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俺が黒の商人と呼ばれるまで  作者: 茄子大根
第一章 再出発 
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1.8食文化も遅れています

 今日の夕飯メニューは、角牛のステーキだった。

 付け合わせは、人参にジャガイモ。後、主食のご飯に味噌汁。

「やったー肉だー!」「おいしい!」「むむ!」

 皆、久々のステーキに感嘆の声をあげながら食べている。

 ビルなんて涙を流しながらだ。


 それもそのはずで、このバーク属領は、俺の暮らしているハボン王国の中でも特に牧畜が遅れている地域である。

 その一番の理由は、魔獣の多さである。大量に家畜を育てようものなら、すぐに魔獣に食べられてしまうのである。

 おかげで、領内で殆ど家畜を見ない。稀に家畜を育てていても一番は、農作業用、次に生乳や卵といったもの、最後に肉である。


 それでも領主だし優先的に入手可能だと思うのだが、元庶民である母さんの昔の体験から中々肉を買ってくれない。

 贅沢物だそうだ。

 結果、日々の食事に出てくる肉と言えば、スープに入っている干し肉のかけらぐらいのものであり、食べ盛りの俺たち兄弟には物足りない食事となっていた。

 だからこそワーグさんが狩って来てくれる肉には、皆大喜びなのである。

 そんな貴重な肉を食べ、ご飯を頬張り、味噌汁を啜る。

 どれも美味い。実に贅沢な食事だ。だが、此処に至るまでには、少しだけ難関があった。

 一年ほど前までは、それはもう味気ない食事だったのだ。


 まず肉は、塩を振って焼いただけで出て来ていた。

 新鮮な肉だから、ただ焼いただけでも美味しい。そこに塩を付けて出てくるのだから、そこそこ美味しい。

 皆も満足していた。それしか知らなければ。

 

 しかし俺だけは物足りなく感じていた。

 日本で調味料溢れる料理を食べていた、そんな記憶がある俺からしたら味気なく感じてしまったのは仕方がない事だった。

 何とかしたいと考えても、文明の遅れているこのジアス、当然のように調味料の種類は少ない。

 普段使う調味料も、塩と味噌が主流であり、みりん、醤油を見たことがなかった。一応、砂糖は存在するようだが、高級すぎて我が家の食卓に並ぶことなどないものだった。

 さらに言うと母さんは、元庶民。

 料理への探求心などなく、お腹いっぱい食べられれば幸せという感覚であった。

 ただ、自分の親から習ったであろう作り方を繰り返しているだけである。


 それでも何とかしたい、と食べ物にこだわる元日本人の精神が滾って来た俺は、改善に乗り出したのだ。

 そんな食生活改善に向けて、まず俺が行ったのは、食材の調査だった。


 いつもなら本を読んでいる時間に厨房へと行き、食材をあさる。

 厨房や食材保管庫である氷室で見つけたのは、米に塩に味噌に酢に酒、あとは、玉ねぎ、人参、大根、ジャガイモ、肉片などの食材だった。

 この時の俺の感想が、「意外とあるなぁ」だった事を今でも覚えている。


 そしてその食材を眺めながら俺は思いついた。これだけあればアレが作れると。

 そう考えた俺は、次のステーキの時にこっそりと作った。

 鉄板に残った油でみじん切り玉ねぎを入れ、飴色になるまで炒めてから塩に酢に酒、それから醤油の代わりに味噌を入れて作り上げたのは、玉ねぎ味噌ソースだった。

 

 このソースを付けたステーキを口に入れた時の母さんの姿は、今でも忘れられない。

 カッと目を見開いて暫く放心した後、膝から崩れた母さんが涙を流していたのだから。「アル、ごめんね。母さん料理が下手で」とつぶやきながら。

 それからの母さんは、凄かった。何度も何度もソースを作り、俺が適当に作った玉ねぎ味噌ソースを超えるソースをいくつも作り出したのだから。

 かくして、ステーキの日が家族にとって、これまで以上に楽しみになったのだった。

 

 だが、俺はもう一つ物足りないと感じているものがあった。それは、味噌汁だった。

 ちなみに、ご飯は今でも旨味と甘味が足りないと感じている。だがこれは品種によるところが大きいので、今のところ諦めている。

 将来は、品種改良に手を出したいと考えてはいるが。


 話を味噌汁に戻そう。

 味噌汁の味が足りない理由を探すにおいて、まず初めにメイドのアヤミさんに母さんがどうやって作っているのかを聞いた。

 このアヤミさんは、クレイン家唯一のメイドで父さんにかなり昔から仕えているらしい。

 そのアヤミさんの話によると母さんが作る味噌汁は、具であるキノコや野菜を茹でて味噌を入れるだけのものだった。

 その話を聞いて俺は気付いた。

 母さんには出汁と言う概念がないのだという事を。

 古いメイドであるアヤミさんも

「料理の技術のことは料理人に聞かないと……」

 とのことだった。

 出汁という和食を作る人ならだれでも知ってそうな知識が伝播していないことに驚きながら、俺はどう改善するかを考えていった。


 出汁を取る。言うのは簡単だが、実際には難しいことだった。

 なにしろ出汁用の材料と手間と時間がかかる。スープの素などないのだから。

 動物の骨を長時間に込むのが現実的かな? でも味噌汁には、海の幸で出汁を取りたい。

 などとかつてのインスタントみそ汁の味を思い出しながら、裏庭で首をひねる。

 目の前でビルとユーヤ兄が何かの棒を持ってチャンバラをしているのを眺めながら。

 

 カンカンと高い音をたてながら行われるチャンバラ。

 そのチャンバラに俺は何とも言えない違和感を覚えた。

 何かが違うと。

 俺は改めて二人を観察する。

 すると分かってくる普段との違い。

 それは二人が手に持つ、40㎝ぐらいの変な形で表面がざらざらの茶色い棒だった。

 聞くと、母さんが店で貰ったけど何に使うか分からないからとくれたとのことだった。

 その棒を見て俺は、首を傾げた。何処かで見たことがあると。

 どこで見たかなと棒を手に持って匂いを嗅いで俺は、思い出した。

 

 ――削る前のかつお節だったのだ。

 

 すごく長いから気付くのに時間がかかってしまったけど。


 それから俺は二人に「これ大事なものだから返して」とお願いして、母さんにかつお節の使い方を教えに走った。

 鼻息荒く教える俺に「何で知っているの? 料亭の味を」と聞かれたので、本で読んだと誤魔化して説明を続ける。

 結果、味噌汁も旨くなった。

 いや、それだけではない。

 母さんは料理自体に興味を持ったらしく、日々の料理に工夫を行うようになった。

 そして俺の食生活は現在進行形で改善されていくのであった。


 たまに何とも言えない味の料理が出てくるのはご愛敬だが。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アル君が食文化を動かした事に感動、玉ねぎ味噌ソースが美味しそうで実際に食べたくなった。 [気になる点] 特になし… [一言] 素晴らしい家族回、平和of平和 実はこの作品のタイトルを見て中…
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