第12話 VS大柄のゴブリン 覚醒せし目
一章のボス的存在との戦闘です
「はぁ・・はぁ・・あれからもう何時間経ったんだ?」
慎也がエテラと帰ることを決心してから数時間後。あのあと慎也は気絶したエテラを守りながらも必死に戦い、時間帯は今夕方になっていて空は慎也が森に入った時より暗くなっていた。そして慎也は今体中を怪我しており、腕や脚にはゴブリンに棍棒で殴られた怪我が数個あり、怪我を治しようにも慎也には魔法を使えるほどの魔力や持ってきたポーションは残っておらず、まさに絶対絶命の状況である。しかしゴブリンたちもまた同じで、慎也と戦う際に、何十体もの犠牲を出し今はゴブリンコマンダーを含め、20体ちょっとしか残っていなかった。
(くそっ!あと少し倒せばここから帰れるのにこんな時に身体が限界すぎて動くことを拒否する。頼む!あと少しの辛抱なんだ!)
「グギャアア!」
「っ!?・・くそっ!」
ゴブリンコマンダーが奇声をあげたことによって、慎也に向かって3体のゴブリンが走り出す。慎也は体がよろつきながらも剣を構える。1体のゴブリンが、持っている短剣を走りながら、慎也の脚を狙って振り上げる。慎也は自分の体の状況をわかっているため、後ろに飛んで躱すのではなく、地面を横に転がり躱す。そして避けたらすかさずゴブリンの頭に剣を刺して、次のゴブリンの対応をする。今度は2体同時に慎也に襲いかかる。1体のゴブリンが爪で慎也を引っ掻こうとするが慎也はその攻撃を躱して、胸に剣を刺す。そしてすぐにもう1体のゴブリンが棍棒を振り上げながら走ってくるが、慎也は冷静に地面に転がっている短剣をゴブリンに投げる。投げた短剣は見事ゴブリンの頭に刺さり、ゴブリンはその場に倒れる。
(なんとかなったな。てか体中がくそ痛いんだけど!運動会をやった次の日の筋肉痛より痛いんだけど・・・いや比べる対象おかしいな)
慎也がそんなことを考えているとゴブリンコマンダーが再び奇声をあげる。
(くそっ!来るならこい・・・・・あれ?全然来ないんだけど?)
「グギャ?グギャギャ!」
「グギギ」
慎也は剣を構えながらも突然の事態に困惑している。一方ゴブリンたちは慎也を見ながら身体を震わせていて、ゴブリンコマンダーが奇声をあげても慎也に襲いかからず、逆にゴブリンコマンダーに向かって何かを言っていた。
「グギャギャ!」
「グギャアァ・・・グギャ!グギャアアアアア!!」
「え、何!?くそうるせえんだけど!」
ゴブリンたちが何か話し合った末、ゴブリンコマンダーが、慎也達と出会って以来一番大きな奇声をあげる。すると、森の中に大きな足音が響く。
「何だ!?」
「グゴオォ・・」
「っ!?マジかよ!」
慎也が音のする方へ目線を向けるとそこには、通常のゴブリンより約4倍の大きさの体、腰にはかなり大きい布を巻いていて、背中には大剣の納めてある鞘を斜めにかけているゴブリンが慎也達の方へ歩いてきていた。
(まずい!今の状態であんな奴相手に戦ったら確実にやられる!今ならゴブリンたちの数も少ないから無理にでもエテラさんを背負って逃げよう!)
慎也は剣を鞘に納めてすぐさま気絶しているエテラの方へ残っている力を振り絞り、走り出す。しかし、あと少しというところで慎也は大柄のゴブリンとは逆の方向へ飛んでいき地面に倒れる。
(今何が起こった!?あと少しでエテラさんに触れらるっていうところで何かに飛ばされて・・・なるほどあいつの仕業か)
慎也の目線の先には慎也に向かって片手を前に突き出している大柄のゴブリンがいた。
(おそらくあいつがなんらかの魔法を撃ったんだろ。けどそうなるとここから逃げるにはあいつを倒さないと無理か・・・・あああくそっ!面倒だがやってやる!)
慎也は鞘から再び剣を抜き構え、大柄のゴブリンの動きを警戒する。その様子を見て大柄のゴブリンは背中にかけている鞘から大剣を抜き、先端の部分を地面に引きづらせながら慎也の方へ走り出す。大柄のゴブリンは慎也の前まで行くと斬り上げるように剣を振る。その攻撃を慎也は剣で防ぐが、大柄のゴブリンのあまりの力によって慎也の体が宙に浮く。そして、大柄のゴブリンは慎也の落下のタイミングに合わせて慎也に腹部に拳を打ち込む。それに合わせて慎也も剣で身を守るが・・
「グハッ!」
(くそっ、マジか!)
あまりの衝撃に耐え切れず慎也は後ろにぶっ飛ばされ、木に激突する。その瞬間慎也の背中に激痛がはしり、気を失うところだったが、幸い体中の怪我の痛みのおかげで免れた。
(痛っ!あいつ力ありすぎだろ!あんなやつどうしたら勝てるんだよ!どうしたら・・・・)
慎也は必死に作戦を考える。しかし、今の短時間で味わった自分と大柄のゴブリンとの力の差。そのせいで作戦を考えるどころか、慎也の頭の中は次第に、「本当に勝てるのか?」「立ち向かったところで無駄じゃないか?」などの後ろ向きな言葉に埋め尽くされる。そして慎也は悟った。"どう抗っても奴には勝てない"と。
(・・・思いつくわけねえか。今のをくらってわかっただろ、今の俺ではあいつには勝てねえことを・・・あれ?じゃあなんで俺はあんなにも必死になって戦ったんだ?なんでだっけ?・・・いやそんなことはどうでもいいか。今の攻撃で俺の身体はもう動かないし、動けたとしてもまたあのばかでかいゴブリンにやられて人生終了だ)
慎也は諦めた。戦うことも、街に帰ることも、考えることも。それほどまでに、慎也とゴブリンの力の差が大きいのだ。
(大人しくここでもう寝ちまって殺されるのを待つか)
体中の怪我の痛みに疲労感が重なり、尋常じゃない眠気が慎也を襲い、瞼が自然と下がっていく。そして慎也は全てを諦め、ゆっくりと眠りにつこうした・・
瞬間だった。
慎也の頭の中をエテラのあの言葉がよぎった。
『あなたを信じます』
その瞬間。慎也は閉じ切りそうになっていた目を大きく開き、眠気に抗い、全身の怪我の痛みを堪えながら、よろつきながらも立ち上がる。
(!・・・そうだ、俺はエテラさんと生きて帰るために戦っていたんだった。あぶねえ、忘れるところだった。あの人は大量のゴブリンに囲まれた絶望的な状況で、会って2日の俺なんかを信用して命を託してくれたんだ!俺が諦めてどうする!俺は・・・絶対にエテラさんと生きて帰る!)
慎也は剣を拾い、大柄のゴブリンに向かって構える。その慎也の目は、現状に抗い、自身の"意志"を貫き通すことを決意したような目だった。すると・・
『貴様のその強い清き意志、俺の力で可能にしてやろう』
どこからともなく、不思議な声が慎也に語りかける。
(何だ今の?幻聴か?)
『幻聴ではない、現実だ。ブーストアイと唱えろ。そうすれば、貴様次第で生きて帰ることができるぞ』
(ブーストアイ?って唱えればいいのか?なんか胡散臭いが、今はこれしかねえか)
慎也は言われた通りにすることにする。
「『ブーストアイ』」
すると慎也は、自分の体の中の何かが膨れ上がるような感覚になる。そして、それと同時に慎也の両目が、綺麗な紅に染まった。
『どうやら貴様はふさわしい器だったらしいな。では健闘を祈っている』
(なんだこれ!?今までに感じたことのないような感覚だ。今の俺なら勝てるか?・・・・いや、勝つ負けるの話じゃない!決めたじゃねえか。俺は自分のためにも!エテラさんためにも!ここで戦わなくちゃいけないんだ!)
「グオォ」
「こいよデブ野郎!俺はもう諦めない!俺はおまえに勝って街に帰る!」
「グオオオオオオォ!!」
大柄のゴブリンが大剣を振り上げながら、慎也に向かって走り出す。そして大剣のとどく範囲に入ると大柄のゴブリンは慎也に大剣を力一杯振り下げる。慎也も腕に力を入れ、大剣の攻撃を防ぐ。
(なんだ、こいつの攻撃がさっきより弱く感じるぞ?もしかして『ブーストアイ』のおかげか。なら好都合!)
「グオ!?」
慎也は腕に力を入れて大剣を押し返し、大柄のゴブリンは突然の事で対応できず、身体をふらつかせる。慎也はその隙を見逃さずに、大柄のゴブリンの腹部を剣で2回斬りつける。
(こいつの体硬った!?普通に攻撃しても無駄か!)
大柄のゴブリン腹部についた傷はかなり浅く、大柄のゴブリンは意に介さず、大剣を横に振る。慎也は咄嗟に後ろに跳び躱すが、胸部を大剣が掠り、そこから出た血が服に滲む。そしてすかさず大柄のゴブリンは慎也に向かって右手を突き出す。
「グオオ!」
「うおっとあぶね!」
大柄のゴブリンが声をあげると、手の平から緑色の玉が放たれる。慎也はその玉を間一髪横に転がり回避する。
(あれか、さっき俺に当てたのって。色的に風属性か?)
「グオッ!」
「あいつ手加減なしかよ!」
慎也が避けたところを、再度大剣で斬りつける大柄のゴブリン。慎也は後ろに跳び躱すと、大剣が地面に当たった瞬間土が舞い上がり、地面には数mほどのヒビができる。しかし慎也はそんなことを気にせず、先程から疑問に思っていたことを考える。
(てかさっきから思ってたけど身体がめっちゃ軽い!俺って全身怪我してるんだよな?・・・・うんめちゃくちゃ怪我してる。自分で見ても痛そうと思うくらい怪我してる。『ブーストアイ』って痛みを感じさせない能力なの?まぁ今の状況下だったらめちゃくちゃうれしいけど・・)
「グオオオ!」
(まともに戦えるようになったからってあいつを簡単に倒せるわけでもないし・・・・・仕方ない。少し卑怯だが・・)
慎也は何か思い付き、大柄のゴブリンの周りを走り出す。その間に慎也が倒してきたゴブリンたちが持っていた短剣を5本ほど取り、その短剣を大柄のゴブリンに投げつける。すると、慎也が投げた5本のうち1本が、大柄のゴブリンの目に刺さる。
「グオオオオオオオ!!!」
(よし!これで少しはマシに・・)
「グオオオオオオオオオオ!!!!!」
(あれ?これもしかしなくても逆効果だった?)
慎也は短剣を大柄のゴブリンの目に刺し、視界を奪うつもりだったらしい。そして短剣が見事目に刺さり、視界を奪えたが、視界を奪ったことで逆に大柄のゴブリンの怒りをかうことになったらしく、目が見えなくなった大柄のゴブリンはがむしゃらに大剣を振ったり魔法を撃ったりしだす。
(大剣はあいつから離れてれば当たらないけど・・)
「グオオオオオ!!」
(魔法の数がやばい!必ず俺の方へ飛んでくるっていうわけじゃないけど、そこら中に落ちてる棍棒と短剣に当たったりして時々こっちに飛んでくるし、魔法もこっちに飛んでくる時あるから少し面倒なんだけど)
「グオオオオ!!」
(あぶね!また棍棒飛んできたよ・・・・あれ?そういえばゴブリンコマンダーたちどこいった?)
慎也はゴブリンたち戦う原因となったゴブリンコマンダーがいないことに気付き、辺りを見渡す。すると少し離れた木の後ろに震えながら隠れている姿を見てつける。
(いやおまえってあいつより上の立場だろ!震えてんじゃねえよ!)
心の中でゴブリンコマンダーにツッコミがらも、慎也は次々と飛んでくる棍棒と短剣を躱していく。しかし、今の慎也でも全てを完璧に避けれるわけもなく、時折短剣が体を掠ったり、棍棒が脚に当たり、もつれることもある。
(くそ、これじゃあ埒があかねえ。ゴブリンコマンダーの命令であいつを鎮めるっていうのは無理そうだしな・・・仕方ない、一か八か突っ込むか。ここであいつの体力がなくなるのを待ってたらいつか飛んでくる短剣にやられそうだし)
そう思い慎也は大柄のゴブリンへ走り出す。その様子を見たゴブリンコマンダーが慌てて声をあげる。
「グギャ!グギャアアア!」
「グオオ!?」
(あいつ今頃になって命令しやがった!おそらく俺が近づいて来てるっていうこと知らせたんだろう。面倒だな!)
「グオオオオ!!」
ゴブリンコマンダーの奇声に大柄のゴブリンは動き止め、残った片目で辺りを見渡す。すると近づいてくる慎也に気付き、慎也に向かって緑色の玉を放つ。慎也はそれを横に飛び躱し、再び走り出す。
(少し試してみるか)
慎也は少し気になることがあるらしく右手を前に突き出し、右手に神経を集中し、こう叫ぶ。
「『ファイヤーボール』!」
「グオオ!」
慎也がそう言うと、魔力の残っていない慎也から本来出るはずのない火の球が、右手から放たれる。それを大柄のゴブリンは大剣を盾にし、防ぐ。しかし慎也はそれとは別に、今の自分が魔法を使えることにかなり驚いていた。
(・・・出ちゃったよ。え、『ブーストアイ』って魔力も回復するの?なにそれ有能。それに今の火の玉絶対今までの中で1番火力が高かったな。もしかして魔力回復以外に火力上昇の効果もある?・・・・っともうすぐであいつの目の前だ。魔法が使えるんだったら使わせてもらう!出し惜しみ無しだ!)
「グオオオオ!!」
大柄のゴブリンが慎也が大剣の届く範囲に入った瞬間大剣を薙ぎ払うように横に振る。慎也はその大剣を最低限の高さを跳び躱す。そして、慎也は大柄のゴブリンの顔の目の前に跳び、剣を持っている手とは逆の空いている手でその顔を掴む。
「しっかり味わえよ!『ファイヤーボール』!」
「グオオオオオオ!!??」
慎也はその手から容赦なく魔法を放つ。その瞬間大柄のゴブリンは顔が燃え、その場に倒れ、大剣を離しのたうちまわる。慎也は大柄のゴブリンの胸から飛び、一度距離を取ってから再び近づき、大柄のゴブリンの体を足場に、顔の真上まで跳び、剣を持っている手を後ろに引き、狙いを定めるように逆手を大柄のゴブリンの顔に向かって突き出し、急降下する。そして・・
「これで!終わりだああああああああ!!!」
「グオオオオオオオオオオ!!!」
大柄のゴブリンの頭に剣を勢いよく刺した。その瞬間慎也の剣が急な衝撃に耐えきれず、砕け散った。