に連れられてどっか行っちゃいました」
「あー。多分非合法キャバの着替えだな。まぁ、奴らは放っておいてノエルも美晴も座ってくれや」
わぁと美晴が感嘆の声を上げた。大好きな羊羹が用意されているとは思ってもみなかったらしい。ノエルも満足気に笑いながらケーキの写真を撮り始めた。美鈴だけが神妙な顔をして紅茶の匂いを嗅いでいた。
「……酒ではないようですね」
「流星寮で酒の強要は禁止なんだ。こんなもん、飲みたい奴だけ飲めばいい。僕達は世間の方々に比べて少しだけ水よりアルコールの方が好きなだけだよ」
「良い事言ってる風に見せて、全員が好きで飲んでるっていうのが本当にタチ悪いと思います」
「素直じゃない奴だなぁ」
ニコニコ笑いながら八代も席について羊羹を一つ手に取った。他の寮の面々も近くに椅子を置いては服を着たまま缶チューハイを呑んでいる。実に不気味な光景だと美鈴は思った。何時もだったら、ウォッカやらテキーラをストレートで飲んで半裸で騒ぐ連中が異常なまでに大人しい。何か企んでいるのはわかっているが、飲み物に何かを混ぜられた形跡もない。ここは一旦撤退するべきと判断した。
「美味しかったです。ご馳走様でした。学校が閉まるそうなのでそろそろ失礼しましょうか」
「大丈夫だよ美鈴。心配すんなって。僕は五月祭の実行委員だぞ? 抜け道何かいくらでもある」
「いえ。その肩書も非常に胡散臭いのでこれで失礼します」
「まぁまぁ落ち着けって美鈴。ほら、アップルパイももう少しで焼けるからゆっくりしていけよ」
アップルパイは美鈴の好物だ。後ろ髪を引かれたのは一瞬。好物を用意してくれる甲斐性等この連中にはないと判断した美鈴は立ち上がった。だが、この迷いが仇となった。完全閉鎖時刻を迎え、大学内に鐘の音が鳴り響く。そして──
「結界魔術!?」
空に巨大な魔術印が浮かんだ。広い東京魔術大学をすっぽりと覆ってしまうぐらい巨大なものだ。
そこに大量の魔力が注ぎ込まれ、結界魔術が展開した。光の巨大な壁が大学のキャンパスを全て覆ってしまうのに時間は一分。それが裏五月祭開幕の合図だと知っている流星寮の面々は奇声を上げて服を脱ぎ酒の入った瓶を掲げた。
「よっしゃああああああああああ!!!! 裏五月祭の開幕じゃああああああああ!!!!!」
八代の雄たけびに美晴は半泣き、ノエルはぽかんと口を開け、美鈴はハメられたと悔しそうな表情を作った。
年内連続更新はこれで終了予定です。
仕事暇だったらワンチャンあるかぐらいの感じです。
皆様良いお年を。
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