前科17:弁慶先生の次回作、八×虎誘い受け本にご期待ください。
「お前らァっ! ちょっと時間稼いでおけっ!」
虎之助の言葉と共に残った三台の伊庭家の車が辻上目掛けて攻撃を始めた。
黒の魔術印を破壊された辻上はこれには危険と判断したのか回避行動をとる。今にも八代目掛けて飛び出しそうだったのに判断能力は失われていないようだった。そのまま先頭を逃げる道明寺の車付近まで逃げていく算段のようだ。部下達に深追いはしないように指示を再び飛ばすと背後を走るバイクを見る。アロハシャツに短パン。黒のヘルメットのため表情はわからない。傍に浮かぶ支配の魔剣は何時でも自分の命を刈り取れるとわかっている。それに背筋を冷やしながらも虎之助は吼えた。
「八代ォっ! てめぇ、こんなとこまで何しに来やがった!? 何処まで知ってんだ!?」
千ヶ崎真央が弟の同級生だという事は虎之助も知っていた。
今回の件は西園寺家から話を持ってきたので、細かい事情はそこまで気にしていない。西園寺から幾つかの見返りと鬼神商会さえ潰せれば良い。八代が出てくるという事は想定外だが、パーティーに行きたがった時点で警戒しておくべきだったと後悔する。まさか、大学で友達が出来ていようとは思わなかった。
子供の頃から迫害されてきたのだ。家でも学校でも。与えられた幼馴染ぐらいしか会話する人間が居なかった筈なのだ。それでも底抜けに明るいバカだが、ただの強がりだと思っていた。虎之助の言葉に八代がバイクを加速させ、近づいてくると、
「ういっす。兄貴。おひさー、でもないか。髪型変えた?」
「誰の所為でこんな髪型に……!」
相変わらず無神経な弟だった。先日襲撃された際、八代の放った炎で髪が焼かれた。頑張って伸ばして綺麗なマンバンにしたのに焼かれてはパーマをかけて誤魔化すしかなかった事を思い出すだけで腹立たしい。
「兄貴がわざわざ前線まで出てきてるって事は、道明寺のバックに結構な大物が居るって事か。あのおねーさん誰?」
「お前には関係ねぇ。さっさと出ていけ!」
「僕居なかったら殺されてたくせにめっちゃ態度でっか! 兄貴弱っちいんだから事務所で仕事してた方が良いんじゃない?」
「ぐっ……!」
日本最高の名家、伊庭家の次男も八代の前では形無しだった。実際それ程力の差があるのは虎之助が誰よりもわかっているのだ。
「……鬼神商会だ。それもかなりの大物が出張ってきている。あの女の他にも"虹の魔剣"の本体持ちが居やがる」
「……ふぅん。だからか。道明寺さんが自信満々なわけだ」
「鬼神商会はこっちで潰す。八代、てめぇはもう引け。普通に大学で遊んでろよ。もう伊庭家の人間じゃねぇんだから鬼神商会とやり合う意味はねぇだろう」
「ま、確かにね。でも兄貴さ。伊庭家みたいなちっちゃい世界に居るとわからないだろうけどさ。世の中、意外と捨てたもんじゃないんだよね」
バイザーで八代の表情は伺えない。どこか遠い目をしているように感じる言葉だった。血継魔術の所為で忌み嫌われ、どこにも居場所がない弟。年が離れていたし母親も違うために一緒に居た記憶も殆どないが弟の生きてきた世界の予想ぐらいはつく。伊庭家自体もまともな家ではない。弱肉強食。強い魔剣使いだけが正義。本家も分家も勢力争いでどす黒い。生き残るには力をつけるしかない家だった。
それでも八代は明るさに陰りはない。それどころか、こんな言葉が出てくる事自体意外だった。
「世の中、僕や兄貴達みたいなどうしようもない奴ばかりだけどさ。──偶に居るんだ。バカみたいにお人好しで、明るく真っすぐ生きてる人がさ」
そりゃ世に言うカモだろと虎之助は内心笑う。お人好し程世の中損する事は無い。
誰かを助ければそれは回り回って誰かの不利益になる。自身の利益のために手を組む事はあってもそこに損得勘定以外のものはない。それが名家の人間の生き方の筈だ。八代の綺麗事を肯定してしまうには行動に対する影響力が多すぎるのだ。
「──僕は、その生き方にどうしても憧れるし、助けたいって思うんだ」
それだけ言うと八代はそれ以上何も言わずに加速した。それを虎之助は黙って見送る事しかできなかった。邪魔をするな、という強い意志を感じたからだ。どの道この辺り一帯の魔剣は全て八代の制御下に置かれてしまっている。伊庭家に出来る事はもう何もない。援軍を求めても良いがこの感じなら八代が鬼神商会を潰すのだろう。本懐は達せられる。父親は渋い顔をするだろうが、伊庭家としては悪くない結果だ。
引き際が肝心、という事で西園寺家へと再び電話をかける。
「あー……もしもし。あぁ、伊庭家はここらで手を引かせて貰いますよ。どうせ監視してるでしょうから状況はわかってますよね?」
「戦闘集団の看板を外しては如何でしょうか? たった一人相手にこの体たらくはあまりにも情けなさ過ぎる」
「返す言葉もありませんけどねェ……。うちの四男坊あんまナメてっと痛い目見ますよ」
相手の返事を待たずに電話を切る。今後西園寺がどれ程の始末屋を雇った所でどうにもならないし返り討ちに遭うだけだ。それ程までにこの状態の八代は手を付けられない。
「小さい世界か。言うようになったじゃねぇか」
部下に撤退の指示を下しスピードを上げていくバイクを見送る。
伊庭家から追い出された事は良かったのだろうか悪かったのだろうか。恵まれた生活をしているようには見えない。でもどこか虎之助は羨ましく感じていた。──悪党だって綺麗事は嫌いではない人間も居るのだ。
●
「サンキュー! 相棒!」
虎之助を追い越すと八代は弁慶に連絡をとった。本社に行ってみれば既に千ヶ崎夫妻の姿は無く部屋には争った形跡があった。こうなっては仕方がないと伊庭家の情報網を頼るべく弁慶に連絡をとってみれば今作戦が始まったとの報せを受けてここに居る。
検問の通過も色々と手を回して通してくれたので何かお礼をしなくてはならない。
「……相棒じゃないです。た、ただの監視役です」
「何かあった? 動揺してない?」
「いえ。特には。伊庭家は撤退命令出たのでここで引き下がります。西園寺に変な動きがあったら知らせます。後は八代様のご自由に」
「そうさせて貰うわ。今回は助かったよ。今度何か奢るね」
「結構です。そんなお金があるなら貯金してください。……それに、協力した以上のものは貰えましたので。では私は原稿があるので失礼」
ブツっと電話が切られた。妙にテンションが高かったが何かあったのだろうかと訝しむが言葉が出てこない。気を取り直して前を見る。伊庭家の車がスピードを下げた事で追い越した先には、無数の黒い魔術印を展開したスケボーに乗った辻上の姿がある。準備万端といった感じだ。年上のお姉さんにあんなギラついた目で見られるのは八代にとってありがたかったが、どう考えても楽しい展開ではなさそうだった。眼鏡が特にそそる。この前借りた素人もののAVが最高過ぎて最近眼鏡をかけた年上のお姉さんに八代は弱くなっていた。こりゃあ、不味いなと冷や汗が伝う。
「創作魔術:八咫烏」
辻上の魔術印から再び鴉が飛び出した。話でしか聞いた事のない支配の魔剣と闘える事に辻上のテンションが上がりっぱなしだった。鬼神商会でも異例の速さで出世し、管理職ともなっている辻上だが生まれたばかりに前大戦が終わってしまったので自分の組織の元トップの力は知らない。
幹部連中は揃いも揃ってバケモノ揃いだ。その彼らが絶対的な忠誠を誓っていた魔術師と同じ能力を味わえるなんて夢にも思わなかったからだ。
「うおっ!」
鴉達が熱線を照射する寸前、八代の周囲に浮かんでいた魔剣達が動き出した。二本の炎を纏った魔剣が激しく震える。莫大な炎が飛び出し鴉の実に三分の一を一気に焼き尽くした。あまりの威力に流石の辻上も開いた口が塞がらなかった。
少し前に戦った血継魔術師の放った炎魔術よりも、この魔剣の使い手よりもずっと威力が強い。
「支配している魔剣の限界まで能力を引き出すなんてねぇー……!」
プランを変えざるを得なかった。全ての魔剣の威力が想定外だ。──他の魔剣は相手にしない、本体か支配の魔剣を狙う。集まっていた鴉が遠くに離れた。その数、残り百程。二十の魔剣では防ぎきれない。迎撃するにも離れているので何発かは当たるだろう。その動きを察知したのか八代がバイクを加速させる。近くに居ては辻上も巻き込まれるので撃ってこないと判断したのだろう。
「甘いー!!!!!」
それでも辻上は撃つ。当たった所で致命傷ぐらいだ。八代のバイクに当てるだけでも逃げ切れるのでこちらの勝ちなのだから。百の熱線が八代と近くに居た辻上目掛けて照射される。と、そこで八代がクラッチを繋ぎギアを落として急減速。魔剣を十本ずつ左右に配置し熱線の迎撃態勢をとった。
「ここでっ──!」
自分の魔術だ。当たるなんてバカくさい。全神経を集中、魔術印を体に展開し全ての五感を極限まで上げた。八代に当たる熱線の軌道は防がれてしまう。なら、前に出るしかない。スケボーを巧みに操作し、熱線の間をすり抜けて八代まで迫る。服や髪がわずかに触れ焦げ付いて行く匂いすら心地よい。体がイメージ通りに動く万能感。高揚と共に八代まで肉薄し、
「そうくると思ったよ。おねーさん意外と攻め上手だね」
魔剣は全て熱線を弾いている筈だった。──支配の魔剣を除いては。
宙を漂っていた黒の魔剣が射出され、辻上は防御魔術を張った。が、不意に魔剣が軌道を変え辻上ではなくスケボーに直撃した。コントロールも正に自由自在。移動手段を失った辻上の体が空中に投げ出された。
「こりゃあ、勝てないよぉー」
反則過ぎる能力だった。鬼神商会が国と正面から戦える程強かったのが嫌という程よくわかった。正に一騎当千に近い災厄の魔剣である。戦いを楽しんでいる余裕なんかなかった。五感を強化した所為で随分と空中に投げ飛ばされているのが長く感じる。だから、とばかりに
「これで、最期ぉー!」
黒い魔術印が体に纏わりつく。この能力を使うのは久しぶりだった。東魔大で初めて人を殺した時以来だったか。辻上の背中から黒い翼が飛び出し、全身を黒の鎧が覆う。鴉が子供の頃から好きだった。あんな風に自由に生きたいと憧れていた。
幼い頃から東魔大に入学する事を強要され自由すらなく友達との思い出もない。
やっと入学できたと思ったら、全てを魔術に費やしてきた人間がまともな人間関係を築けるわけもなくイジメられる日々。魔術を研究している時だけが癒しだった。自分にはこれしかないと、態勢を立て直し、自由に気持ちよく空を飛ぶ。襲い来る魔剣をギリギリで避けながら八代より先を往く。
「これで、任務完了かぁ」
千ヶ崎夫妻を乗せた車が部下達が封鎖ポイントを襲って無事に高速を降りたのを確認した。
ここから先は趣味の時間だ。追ってきた魔剣を弾き飛ばすと道路に降り立った。バイクの甲高いエンジン音が聞こえる。弾き飛ばした魔剣が再び空中に浮きあがり、八代を待っている。十秒ほど待つ──バイクの姿が見えた。
「全部、ぶつける──っ!」
強い相手と戦うのは楽しい。その行為が悪だろうが善だろうがどちらでも良い。己が信じた魔術をぶつけるのみ。自分なりの魔術師としての矜持だった。翼から鴉を大量召喚し、熱線を放つ。少しでも多くの魔剣を防御に回させるために。だが、八代の横を漂っていた支配の魔剣が震えた。
魔剣の形が変わり、剣身が別れた。──虎之助の魔剣の能力だ。支配下にある魔剣の能力の再現も可能らしい。本当に冗談みたいな能力だった。分かたれた剣身は熱線を全て弾き飛ばすと、宙に浮く二十本の魔剣が辻上を捉えたのを感じた。辻上が大地を蹴り、翼をはためかせて高速で前に進む。同時、空中から二十本の魔剣がそれぞれの能力を発動させながら射出された。
「一撃すらダメかぁー……っ!」
防御魔術を貫かれ翼が焼かれ鎧は砕かれ剣に斬り裂かれても辻上の体は止まらない。が、八代を停める術は何もなかった。バイクがそのまま横を駆け抜けていくのを感じた。一瞥すらない。強者の世界ではそうされても仕方がない。失血と共に魔術が解かれて高速道路へと寝転ぶ。死ぬのは怖くなかった。あそこまで力の差を見せつけられては仕方がないと諦めすらついている。
「こんな……爽やかに……終われるとはぁー……ねぇー……」
クソみたいな人生だったがこんなにも爽やかな気分で終われる事に感謝しつつ、辻上はゆっくりと目を閉じた。
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