前科24:現代魔術概論ⅠA
「それでは現代魔術概論ⅠAの講義を始めます。──はい、伊庭君。服を着て布団は畳んで下さい」
東京魔術大学、J棟404室に樋田透子教授のため息交じりの声が響いた。
受講人数は二十名ほど。あまり人気のない講義といえば講義である。現代における魔術の基礎的な内容が中心であり、わざわざ東魔大に入ってまで受講する人間は多くない。一部の変わり者と他の講義のレベルが高く単位を稼ぐために受講する者が大半を占めている。その所為か、部屋の中では内職をしている生徒も多い。それでも良い、と樋田教授は思う。取捨選択は学生達の自由だ。聞こうが聞かれまいが自分は自分の信じた講義をするだけだ、と言い聞かせ話を進めていく。
「では、どなたか一般魔術の定義についてご説明を。──じゃあそこの一番前の方」
「はい。一般魔術とは"魔術印"に自身の魔力を注ぎ込む事によって望んだ事象を引き起こす魔術だと定義されています」
「そうですね。この国の魔術は基本的に魔術印が全て。肉体を強化するも。火を起こすも。風を起こすも全てが魔術印によって展開されます。皆さんも受験の際には多くの魔術印を覚えたと思います。魔術師として大成したいのであれば百以上の魔術印は瞬時に展開できるようにしておきたい所ですね。記憶力と集中力が魔術師には必要な素養です。どんな時でも望む速さで、望む魔術印の展開を。これが魔術師の理想です。では、そこの帽子の子。一般魔術の種類を述べて下さい」
「ええと……。攻撃魔術。防御魔術。医療魔術。強化魔術。生活魔術の五つに主に分類されています」
「正解です。近年、魔導力の普及もあり魔術というものの需要が無くなってきていますが、生活魔術は皆さんには切っても切り離せないものですよね。火を起こしたり、痛みを和らげたり、止血をしたり、簡易的な生活魔術は誰にも使えるので、今後も一定の需要はあるでしょう。防御魔術なんかもそれに当たりますね。ただ、攻撃魔術、強化魔術、医療魔術といった魔力消費の多いものは訓練や素養が必要になってきますので、かなりのものが魔導力へと置き換えられました」
火を起こすぐらいの魔術であれば中学生ぐらいになれば誰にでも扱える。ただ、"火を弾にして飛ばす"までの魔術ともなるとそうはいかない。それなりに複雑な魔術印の展開が必要であるし、魔力消費も多い。この国では義務教育を終えた段階で、大半の人間が魔術師として生きるか一般人として生きるかを選択する。魔術師として生きるのであれば魔術高校へと進学し、またそこでふるいにかけられる。そして、選りすぐりの魔術師だけが東京魔術大学のような魔術専門の大学へと進学するのだ。
「では、少し話を変えて一般魔術以外の魔術はないのでしょうか? はい、では先程から何度も手を上げてくれている方お願いします」
「一般魔術以外であれば、血に魔力を込めた"血継魔術"、歌に魔力を込めた"声楽魔術"、物質に魔力を込めた"変質魔術"がメジャーなものです」
「ありがとうございます。そうですね。大まかに言うとその三つが有名なものですね。ただネックなのが、一部の魔術師にしか扱えないという事ですね。変質魔術は使い手がこの三つの中では一番多いですが、本人が持つ魔力の性質がどの物質に通りやすいかという事に気づけるかどうかという点が難しいのです。金属には通らないけど、石には通るとか。水には通らないけど火には通るとか。本学でも卒業間際に変質魔術の素養が発見された生徒も居ましたね」
そこで一度話を区切ると樋田は前の方から用意していた紙を配った。魔力を通しやすい材質で作られた紙だ。この紙に魔力を通せるかどうかによって自身に変質魔術の適性があるかないかが大まかにわかる。この紙に通らないのであればほぼ全ての物質に魔力が通らない。全体に配り終わったのを確認し、その説明をする。上級生たちはやった事があるのか、あまり興味はなさげだが新入生たちは顔が綻んでいるのがわかる。
「では、魔力を込めて下さい」
その言葉と共に部屋全体に魔力が充満した。樋田も自身の目に魔術印を展開させた。視界に入る魔力を可視化する魔術だ。東京魔術大学に入学できただけあって、どの生徒も常人の何倍もの魔力を持っている。生まれてから何度もふるいにかけられたので当然だ。しかし、その輪の中にあっても異質な人間達が居る。──血継魔術師だ。魔力量の桁が違う。この教室には二人の血継魔術師が居る。一人は教室の最前列。今年度入学した西園寺美鈴。樋田の目から見ても、現時点で自身が数十年鍛え上げた魔力量を凌駕していた。
(魔術師の切望、血継魔術ね……)
地元では神童と呼ばれた樋田もかつて東京魔術大学に在籍していた。血継魔術師には何度打ちのめされたかわからない。努力の限界の先に彼らは存在している。生まれながらの高い魔力量。そして、一般魔術では太刀打ちできない程の威力と展開速度。最強の魔術の名に相応しい。
「うおおおおお! 頼む! 一万円札になってくれえええええええええっ!!!!!!」
その背後。仲間達と共にゲラゲラ笑いながら紙に凄まじい魔力を送り込んでいる者が居た。──伊庭八代。血継魔術科の二年生だ。魔力量からして尋常ではない。美鈴よりも更に多い。樋田でさえあれ程の量を見た事はほぼなかった。ただ、どれ程魔力を送り込んでも紙は紙のままだ。伊庭八代に変質魔術の才能はない事がわかった。学生の中には周りの魔力量を図るべく樋田と同じ魔術を使っていた者もおり、八代の魔力量に愕然としている者も居た。
(血継魔術師と自分を比べてもしょうがないですよ……)
そう言いたい気持ちもあった。かつて樋田も同じ気持ちを抱いたからだ。
だが、口には出さない。その気持ちに気づくまでにかなりの努力を要したが、その日々が無駄ではなかったという確信がある。簡単に答えを出すべきではないのだ。それが樋田の方針だ。そのままゆっくりと、教室を周りながら生徒達の紙の変質を見ていく。
「あら。美しい色になりましたね。後期は変質魔術学の授業をとってみるのもいいかもしれませんよ」
「紙が色と形まで変えるのは初めて見ました。柊木先生に一度ご相談してみては?」
「紙に変化がなくても落ち込む事はありませんよ。他の魔術の素養があるかもしれません」
生徒達に声をかけていると後ろの方が騒がしい事に気づいた。視線を向けると、八代達が雑誌の切り抜きのアイドルを紙に貼って本人を作ろうという実験を始めようとしていたので、そろそろ切り上げ時かと樋田は思った。
「諭吉がダメなら奈々子ちゃんを産むしかねぇ! 田所、お前魔術印組めよ」
「そんな魔術存在しねぇよバカ!」
「そういうのを何とかするのがお前の血継魔術だろうが! 使えねぇな!」
「あー! お前ら僕と美鈴をバカにしたな!? おい、美鈴! 何か言ってやれよ!」
「すいません。どちら様でしょうか? 気安く名前を呼ばないでください」
「──はい。後ろ静かに。紙は回収しますね」
問題児達が騒ぎださない内に紙を回収して一旦場を整える。次の話は、とまで思い出して一度樋田は咳ばらいをした。
「では次。声楽魔術ですね。これは日本ではあまりメジャーな魔術とは言い難いですね。その理由を知ってる方、居ますか?」
「──はい。日本での声楽魔術は効果や威力よりも人を癒すものとしての需要が高く、主に魔術大学よりも音大の方で研究が行われているからです」
「正解です。海外では神へ祈り、願望を叶えるための魔術として古くから声楽魔術は発展してきましたが、日本では違います。この国では、民衆が楽しむために声楽魔術が誕生しました。肉体労働においては皆で歌を歌いながら山を切り開き、温泉では効能を上げるために湯女が声楽魔術を披露したりしていました。日本だと一般魔術に分類するのが正しいかもしれませんが、今回のお話では"海外の声楽魔術"についての説明になりますね。仮に日本のものは音楽魔術と呼ぶようにしましょうか」
「東魔大でも海外の声楽魔術は勉強できるんですか?」
「魔術科の芳野教授がこの国の声楽魔術の権威です。留学制度もありますし、声楽基礎もカリキュラムには組み込まれているので興味のある方は受講してみて下さい。声楽魔術は誰にでも扱えるものではありますが、同じ歌を歌って同じ魔力を出しても威力が全く違うのが声楽魔術の特徴になります。歌詞への思い。理解。そして魔力と声。あらゆる条件が歌に合致した時、真の威力が発揮される点が面白いですね。ハマる人はハマるので海外ではとても人気の魔術になります」
実のところ樋田も声楽魔術はかなり好みだったりしていた。大学を辞めた後、余生は死ぬまで声楽魔術の研究をやってみようと思っているぐらいだ。そして一端呼吸を落ち着け、今日の講義の最後の話を始めた。
「それでは最後は血継魔術ですね。──これはもう、才能があるかないかに尽きます。選ばれた者だけが使える、最強の魔術。それが血継魔術ですね。血に魔力を流し込む事によって魔術印無しで発動ができます。その威力は一般魔術の数倍。魔力消費も格段に少ない。しかも覚醒する事によって更に強化までされます。本学が"血継魔術科"をわざわざ作っているのも、血継魔術師の管理と保護の為です。それ程までに希少で、貴重な魔術ともいえます」
そして一度口を噤んだ後、意を決して樋田は続けた。
「なら血継魔術が最強じゃないか。努力の意味はあるのか。そう思ってしまうのも無理もないです。ですが、断言します。魔術師は"総合力"です。一般魔術では太刀打ちできない。なら声楽魔術や、変質魔術を学んでみてはどうでしょうか。この他にも世界中には様々な魔術があります。この講義はその魔術の種類を知る為の講義です」
厳しい受験戦争を乗り越えてきた分、どうしても新入生は発想が偏りがちだ。強い魔術こそ至高。どれ程まで魔力量を伸ばせるか。目先の結果に必死になってしまっている子が多い。
だからこそ、伝えたい事がある。
「東京魔術大学は"唯一無二の魔術師"を求めています。本学には多種多様な講義があります。それを組み合わせ、世界中で貴方しかなりえない唯一無二の魔術師となって下さい」
これが樋田がこの講義を通して伝えたい事だった。
一般魔術を極めて究極の一となっても良し。複数の魔術を組み合わせて誰も真似ができないような魔術師になっても良いのだ。折角厳しい受験戦争を乗り越えてここまで来たのだ。どの生徒も一流の魔術師になってほしかった。
「では本日の講義はこれで終わります。──次回は一般魔術の特殊枠、"創作魔術"の講義を行いますので興味のある方は来週また会いましょう」
そう締めくくり、樋田は満足そうに笑った。生徒達もどこか満足そうな顔で片付けを始めた。
日常風景の一部のような回です。
もしよければブクマ評価等お願いします。




