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国立大学法人東京魔術大学 ─血継魔術科─  作者: おめがじょん


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18/75

前科18:女三人寄れば姦しいって淫語だと思っていました。








 長く伸ばした爪が肌に食い込み、血が流れた。

 穏やかな天気の中、突風が一瞬舞い起こり千ヶ崎真央の体は空高く舞い上がった。

 肉体強化が出来る魔術が普及した今日においてはビルの間を飛び回る人間は珍しくない。配達屋の姿も東京という地ではよく見かける。

 だが、真央は更にその上を行く。高層ビルよりも更に高く舞い上がった体は、風に乗って目的地へと進んでいく。眼下では空を飛ぶ真央を指さしたり、写真を撮る人間の姿が見える。

 

(厳密には、飛んでるわけじゃないんだけどね……)


 短時間舞うように飛ぶ魔術は存在する。だが、人間を飛ばし続けるには魔力消費が尋常でないので実用化には程遠い。なので、真央も風に乗っているだけだ。血を流した瞬間。この国周辺までの広範囲の大気の状態が真央の制御下に置かれるのだ。神の御業とさえ呼ぶ人間が居る。

 高く風に飛ばされ、空中を漂いまた風に飛ばされる。それを繰り返しながら移動していると、懐かしい街が見えてきた。かつて住んでいた辺りだ。


「お父さん……お母さん……」


 血継魔術を発現させてから人生は大きく変わった。

 食事に困る事もない。自分をイジメていた同級生達からは離されて私立の品の良い学校に通える事にもなった。狭くて三人で布団を並べて寝ていた四畳半の居室も、今ではその三倍が一人一人に分け与えられている。父と母はブランド品を毎週のように届けてくれるようにもなった。千ヶ崎家は順風満帆な筈だった。


「──今度は、あたしが助けるから」


 ふわり、と道明寺家の別邸の近所へ降り立った。

 これから自分がどういう運命になるかはもうわかっている。大学を辞めて道明寺の子となる。それぐらいなら受け入れられる。離れてしまっても両親の夢が叶えられるならそれで良かった。


「あたしは恵まれている方だもんね……」


 血継魔術師がまともな人生を送る事が難しいのは大学に入ってよくわかった。

 八代や清春や梢子の昔の話を聞いた事がある真央はその思いが強い。大きな家の庇護下にあった方が生きやすいのだ。周囲を見渡して家に入ろうとする。周りには何もなかった。大戦で崩壊後に住宅街を作ろうとしたが頓挫したような感じだった。

 悪い事するにはもってこいだななんて思いながら入る。


「あっ……」


 流石に別邸なので警備の人間は居ないが、正門から入って中庭を抜ける、真新しい車のタイヤ痕が見えた。相当急いでいたようで、八代達が何かしたのではないかと疑う。建物が半壊していないのでまだここに辿り着いては無さそうだと判断した。来ても何もする事がないのに、とため息をついた。


「えっ──」


 タイヤ痕を追って家のカーポートまで来た所で見えた景色に真央は絶句した。

 両親が車から引きずり降ろされていた。頭から血が流れているのが見える。しかも堅気では無さそうな男がモノを扱うように雑に降ろしていた。真央の気配に男達が気づきすぐに臨戦態勢に入った。それに遅れて助手席から道明寺が降りてくる。最初は友好的な笑みを浮かべようとしたが、真央の態度に気づいてやがて諦めたかのように表情を失くした。


「ま、こういう事だよ真央君」


「こういう事って──っ!」


 真央が怒気を発すると男達が真央の両親を盾にするように構えた。一瞬カッとなってしまったがすぐに血の気が引く。心の中でわかっていた事だが、それでも現実として突き付けられてしまうとそれなりにショックが大きい。道明寺は感情を失ったかのように淡々と事実を説明していく。


「君のご両親は立派だよ。私達の融資を受けずまた三人で一からやり直すと仰っていた。こちらとしては、そう言われたらこうするしかないよ」


「……無事なんですか?」


「薬で眠って貰っているだけだ。抵抗されたので傷つけてはしまったが、これから治療を始める」


「私は条件をのみます。だから、お父さんとお母さんだけは……」


「それも含めて話しあおう。君からもご両親を説得してほしい。そうすればもう二度と手荒な真似はしない」


 その事実だけ説明し終えると道明寺は優しく笑った。こうやって絡みつくかのような優しさと厳しさでずっと雁字搦めにされてきた。生かさず殺さず。嫌悪感しかないが、両親を人質にとられてしまっては何もできなかった。それは道明寺もよくわかっているのでこうするのだ。だが──


「っ!?」


 不意に真央の背後から火の玉が飛んできた。それも一発ではなく複数。道明寺の護衛の男達が防御魔術を張って守る。本気の威力ではない。ただの目くらましだろうと真央も防御魔術を張る。嵐のような攻撃の後、晴れた視界には黒のSUVが停まっていた。そして、何の緊張感もなく降りてきたのは菊姫梢子だ。助手席からは美鈴も一緒に降りてくる。


「姫先輩。美鈴ちゃんまで!」


「おーっす、真央。久しぶりじゃん。んで、そいつらが敵?」


 再び魔術印を展開する梢子に真央は慌てて弁解を始めた。このまま梢子を暴れさせたら全てが無駄になってしまう。


「姫先輩! 何勘違いしてるんすかっ!? これは全部八代の勘違いで──」


「そんな堅気じゃない奴らがアンタのご両親を抱えてるのに?」


「それもちょっとした手違いで──!」


 梢子の言葉を遮るように真央が叫ぶ。言っている事が苦しいのはわかっている。それでも、両親の身の安全だけは守らなければならない。どうしてわかってくれないのか。自分だってとっくに憤っている。殺してやりたいぐらい憎い。それでも、梢子は態度を崩さない。


「真央。気に入らないならかかってきなさいよ。どの道、アタシはそこの奴らに喧嘩売られたんだ。ブチのめすまで止まらないよ」


「姫先輩……っ!」


 指に力を込めた。塞がってた部分が再び出血し血が流れる。梢子も美鈴も同じく血継魔術を発動させた。どうにも戦うような流れにしかならなさそうだった。ダメ押しとばかりにそこで道明寺が吼えた。


「真央さん! そこの連中を片付けましょう! 後始末はこちらでやります!」


「上等だコラァ! 真央! 好きな方を選べ! アタシだって最後までケツ持つつもりでここまで来てンだよッ!」


 道明寺と梢子が叫び、真央が出した結論は前に走り出す事だった。

 勝ったと道明寺は確信の笑みを浮かべ、護衛達に一緒に攻撃するように指示を出す。戦力は七対二。いかに相手が血継魔術師だろうと負ける筈がないと道明寺の口が綻ぶ。だが、次の瞬間真央がくるりと反転した。


「姫先輩! 信じるからね!」


「よく言った!」


 裏切られた。と判断した時に道明寺は気づく。護衛の男達は全員千ヶ崎夫妻から離れてしまっている。慌ててもう一度人質にしようと近づこうとした時には美鈴が既に高速移動で迫っていた。


「待っ──」


「──つわけないでしょう!」


 美鈴のボディーブローが防御魔術を突き破って炸裂した。内臓に穴が開くほどの衝撃と共に吹き飛ばされ壁に叩きつけられる。直後、美鈴は背後から二人迫っている気配を感じた。振り返って迎撃態勢をとるが──


「美鈴ちゃん!」


 真央の声が聞こえた瞬間。男達の体が歪んだ。見えない何かを叩きつけられて体が変形している。

 尋常じゃない威力だった。──逆に怖いよと思いながら動揺を抑えて美鈴は加速する。男達の体を破壊したのは空気砲だ。空気を圧縮して四方八方より撃ちだしたのだ。 残るは三人。二人が美鈴を迎撃しようと構える。残りの一人は魔剣を抜いた。先程と同じ虹の魔剣使いのようだ。


「っふ!」


 魔剣が振られた威力により衝撃波が発生し真央と梢子の体が後ろに吹き飛ばされていく。

 美鈴は両手に魔力を凝縮した爪を顕現。襲い掛かかってきた二人の攻撃を避け、両腕を振って肉体を斬り裂く。血飛沫が舞い男達の体が吹き飛ぶと同時、虹の魔剣が襲い掛かってきたので爪で受け止める。


「あっ──やばっ!」


 魔剣使いの腹に蹴りをぶちこみ、距離をとると同時高く跳躍。尻もちをついた魔剣使いが背後を振り返ると車が猛スピードで吹き飛んできた。防御態勢を取る暇もなく車体が体にぶち当たり吹き飛んでいく。


衝撃波を出す魔術(くたばれやぁ!)


 梢子が魔術印が纏わりついた拳を振った。印の先から何倍もの威力の衝撃波が飛び出し車もろとも魔剣使いを襲う。これで終わり、と思った所で美鈴は少しだけ冷静になった。何かがおかしい、と。


「あっ──!? 菊姫先輩! 車! 有坂さんが乗ったまま!」


「いっけね」


 やべぇなこれと思いながら車に駆け寄ると「ひいいい!」と後部座席から涙目の有坂が飛び出してきた。大した悪運の強さであった。とりあえずこれで安心とばかりに一息つくが、もっと大事な事があったような気がしないでもない。まぁ、いいかと梢子は流す事に決めた。


「姫先輩。ありがとうございます」


「アンタが向かって来た時はぶっ殺すしかないと思ったけど、あいつら引き付けてくれて助かったよ」


「両親人質に取られたら裏切るしかないので……。相手を騙すしかなかったけど、気づいてくれて嬉しかった」


 真央が笑いながらそう言うと梢子は何も言わず頭を撫でてやる。梢子自身も真央がこちらを選んだので悪い気はしなかった。

 

「でも車ダメになっちゃいましたね……。あの男の人の車ですか?」


「あっ……」


 やべぇ、と思った時には冷や汗がどばっと出てきた。

 あの車は清麻呂の物だ。吹き飛ばしたのは真央だが、衝撃波を叩きつけたのは梢子である。このままでは清麻呂に殺されてしまう、と恐怖が怖いもの知らずの梢子にも浮かんできた。


「織田先輩のですよ。先輩方、やっちゃいましたね。私は何もしてませんが」


「えっ……。マジ?」


「ちょっと美鈴! 女の友情を裏切るの!? 友達でしょ!?」


「私、後輩ですから」


 にこっと美鈴が天使のような微笑みを見せた。完全に関わるつもりがないとばかりの笑顔に真央と梢子はショックを受けた。お互いチラっと横目で見合う。どうすればいいものか、と考えた時に最初に動いたのは真央だった。


「姫先輩。ケツ持つってさっき言ってたよね?」


「え? ……いやさ。ほら、それは真央の実家の話だけであって車までは……! それにほら! 最初に車ぶっ飛ばしたの真央だし!」


「あれあたしの魔術じゃないっすよ。ここ海風強いから突風が吹いたのかも! でも姫先輩は魔術思い切りぶちかましてましたよね?」


「はあああああっ!? そんな言い訳あり!? アンタのためにここまで来たってのに!」


「喧嘩売られたからどの道ぶちのめすってさっき言ってたじゃん!」


 いがみあう真央と梢子だが分が悪いと感じた梢子はぐるんと首を回し、しくしく泣いている有坂の方を見た。つかつかと歩いて行って蹴りを入れると、


「おいコラ! てめぇの所為で車燃えちまったじゃんかよ。新車にして返せ!」


「そ、そんな──!」


「姫先輩。流石にそれは……」


「真央。こいつアンタのご両親の店炎上させた奴だよ」


「……は? ならいいや。貴方のせいでうちの家凄い事になっちゃったんだけど。責任取ってよ」


 真央にも蹴られて有坂の悲鳴が響き渡る。「どうしようもない連中だな」と美鈴は悟ったように笑いながら我関せずを決めた自分の判断を褒めた。これで一件落着といった感じだろうかと一息つく。後は有坂に証言させて物事の鎮静化を図るぐらいだ。具体的なプランの線引きは西園寺家でやってもいいかもしれないと思う。伊庭と組んで何かやっていたようだが一時撤退するような連絡が先程あった。真央が西園寺と有効な関係を築ける第一歩にもなるので、落し所としてはそんな所だと判断する。

 

「あの、先輩方──」


 と声をかけようとした所で誰かが歩いてくるのが見えた。手には剣を持っている。八代が今更辿り着いたのだろうか──と考えた所で虹色の光が美鈴の体を貫いた。


「──っぐ!?」


 直後。衝撃と共に吹き飛ばされ壁に叩きつけられる。あまりの威力に意識が霞むがそれでも、美しい虹が見えた。前に見た魔剣使いと比べ物にならない程の濃い虹色の光。八代じゃない。ならば──と声に出したかったが口から溢れ出たのは大量の血。そこで、美鈴の意識は完全に途切れた。






 

もしよければブクマ評価等お願いします。

お陰様でネット小説大賞の一次を突破する事が出来ました。

今後もよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 既出の質問だったら申し訳ないのですが、伊庭家はあんなに強い主人公を冷遇して大丈夫なのでしょうか? ヨイショしてご機嫌をとるか、殺すかをしないと離反するか利用されて危ないのではないかと思…
[一言] 女の友情は儚い。でも仲がいい。
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