2.42黒の商人って、もしかして俺ですか?
一連の騒ぎから一夜明け、俺たちは学園へと向かっていた。
騒動の関係で、馬車が足りないため徒歩での登校となったが。
朝の通学路を7人そろってぞろぞろ歩く。
すると。
「あー、今日は朝から算数だー。帰りてぇー」
ビルのいつもの愚痴が始まった。
「ビル兄さん、何言っているの? 真面目に勉強しないと進級できないわよ。そしたらユーヤ兄さんも困る事になるのよ。分かっているの?」
即座に突っ込むシェール。
そんな二人のやり取りを眺めて歩く。
普段通りの俺たちだった。
だが、この時、俺は気付いていなかった。
あたりの視線を集めていることに――。
最初に声を掛けてきたのは、たまに果物を買う八百屋だった。
「お、赤の勇者様じゃないか。これ持っていきな」
ビルの顔を見るなり、リンゴを投げてくる店主。
「ありがとう!」
ひょいと受け取ったビル、そのまま口へと入れた。
すると、それを皮切りに。
「あ、あの赤の勇者様! さ、サインください」
「あんた、何抜け駆けしているのよ。私にもサインと握手を……」
「あの、勇者様に、お菓子作ってきました。食べてください」
と言い寄ってくる登校中の女生徒。
他にも。
「白の聖女様。おかげさまで古傷まで完治しました。これ少ないですけど、せめてものお礼です」
拝むようにお金を包んでくる魔獣駆除員。
「聖女様。病気の母に、ご慈悲を」
病人を背負って拝もうとしてくる青年。
「森の聖母様。うちの子の胸が成長するように祈ってやってください」
本当に拝んでくる奥さん(貧乳)。
「漆黒の守護者殿。魔獣駆除に興味はないか?」
勧誘してくる魔獣駆除組合。
なんてのはまだましで。
「青の賢者というのは貴様か? 大人しくついてこい。貴様ごときが伯爵家に逆らえると思うなよ」
強引に連れ去ろうとする貴族。
「時空桃姫などと粋がっているガキめ! 時空理術で我が商家に貢献させてやろう」
多数の用心棒を引き連れて脅すように取り囲む商人。
などなど、良きにつけ悪きにつけ数えきれないほど声を掛けられた。
もちろん、お金は断り、病人には理術を掛けた。
サーヤが。
そして、強引な奴らには、相応の反撃を食らわせて撃退した。
シェールが。
そんな中、俺だけは。
「本当に、お荷物だったのだな。あの能無し商人」
「全くだ。戦うどころか現場にもいないなんて、よく、あのメンバーの中にいられるよな。俺だったら耐えられない」
「噂では裏で弟妹や幼馴染を操っているらしいぜ。その関係で仲間内でも、黒の商人って言われて蔑まれているそうな」
「その噂、俺も聞いたぜ。何でも火竜との戦いの後、勇者様と賢者様が話していたって……」
「本当か? それなら勇者様や聖女様の弱みでも握っているのかもな」
と学園の生徒が話す、全く身に覚えのない噂が耳に届く。
聞いていた俺はというと、内容に驚き思わずビルとシェールの顔を見てしまう。
すると。
「アルにぃ、ごめん。確かに言った」
と頭を下げるビル。
シェールも。
「ただの冗談だったの」
と頭を下げて謝ってくる。
俺は正直、勘弁してほしかった。
いや、話も内容も問題なのだが、今、一番気になるのは、町中で、『赤の勇者』とか『青の賢者』と呼ばれる二人が俺に頭を下げている事だ。
そんなことをすれば当然、
「見ろよ。あの黒の商人。公衆の面前で勇者様と聖女様に頭下げさせているぞ」
「嘘だろ⁉ 二人が何したって言うのか。ただ兄だってだけで、あの所業。卑劣すぎるだろ」
さらに俺を非難する声が上がる。
慌てて二人の頭を上げさせる俺。
周りの声が聞こえていたのだろう、バツの悪そうな顔をする二人。
俺たち三つ子は揃って、その場から逃げ出した。
騒動は学園に着いても変わらなかった。
いや、学園の方が酷くなったぐらいだ。
子供たちにとっては、いいネタなのだろう。
弟妹や幼馴染――ラスティ先生やサクラを含む――を褒めたたえる声と、俺を蔑む声は、止むことは無く聞こえてくる。
授業を終えると同時に、俺は逃げるように城へと帰った。
中身が大人の俺でも、流石に
「なんも悪いことしてないのに黒の商人って……」
気分のいい物では無かったから。
部屋のベッドに一人座る俺。
「はぁ~」
気付けば、ため息が漏れていた。
しばらく何もする気が起きず、ボーっとしていた俺。
そこに。
「もぉ、しょうがないわね~」
あきれ顔で現れたのは、いつもと違い、面積の小さいシャツに短いスカートを履いた、やたら露出の多いラスティ先生だった。
そんな先生、おもむろに俺の横に座ったかと思うと、俺を後ろからぎゅっと抱き上げ膝の上へと座らせる。
さらには。
「こうするのも久しぶりねぇ」
と、頭を撫でだした。
ラスティ先生の突然の行動に、驚きつつも何だか抵抗する気がしない俺。
なされるがままに体を預けてしまう。
すると、そこに。
「アル兄様、大丈夫ですか?」
「何で、うちまで……」
これまた、何だか体のラインがはっきりと分かるワンピースを着たサーヤと、そんなサーヤに引っ張られた、ピンクのフリルが盛りだくさんのメイド服を着たサクラが現れる。
そんな二人の服に、俺が「なんだその服?」と思いながらもボーっとしていると、サーヤが近づいて来て俺の右腕を取り抱きしめた。
さらに
「ほら、サクラちゃんも!」
催促するサーヤ。
「ホンマにやるんか?」
サクラ、口では色々言いつつも、赤らめた顔で、おずおずと俺の左手を取った。
「あ、アルが落ちこんどる言うから、しょうがなくやで」
つんつんしながらも、取った手を自らの手で優しく包むサクラ。
俺は、手を引っこ抜いたほうが良い気がするのだけど……できなかった。
そんな三人に包まれた俺、彼女たちの柔らかさと温かさと、そして甘い香りに力が抜けていき――
悪評のことなど忘れ、完全にリラックスしてしまっていた。
どれぐらいその状態で止まっていただろうか? 俺の顔を覗き込んでいたサーヤが告げる。
「ふふ、やっといつもの顔に戻ってきました」
さらに、背後から抱きしめていたラスティ先生が胸を張って、口を開く。
「当然でしょ。アル君だって男なのだから。それに生まれた時から面倒見ているのよ」
その後に続く笑い声を聞きながら俺は背筋を伸ばしていた。
なぜなら、胸を張ったラスティ先生のおっぱいが、俺の背中に強く押し付けられて――二つの塊の形がよく分かるほどだったから。
「えーっと、離してほしいのですが……」
恥ずかしくなった俺、身を捩りながら口を開く。
だが。
「まだです。アル兄様」
俺の横から前の方に身を乗り出し、狐耳で逆の頬をすりすりしてくるサーヤ。
そんな体勢になると、こちらも成長著しい二つの塊が俺の背中に押し付けられて――
前後からオッパイに挟まれる俺。
恥ずかしいし、こそばゆいし、止めてほしいなぁ。と、俺が身をよじっていると――
パシーン!
俺の左手に痛みが走った。
見ると、サクラに思いっきりひっぱたかれていた。
何事か⁉ と思ってサクラを見ると。
――顔の赤さはそのままに怒りの形相へと変わっていた。
「うちが、うちが、恥ずかしいの我慢しとるのに――うちの方なんか見向きもせんと……」
そこまで言って、息を吸い込んだサクラ。
「このオッパイ星人が‼‼‼‼」
盛大に叫んだ。
「うちかて、そのうちに――」
つぶやき胸の辺りを押さえていたサクラが、キッと俺を睨む。
そして。
「ちょっとそこ座り!」
と指さすサクラ。
俺が戸惑っていると、俺と同じく戸惑っていたはずのラスティ先生とサーヤが動き出し、俺だけを床へと正座させる。
それを見たサクラ、腕を組んで大きく息を吸い込み、口を開いた。
「大体なんや、アル。学校の子供らが、ちょっと『黒い商人』やら、言うただけで落ち込むんか? そんなんしとったら、この先、世界を裏から操るなんか、夢のまた夢やないか。分かっとるんか⁉」
捲し立ててくるサクラ。再び息を吸い込んで続けた。
「しかも、なんや? サーヤやラスティはんの好意に甘えて。そんなんやから余計悪評立つんと違うんか? それに、こんな甘えとる暇あるんやったら、悪評つこうて、もっと役に立つことしいや‼ はぁはぁ……」
言い終えて、肩で息をするサクラ。
それを見ていた俺はというと、目から鱗が落ちる気分だった。
――下に見られるなら、それを利用してやれば良い。
言われてみれば、物凄い正論だった。
どうせ近い将来、裏から世界のバランスを取るつもりだから。
そしたら、もっともっと悪評が立つはずだから。
その状況を利用する。
そこまで考えた俺。
「きゃ、あ、アル、何、急に……」
耳元で聞こえたサクラの声で、気が付いた。
そう、あまりの感動に、俺がサクラを抱きしめている事に。
そして驚くサクラをよそに、俺は宣言する。
「なってやるよ。本当の黒の商人に!」
だが。
――ゴン!
「何勝手に盛り上がってのよ‼」
声と共に、俺の脛に響く衝撃。
一切、容赦のないサクラの蹴りだった。
蹲る俺、全く締まらなかい決意表明となった。
第一部 完
作者の状況や、人気を考えた結果、本作は、これにて一旦、閉めさせていただきます。
ここまで読んでいただいた皆様、本当にありがとうございました。
もし、第二部を書くことがあれば、また、よろしくお願いいたします。




