伊村花乃の求めるもの
「・・伊村さん?」
「・い・・む、ら?」
突然の伊村の登場に、静まり返る教室内。
(どうして伊村さんがここに?彼女は休みでは?)
「僕が、呼んだんだよ」
そう言って静まる教室内で第一声を放ったのは篠宮であった。
「あなたが?」
「この状況をどうにか出来るのは彼女しかいないと思ったからね」
(・・たしかに、懸命な判断ではありますね)
「ちょっと!なんですかこれは!?」
教室内に響き渡る声。花乃が破った扉から、先程まで廊下にいた教師たちが教室に入ってきたのだ。数人の教師は悲惨な教室内を見て口を押さえて顔を青ざめたが、すぐさま負傷してる原田たちに駆け寄る。
「これで一件落着かな」
そう言ってひと息つく篠宮。しかしそんな簡単に終わればこんなことにはなっていない。怜はあることに気付いた。
(・・黒いオーラが、"消えていない"?)
「ぁぁぁ・・」
そう、慎也は未だ黒いオーラを纏い続けていたのだ。そしてそんな慎也は、光なき目で介抱される原田たちを見ていた。
(・・っ!まさか!)
何かを察した怜は、すぐさま竹刀を握りしめて走り出した。
「・・殺、す」
そう慎也は呟くと、目にも止まらぬ速さで3人と介抱する先生たちの前に移動し、拳を振り上げた。
「あなた何を・・」
「も、もうやめ・・!」
「死、ねぇ!」
困惑する教師たち、そして恐怖する3人、そんなのお構いなしに慎也は拳を振り下ろした。
パン!
「くっ!」
「あアああアああ!!」
寸んでのところで怜が間に合い、竹刀を慎也の拳にぶつけて防いた。その瞬間、竹刀の拳を受けたところに少しひびが入る。
(私が先に動いていなかったら危なかったですね)
.「はああ!」
慎也の拳を押し竹刀を振り切る怜。しかし慎也に後ろに飛ばれて竹刀は空振る。すると慎也は片手を前に出し、なんと人差し指に魔力を込めて親指の腹にかけて弾き、小さな魔力の球を飛ばしたのだ。
バキッ!
「っ!」
そしてその魔力弾の行き先は怜の竹刀。それもひびの入ったところに命中した。その瞬間ひびは大きくなり、竹刀は2つに割れてしまった。
(よくここまで頑張ってくれました。最後の仕事ですよ!)
割れた竹刀の上部分を拾い、慎也に槍のように投げ、連続で竹刀の下部分も勢いよく投げつけた。それらは常人には出せないようなスピードで飛んでいくが、慎也はそれらを難なく躱していく。
(私は剣道だけじゃありませんよ!)
怜がそれだけで終わるわけもなく、慎也が竹刀に気を取られているうちに接近し、渾身の正拳突きを放った。しかし・・
ガシッ!
「っ!」
「があああああ!!」
怜の拳を片手で掴み受け止める慎也。そして慎也は空いている方の手で拳を作り怜に向ける。
(っ!まずい!)
掴まれた手を抜けこうとする怜。しかし手はびくともせず、慎也はそんな怜に容赦なく拳を突いた。
「村上!!」
「!」
突然の慎也を呼ぶ声。その声に驚き突き出した拳を寸止めして声のした方を見る慎也。その瞬間掴む手の力が弱り、怜は手を抜いて距離を取る。
「い、む・・ら」
「伊村さん感謝します。ですが今の村上君は危険なのであなたは・・」
「もういいわよ鈴川」
「伊村さん?」
「あとは、"私に任せて"」
そう言って花乃は慎也にゆっくりと歩み寄って行く。
「伊村さん危険です!」
「わかってるわよ」
「い・む・・らぁ」
近づいてくる花乃に対して慎也は拳を作り、その様子を見て怜は身構える。一方花乃はそれに臆せず、慎也にどんどん近づいて行く。
「がああああああ!!」
「伊村さん!」
苦しみながら慎也は拳を構え、花乃を助けようと怜は走り出した。
パチン!!
「「!?」」
その瞬間、慎也と怜は驚きのあまり動きを止めた。突然教室内に響いたパチンという音は、なんと花乃が慎也の頬を"平手打ちした"音であった。
「ぁ、ぁぁあ!」
「ねえ、村上・・
"もういいよ"
その言葉と共に、花乃は慎也に抱き締めて笑みを浮かべた。
「い、む・・」
「村上はさ、私のためにここまでやってくれたんでしょ?すっごく嬉しい」
「・・・」
「でもね、あの3人を殺すことで、私に償えると思ってるならそれは間違いよ。むしろそんなことしたら許さないわ」
「つぐ・ない・・じゃ・?」
「そう、償いじゃない。私はそんなの求めてないから」
「じゃ、あ・何を・・」
「そんなの決まってるじゃない」
そう言って花乃は慎也の肩に手を置いて、向かい合うように立つと微笑みながら言った。
「これからも、"あんたが私と一緒にいること"よ」
「!」
「私はどんなにいじめられ、貶され、迫害されても、私を大切に思ってくれてるあんたがいてくれたら、それでいいのよ」
「・・・」
「あの3人殺しちゃったら、あんたと離れ離れになっちゃうでしょ?そんなの嫌だから。せっかく出来た"友達"なんだから」
「伊村・・」
「だから村上、"もういいよ"」
「そっ、か・・」
花乃の言葉が慎也に響いたのか、慎也に纏わりついていた黒いオーラが一瞬で消えた。
(お、終わったのでしょうか)
「伊村さんお疲れ様です」
「お疲れなのは私じゃなくて・・・っておっとっと」
黒いオーラが消えた慎也は、花乃に持たれるようにして意識を失った。それを花乃が慌てて支え、ゆっくり床に寝かせた。
「・・お疲れ様、村上」
「さすがの彼もここまでしたら疲れま、す・か・・」
さすがの怜も疲労が溜まりふらついてしまう。
「あんたも疲れてるじゃない」
「鈴川に至っては慎也に怪我させられたしな」
「森塚君・・」
「悪いな、あんま力になれなくて」
「いえ、あなたがボールを蹴ってくれなければ私はこんなものじゃ済みませんでしたよ」
「そっか。そう言ってもらえると助かるよ」
「そんなことより2人とも、村上どうすんの?保健室にはあの3人がいるから連れてくわけにもいかないでしょ」
「そうだな・・」
「・・このままでいいのでは?」
「・・マジ?」
「目覚めて初めに見る景色がこの地獄の教室とか最悪だな」
「むしろ最悪でいいですよ私をこんなにした罰です」
「それもそうね」
「だな」
こうして、花乃の手によって慎也による、友人を想うが故に起こってしまった、悲惨で残酷な断罪劇は幕を下ろした。