前科2:バニーガール先輩は実在する。
東京23区未だに完全復興の目処立たず。国の責任と現場の悲痛な声。
東京魔術大学学長、魔剣を紛失。午後から会見予定。
飲酒時の魔術の使用。厳罰化へ。魔術協会は反対の声明。
東京都町田市、相模原市と合併か。神奈川県編入計画の全貌に迫る。
JONYが新型ペレステ5発売へ。転売業者への呪詛魔術の使用に対する罰則整備の課題とは。
スマートフォンに映る文字列は今日も酷い。
いつもどこかで何か問題が起きていて、それでも世界は続いている。この事態を一身に背負うという事は、どれ程の重責なのだろうかと考えながら、西園寺美鈴は街を歩く。小柄だが、ジャケットにパンツスタイルときっちりした服装に、短い黒髪と少し大人っぽくも見える。
「……はい。もしもし」
スマホが震えると同時、淀みのない動作で電話に出る。
相手は、自分の家が雇っている侍女だった。一時間前程前、家の周りに不審者が居たので注意しろとの事だった。
「お気遣いありがとうございます。……ですが、私のような末席に今後こういった連絡は不要です」
優しい人だから、と何か言い返される前に電話を切る。
見上げた先は晴天。その景色の中に、大きな建物が目に入ってきた。
──彼女の目的の地、国立大学法人東京魔術大学のキャンパスだ。
入学して三日目。まだ慣れぬ通学路を歩きながら、周囲を見渡す。
新学期が始まったというのに、学生の姿はまばらだ。
(学生数、少ないんだった……)
国内最高倍率の大学で、学科数も少ない。
だからこそ選りすぐりの学生ばかりで全校で1000人も居ないとパンフレットに書いてあった。
東京の街中に建っているだけあって人通りは多い。
それ故に視線も多く感じる。何せ、金の卵ばかりだ。
そんな視線を気にせず、巨大な門の前に立つと美鈴は右手を挙げた。
親指に、青く輝くサファイアのついた指輪がついている。
「うわ……」
「本物だ……」
等と小さく声が聞こえた。サファイアの指輪は、ある特殊な学科の生徒にのみ送られるものだ。東京魔術大学の中でも一番人数の少ない学科。今年度はたった7名しか在籍していない、"血継魔術科"の生徒である証が確認されると、光輝く文様が現れた。文様に触れると、体が一瞬軽くなる。宇宙空間のようにふわりとした浮遊感。
後に、視界が晴れると大学の構内に移動していた。
「転移魔術……。流石にまだ慣れないな……」
顔を顰める。"失われた魔術"の1つだから当然ではあるが、常識外の代物だ。
古の魔術師が残した、貴重な魔術痕跡を使ったものを学生に提供するとは正に大盤振る舞いだ。各所の門に念じるだけでこの広い学内を瞬間移動できるのだから凄い。本当に国内最高の大学に入学できたのだと胸が高鳴る。
だが──
「…………」
視界の端に妙なモノが映っている。
色は赤と肌色。人間の男性。だが格好は女性。俗に言うバニーガールだ。
転移した場所に元々居たのか。バニー男の足元には酒の空き缶も見える。
あまりに常識から外れすぎて目を擦ってみる。
消えない。妖精でもない。現実のようである。──最悪だった。
「おっ。やっと来たな」
「伊庭先輩……っ!」
相手の顔が見えた瞬間、脳裏に浮かんだのは最悪の文字。
美鈴の1学年上の先輩だ。先週オリエンテーションで会ってからの仲だが、イメージは最悪。入学式が終わって呼び出されたと思ったら、留置場に入っている八代を迎えに行かされた事を思い出した。
「千ヶ崎先輩から呼び出されたから来たんですけど、私を待ってたんですか?」
「そうそう。今日のイベントは僕達2年の仕切りだからさ。奴はもう会場入りしている」
「はァ……。何でもいいですけど、その格好何です?」
「借金返済のためだ……っ!」
八代がおよよと泣き真似をしながら語り始める。
曰く、美鈴に学生主催のイベントに血継魔術科の代表として出席してほしい事。
曰く、イベントを有料化して、八代がつい先日逮捕された事件の違反金の支払いにあてたい事。
曰く、千ヶ崎にバニー姿で客と写真撮影するサービスをお願いしたら、八代も同じ格好をしろと言われた事。
「一切同情できない身の上話ありがとうございました。……今日のイベントって、1年戦争ですか?」
頭が悪すぎてバニーなんかどうでもよくなってきた。
一年戦争は、東魔大は公式に認めていないものの外部には有名な行事である。
各学科の新入生から代表を一人を決め、決勝トーナメントを行う事でその年最強の1年生が決められるのだ。
「知ってるなら話が早いな。今年の血継魔術科の代表はお前だ。まぁ、お前しか新入生いないんだけど」
「別にいいです。有名行事ですからね。私も入学した以上、血継魔術科代表として頑張りますので」
「あれ負けると最悪だぞ。血継魔術科は優勝して当たり前だからな。負けるとめっちゃ雑魚扱いされる」
「へぇ……。去年は伊庭先輩が優勝じゃないんですか?」
「……入学早々千ヶ崎と大喧嘩してな。半殺しにされて入院してた」
「……それは何とも」
本当かよ、と美鈴は内心疑った。
目の前に居る男はあの"伊庭家"の4男で、"災厄の魔術師"と呼ばれた人間と同じ血継魔術を使える。初めて会った時は緊張したが、出会って1週間。ロクな人種ではない事だけはわかった。恰好も改めて見てみる──どこからどう見てもアホ丸出しだった。ため息まで出てしまう。
「……支配の魔剣も最強じゃないんですね」
「魔剣自体、希少な魔術兵器だからなぁ。使える奴が少なくて生き辛いんだよ。実家だと最強なのに……。」
「確かに。国家上級魔術師か。あの魔術師の配下の人間ぐらいしか使えないですからね」
「そうそう。だから、今日お前んち行った時さ。そのお陰で何とか逃げ切れたから助かったよ」
「……は?」
美鈴の足が止まる。家に行った? どういう事──まで考えて頭の中で全てが繋がった。
「いや、マジびっくりしたって。今日、最初お前を家まで迎え行ったらさ。門番みたいなのが居て、ここ"そーりこーてー"とかわけわかんねー事言うんだもん。娘の先輩だって言って入ろうとしたら、マジで超強そうな魔術師わらわら出てきて危うくまた捕まるとこだった。総理大臣の子なら早く言ってくれよ! おかげでここまで逃げてきて待つハメになったんだから!」
「あれ、先輩だったんですね……。それと、厳密にいえば私は現総理大臣の孫ですよ」
「そうなん? まぁ、何でもいいけどさ」
「というか、その格好で街に出たんですか?」
「流石に、ウサ耳は外して出たわ」
「そういう問題?」
なはは、と笑って八代が酒を再び飲み始めた。もうつっこむ気すら起きない。
八代は、あの"災厄の魔術師"と同じ能力を持つ化け物だ。今語った、美鈴の祖父と仲間達で30年程前に討伐し、この国を救ったと聞いている。それと同じ能力を持つ男が、総理公邸に押し入ろうとしたのは逮捕されるぐらいで済むのだろうか。
脳裏に恐ろしい事しか浮かばないのでもう考えるのを美鈴は止めた。
「やっと公邸に住む事が許されたのに……。何て事してくれるんですか……」
「千ヶ崎が悪い。お前んちめっちゃ豪邸って聞いたから一回見てみたくてさ」
「そりゃ、総理公邸ですからね……」
「あいつ、知っててわざと僕に住所教えやがったな……!」
怒りと共に酒を飲み干し、クズ籠に投げ捨てた。
「ないっしょ」っと綺麗に入ったのに満足し、美鈴の方を向く。
「そろそろ行くか。A棟でやっから、向かおうぜ」
「……校舎内でやるんですか? 先生方に見つかってしまうのでは?」
「屋上に異空間作ってあるからそこから転送する。教授たちは平気だよ。どーせ、記者会見の準備で忙しいからよ」
「ニュースで見ましたが、何か不祥事あったみたいですね」
「大変だよなぁ。学長先生も。まぁ、管理が甘いのが悪い」
そんな会話をしながら校舎に入り、学内を歩いて行く。
外から見るより更に学校内は広い。恐らくだが、空間を歪める魔術が施されているのだろうと美鈴は思った。一般的な技術ではあるが、それでも精度が高い。話から察するに、屋上に異空間の入り口を作って一年戦争の会場とするのだろう。教授や講師ならまだしも、一介の学生がそれを実現できるのだから恐ろしい。東京魔術大学が、国内最高と評価される理由だ。
厳選に厳選を重ねた学生だけを獲っているだけあった。
「よし、屋上ついたぞ」
階段の先にあるバニーの尻が不愉快だが、それでも高揚感は抑えきれない。
八代に促されて屋上へのドアを開けるとそこには──
「待っていたぞ、伊庭。これから、お前を拘束する」
屋上の手摺にもたれ掛り煙草をふかしている男が1人。黒髪に全身真っ黒の服を着た男だ。唯一色が違うのが、銀縁の眼鏡と首から提げられた銀の十字架のネックレス。背も高い。190はあるだろうか。そして、案山子のように細身だ。
「うげっ。マロ先輩──っ!?」
八代が唸り声をあげた。それで、美鈴も気づく。
目の前に居る男は、東京魔術大学血継魔術科唯一の四年生。"魔銃"使いの織田清麻呂。
化け物ぞろいの東京魔術大学において、入学時から最強と呼ばれた恐るべき魔術師だった。
数時間にわけて投稿していきます。
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