2.39裏から探ってみました
「このあたりだと思うのだけど」
火蜥蜴の群れへと飛び込んで砂煙に巻かれた俺は、すぐに理術『転移』を発動させて戦場から離れた。
その後、ラークレイン北方、魔獣が突然現れたと思われる森にやって来ていた。
森の中を歩きながら気配を探る――と森の中ほどに微かな違和感がある事に気が付いた。
何かを隠そうとして巧妙に隠ぺい工作をした結果、やりすぎて変に目立ってしまっている。
そんな雰囲気の場所の近くで俺は立ち止まり声を上げた。
「ふむ、コソコソ隠れてないで出てきたらどうだ」
何かを隠そうとしているだけで、誰かがいるかは分からない。
だから返事はないかもしれない。
だったら恥ずかしいななんて思いながら発した言葉に果たして――
「な、なぜ分かった!」
返事はあった。
さらに感じられていた違和感が消え、陰鬱な顔をした一人の男が現れた。
「ふむ、どうやら恥をかかずに済んだようだ」
安堵する俺。
「カマをかけただけだったのか⁉ 俺は何て間抜けなのだ!」
対する男は一人頭を抱えて喚いている。
「いや、勘ではないよ。ちゃんと、違和感を覚えてきた」
「それこそ、馬鹿な! 俺の潜伏術は完璧なはずだ」
「それが、そうでもない。完璧を目指しすぎて変に浮いていたから、この場所」
男のいた場所を指さしながら話す俺の言葉に、男は膝から崩れ落ちていた。
「う、そ、だ、俺が、どれだけ時間をかけて……」
言葉に詰まる男に俺は本題を切り出すことにした。
かくれんぼをしに来たのではないのだ。
男の潜伏術に付き合っている暇はない。
「で、あんたが魔獣をけしかけた張本人で間違いないのだな」
四つん這いで項垂れていた男の肩がピクリと揺れる。
「な、何のことだ」
あからさまに動揺している男に俺はさらに言葉を重ねる。
「しらばっくれても無駄だよ。ラークレインから感じていたけど、このあたりから魔獣が発生していたことは間違いない。そして、その場所に潜んでいる人がいる。関係ないなんて言われて信じる人がいると思うのか?」
俺の言葉に、さらに肩がビクビクする男。
そんな態度で、なぜ騙せると思うのか不思議なほどだ。
「くそ、ばれたのなら仕方ない。そうだ。俺が魔獣を召喚したのだ。こうやってな!」
突然開き直った男、何やら杖のようなものを翳し、理力を込める。
すると何もない場所に突如、数十メートル級の魔獣が現れた。
が、あの真龍達に揉まれた俺が脅威に感じるほどの魔獣ではない。
それよりも召喚術の方が気になった。
「へぇ。時空理術の一種だな」
「な、時空魔術を知っているのか⁉ 貴様、生きて返すわけにはいかないようだな」
俺の言葉に驚愕の表情を浮かべた男、物騒な事を言い出した。
そして。
「よし、こいつを殺せ!」
男は魔獣に命を出し攻撃を開始した。
そして始まった戦いだったけど、俺の無造作に振り抜いた一刀で終わろうとしていた。
「な、なんだ。その力は⁉」
またしても驚愕の表情を浮かべる男に、俺は困ってしまっていた。
――あまりにも弱すぎて。
一刀振り抜いただけと言ったが実はその一刀も刀を抜いたわけではない。
だた鞘に入ったままの刀をバットのように振っただけなのだ。
その一刀で魔獣は吹き飛び仰向けになって泡を吹いていた。
攻撃の命を出した男に至っては、その魔獣の姿を見て腰を抜かして座り込んでしまっているのだ。
勇んでやってきたのに、この男の体たらく。
消化不良を起こしそうだ。
さらに。
「ま、まて、俺を殺す気か。そんなことをすれば、仲間が黙っていないぞ。いいのか、俺は、人族至上主義のルーシア聖教の司祭で、今回は、亜人たちと仲良く暮らす紅龍爵領に天罰を――」
自分から話し始める男。
俺が一歩踏み出しただけで怯えてしまったようだ。清々しいほどの雑魚だった。
「――だからな。俺を殺すと、一族郎党に至るまで報復されることになるのだ。分かったか!」
最後は、どや顔で脅す男。
その男の姿に俺は盛大なため息がでる。
いやほんと呆れてしまった。何かもっと黒い陰謀――いや、十分な陰謀なのだが――を考えていた俺の横腹に衝撃が走り吹き飛ばされた。
「ぐ!」
木に激突し衝撃を受けながらも体勢を立て直した俺が元居た場所に目を向けると、二人の人間の姿が目に入る。
仲間が現れたようだった。
「ふはははは、油断したなぁ。俺の演技にまんまと騙されやがって」
「……話過ぎ……」
得意げに語る男に諫めるような声を掛けるのは何処からともなく現れた二人目の敵だった。
口まで覆う真っ黒な頭巾をかぶった暗殺者のような恰好の。
「近くに気配はなかったという事は、魔獣を呼び寄せたのと同じ時空理術系の術か……」
つぶやく俺に訝しげな眼を向けてきた二人目の男。
一人目の男に目で問いただす。
すると。
「そうだ、ゴウ。こいつ、時空魔術のこと知っている。もしかしたら、例の一族の生き残りかもしれない。捕まえて――ごふぅ」
話始めた一人目の男、ゴウと呼ばれた二番目の男の裏拳を受けて口を閉じた。
「ハチ、やっぱり話過ぎ――」
言いつつも、頭巾で覆われた口元を押え言葉を止めるゴウ。
自分も『ハチ』という名を言って情報を与えてしまった事に気が付いたようだった。
「……殺す……」
懐から短剣を取り出すゴウ。
有無を言わさず飛び掛かってきた。




