友人のために
・・・怜視点・・・
(これは、酷すぎます・・)
「・・・」
あれから数分が経った。絶え間ない慎也の暴力によって床や壁には嘔吐物や少量ではあるが血が飛び散っていた。クラス内の人たちは青ざめている者もいれば、耐えられず目を背けている者がいる。そして肝心の慎也は、ただ無言無表情でハイライトのない目を床に倒れている3人に向けていた。
「ぅ、ぁ・・」
「もぅ・・ゃ・・」
「・・・」
3人の服はボロボロになっており、所々に穴が空いており、その穴から3人の体にはいくつもの痣が出来ているのが見える。先程のように叫ぶ気力も無く、3人は光無き目で、しかし明確な恐怖の込もった目で慎也を見ていた。
『ちょっと!早くここを開けなさい!』
本来であればとっくに授業をしている時間というのもあり、騒ぎを聞きつけて複数人の教師が教室の扉を叩いていた。
「・・さて、お前らの断罪はもうそろ終わりにするか」
「「「!」」」
慎也のその一言に、倒れていた3人の表情が明るくなる。おそらく終了宣言に安心したのだろう。
「やっと終わるんですね」
「ちょっと僕気分が悪いよ」
(不本意ながら、それには同意です)
クラス内の人たちも、3人の次くらいに安心して安堵の声を漏らしていた。しかしその安堵も束の間・・
「じゃあ次は伊村への償いだな」
その慎也の言葉にクラス内の全員が顔を青ざめる。
「ま、まだやるの!?」
「当たり前だろ。そうだな、牧本は口約束で済ませたが、こいつらは伊村を殺そうとしたし・・・一生歩けない体にすればいいか」
「ひぃ!」
「いやいやぁ!」
「もうこんなの・・そうだ!篠宮君助けてよ!」
さらなる苦しみを味わうことを恐れた原田は、とうとう篠宮に助けたを求めた。
「呼ばれてますよ」
「あ、ああ」
鈴川に促されたからか、篠宮は他の男子とは違って前に出る。
「やめないか村上君。たしかに彼女たちのやったことは許されないことだけど、もう充分苦しんだんだしいいでしょ」
「そ、そうよ!」
「もうこれ以上は・・」
「何言ってんだ。ここまではあくまで、こいつらの行いの断罪だ。まだ伊村への償いをしてないだろ」
「だがここまですれば花乃さんも許してくれるだろ。だからここでやめ・・」
「てめえが伊村の何をわかってんだよ!」
ここで初めての慎也の怒声に教室内が凍る。しかし篠宮はすぐさまそれに反論した。
「半年は一緒にいるんだ。それなりに花乃さんを理解してるつもりではあるよ」
「じゃあなんでお前は伊村に寄り添わずにいつも女どもとイチャコラしてんだよ」
「それこそ彼女を理解してるからさ。花乃さんなら僕が助けなくても大丈夫だって思って・・」
「それお前本気で言ってんのか?それはただお前が都合のいいように考えた偽物の伊村だ!」
「そんなことは・・!」
「てかお前、実際に伊村に助けを求められたじゃねえか。それなのによくそんなこと言えたな」
「・・・っ」
「だんまりか。やっぱ"偽善者"の考えてることはわからんな」
「っ!君には言われたくな・・!」
「俺はもうちげぇよ」
反射的に言い返した篠宮の言葉を、慎也は一瞬で否定した。
「は?」
「この状況を見てお前はまだ俺が偽善者だって言うのか?」
「・・じゃあ君は、この行為を正義だと言うつもりかい?」
「バーカ。それもちげぇな」
そう言うと慎也は篠宮の方に歩み寄る。
「俺はいじめに関してだけは善にはなれない。だから俺は・・
伊村のために"悪を潰す悪"になる!」
「ぐはっ!」
そう言い放った慎也は篠宮の腹部を蹴り飛ばした。蹴られた篠宮は腹部を押さえながら慎也を睨みつける。
「村上ぃ・・!」
「お前への断罪はこれで充分だな。さて・・」
慎也は篠宮から視線を外すと、原田たちの方に向き直る。
「待たせて悪かったな。次はお前らだ」
そう言って慎也は拳を強く握る。その瞬間、一瞬だけその拳に
黒いオーラが現れた。
(!?今のは・・!)
それを怜が見逃すはずもない。一度先日の骨の魔術師との戦いで黒いオーラを見たことのある怜は、慎也がそれを纏っていることに驚いた。そしてそれと同時に今の慎也の心境を理解した。
(・・あなたは、本気で伊村さんのために怒ってるんですね。少し伊村さんが羨ましいです。ですが・・)
鈴川は竹刀を強く握り締め、歩み出す。
「じゃあまずは足からいくか」
「い、いやぁ!」
「誰か助け・・!」
「喋んなカスど
・・っ!」
振り上げた腕を慎也はすぐさま下げ、横から振られた"竹刀"をガードした。
「・・・何のつもりだ、"鈴川"」
「見たまんまですよ」
「そうか。なら!」
慎也は竹刀を弾き、鈴川の顔に目掛けて拳を突き出す。それを鈴川は頭を傾けて紙一重で躱し、後ろに飛んで距離をとる。
「こうされても文句はねえよな?」
「・・ええ。むしろ望むところです」
(躱せなかったら危なかったですね。正直体に恐怖で震え上がりそうです。でも・・)
「す、鈴川ぁ!」
「あんたが助けてくれるなんて・・」
「勘違いしないでください!私はあなたたちの言動を許しませんし、むしろ村上君の行動を肯定します!」
「ならなぜ俺の邪魔をする」
「あなたに悪に染まってほしくないからです!」
そう言い放ち、怜は慎也に急接近して竹刀を振る。しかしそれを慎也は軽く腕で受け止めた。
「俺は充分染まってるんだが?」
「いいえまだ戻れます!今ならまだ友人のために怒って暴力を振るった生徒で片付けられるんです!だから・・!」
「・・悪いな鈴川、伊村と約束しちまったんだよ。いじめを止めるって。だから少しでも手を出す可能性のあるこの3人は、消さないといけないんだ」
「そんな・・」
「だから鈴川」
慎也は竹刀を受けている腕とは反対の腕を構えると、怜に向かって拳を突く。それを怜はまたも紙一重で躱し後ろに下がる。
「邪魔をするならお前も消さないといけない」
「っ!」
そう言うと慎也は一瞬で怜との距離を縮め、魔力を溜めた手のひらを怜の目の前に突き出した。
(まさか!)
「『ウィングショット』」
怜は咄嗟に頭を傾ける。するとそれとほぼ同時に慎也の手のひらから風の球が放たれた。怜はなんとかそれを間一髪で躱わせたが、後ろの壁にそれが当たると周りに風が起こった。
「なんだ!?」
「急に風が!?」
「窓閉めてるのに!?」
(他の人には速くて見えなかったようですね)
「最後のチャンスだ。次は当てる」
「望むところです!」
そう言って怜は竹刀を全力で振り、慎也に3連撃をお見舞いする。しかしそれを慎也は軽々と受け流していった。
(これじゃ村上君には届かない!もっと速く!)
さらにスピードを上げて竹刀を連続で慎也に振る怜。しかし相手は慎也である。怜の攻撃がどんなに速くても慎也にとっては所詮は普通の人間。次々と繰り出す竹刀の攻撃は全て躱されてしまう。
「くっ!」
「お前はやっぱすげえよ。普通の人間の中ではな」
「っ!?」
怜の攻撃の合間を縫って、慎也は怜の腹部を拳を打ち込んだ。その衝撃で怜は後ろにぶっ飛び、背中を強打する。
「がはっ!」
(速すぎる。反応できない・・!)
腹部を押さえて痛みに耐える怜。そんな怜に慎也は歩み寄って行く。その様子を見ていたクラスの者たちからは困惑の声が上がる。
「う、嘘だろ・・」
「あの鈴川が負けてる」
「おいやべえぞ!」
(立たなくては、やられてしまう!)
竹刀を支えにしてなんとか立ち上がる怜。しかしその頃には慎也はすでに怜の目の前に立っていた。
「俺相手によく頑張った方だ」
「出来ればもう少し頑張りたいんですけどね」
「それは叶わねえよ」
そう言うと慎也は手に魔力を少し込めて手刀を作る。
「それじゃあ眠れ、鈴川」
「くっ!」
慎也は作った手刀を振り上げると、怜の首目掛けてその手刀を振った。
バコン!
「っ!?」
するとその瞬間、横から勢いよく"サッカーボール"が飛んで行き、慎也の頭に直撃した。その衝撃で慎也は少しよろめくが、すぐさま体勢を立て直し、ボールが飛んできた方向を睨んだ。
「・・亮太」
「悪いな慎也。今回ばかりは俺は鈴川の味方だ」
そう言ってサッカーボールを拾って笑みを浮かべる亮太。
「森塚、君」
「悪い鈴川。出遅れた」
「いえ、助かりました」
「お前も邪魔をすんのか」
「当たり前だろ。それに友達がこんなことしてて、見て見ぬふりなんてやっぱ俺には無理らしいしな」
「森塚君・・」
「善とか悪とか俺にはさっぱりわからん!でも少なくとも、俺は今鈴川と同じ気持ちでここに立ってる。覚悟しろよ慎也!」
そう言ってボールを床に置き笑う亮太。その亮太を見て、怜も笑みを溢すと竹刀を構えた。
「・・わかった。そこまで言うなら、俺も"全力"でいかせてもらう」
慎也の全力宣言に身構える2人。そして慎也は一歩を踏み出した・・・瞬間であった。
「っ!?が・ああ・・あがっ・・がああ!」
「「!?」」
突然慎也は頭と胸を苦しみ始める。その様子に亮太と怜はもちろん、周りで見ていたクラスメイトたちも困惑していた。そして・・
「がああああああああああああああ!!!!」
その瞬間、慎也は苦痛の絶叫と共に"黒いオーラ"を纏った。
「な、なんだよあれ!?」
(村上君の力?でも本人は苦しんでいるように見えますし・・まさか暴走?)
「ぐぁ・ああ・・あがぁ・・がああ!!」
黒いオーラを纏いながら、慎也は未だに頭と胸を押さえて苦しみの声をあげる。その様子に怜は冷や汗をかく。
(・・・このまま暴走して、暴れるようなことがあれば、おそらく彼は誰にも止められないでしょう。ならいっそここで私が彼を・・)
そう思って竹刀を強く握る怜。しかしその手は小刻みに震えていた。
(・・私は、友人を殺せるほど、強くなかったみたいですね)
「村上君!正気を保ってください!」
「うぐぁ・・鈴・川?」
「そうです私です!」
「よくわかんねえけど、慎也!落ち着けって!」
「森・・塚?・がぁ!・・にげ、ろ!俺に・・構わず!」
2人に逃亡を促す慎也。しかしその言葉とは裏腹に、足は2人の方へと向かっていた。
「っ!・・・森塚君、逃げますよ」
「でも慎也が!」
「彼は今何かに抗っています。なら私たちは、彼が正気を保てている間に、彼の言う通り逃げるべきです」
「でも逃げるたって扉は・・」
「そんなもの実力行使ですよ!」
「じ、実力行使!?」
「あなたの足と、みんなの力なら、あんな氷すぐに破れるでしょう」
「ちょっと待て。その言い方だとお前は・・」
「・・村上君にこれ以上人を傷つけさせたくないのなら、早くしてくださいね」
そう亮太に言って、怜は竹刀を強く握りしめて慎也の方に歩み出した。
「鈴川!」
「任せましたよ。森塚君」
(そして、たぶんここでお別れですね)
黒いオーラを纏い、苦しむ慎也を目の前にして、怜は死を覚悟する。
「村上君、参ります!」
「鈴、か・・ぐぁ!がああああ!ああアあアアああ!!」
ほぼ同時に攻撃を仕掛けた2人。しかしスピードは慎也が何枚も上手で、怜が竹刀を振り下ろす前に、怜の顔面目掛けて魔力の込もった拳が放たれた。
バコーン!!
その瞬間、教室内に1つの高音が鳴り響く。
「・・え?」
しかしその音は、慎也の拳が命中した音でもなければ、怜の竹刀が当たった音でもない。"扉が破られた音"であった。
(いったい誰が・・)
教室内の人間全員の視線が、破られた扉の方に向く。そしてそこから、1人の人物が入ってきた。
「・・伊村さん?」
「・い・・む、ら?」