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夏のホラー2020

採用、採用、採用、やっぱり不採用

掲載日:2020/07/23

 運転士に求められる資質。


 正確性。ダイヤを忠実に守ることは、当然の使命であり、最低条件。


 乗客を思いやる気持ち。もちろん運転技術も欠かせない。


 夜通し勤務にあたらなければならず、体力が要でもある。


 運転士に求められる資質。


 幸いにも、適正のある、優秀な人材が、これまで採用され続けている。或いはそれは奇跡とも言い換えられる。


 昨年までの私も、その一人だった。


 安全確認をして、指差し呼称、レバーを握ればたちまち運転士としての自分が顔を出す。


 運転士は乗客を各駅に届ける。例え頭が痛かろうが、寝不足だろうが、己の不調とは無関係に、路線が遅滞なく循環することを最上位とする運転士に変身する。


 昨年までの私は、誠実な運転士の鑑だった。


 皆勤賞は当たり前、後輩の教育、売店とのコミュニケーション、駅コンパや個展を提案するイノベーティブな役割も担い、誰からも一目置かれていた。


 今年、妻が死んだ。


 がん。脳腫瘍。


 この国の死因としては、珍しくはない。


 心に穴が開いた私は、レバーを握っても、指差し呼称をしても、運転士になれなくなった。


 それまで呼吸をするようにできていたことが、ダイヤは乱れ、発着は遅れ、人との会話を避けるようになった。


 しかし周囲は私の変化を一過性ものと捉えた。


「調子悪いようだけど、便りにしてるんだ。頼むよ」


 私にばかり背負わせないでくれ。


「ねえ、駅弁の発注のことなんだけど、来月の売れ筋はどれになりそう?」


 私に聞かないでくれ。


「先輩、仮眠室の模様替えっていつでしたっけ」


 そんなことはどうでもいい。


 そう、どうでもいいのだ。妻のいなくなった世界など。


 どこからか悲鳴が聞こえた。乗客たちの車両が慌ただしい。


 ふと、レバーがいつの間にか、奥に押し込まれていた。


 いつもは次の踏み切りで警笛を鳴らすのだけれど、忘れてしまった。


 電車があまりに早いので、遮断機が開いたまま通過したことが、錯覚のように思えた。


 無線の信号がひっきりなしに点滅している。


「止まれ!何をしている。止まりなさ」


 曲がりきれるはずもなく、列車は軌道を逸れて。



駅員一人の考えで、たくさん殺せるから



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― 新着の感想 ―
[良い点] こういう怖さも確かにあるのだなぁと、感心しました。運転士も人であり、体調、精神状態がいつも同じではないのだから。着目点が面白い作品だと思いました。楽しい作品、有り難うございました!
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