2.38聖女って誰のことですか
外で魔獣と組合員さんたちとの戦いが始まった時、あたしはサクラちゃんと二人、臨時治療所で怪我人を治していた。
とは言っても実際に直すのは、あたしだけ。
サクラちゃんは補助? 護衛? みたいな感じで。
「はい、傷口は塞ぎましたよ。でもしばらくは無茶しないでくださいね。直ぐに開くことがありますから」
あたしは大きな犬耳をもった組合員さんに話しかける。
けど、組合員さん聞いて無いようだった。
「な! 傷がないぞ! どういう事だ。何が起こった。理術なのか?」
組合員さん、傷のあった肩口を触ったり擦ったり、さらには叩いたりしている。
「だ、ダメですよ。叩いたりしたら傷が開いてしまいます」
私は慌てて組合員さんの手を掴み止めさせる。
「ダメです。傷は見えないですけど。まだありますから。大事にしてください」
組合員さんの手を優しく握り、再度、声を掛ける。
すると何故か握っていた手を引っ込めて顔を赤くする組合員さん。
「あ、ああ、分かった……」
とつぶやいて走り去ってしまった。
「あ、また、です。また、走って行ってしまいました。何ででしょう?」
そうさっきから、こんなことばかり起こっている。
何故か治療後、顔を赤くして走り去ってしまうのである。
「事後ケアの話もしたいのにぃ」
そこまで話をして、治療は終わり。そう思うのに上手くいかない。
少し落ち込んでいると横から、くすくすと笑い声が聞こえた。
「みんな、恥ずかしがり屋なんや。サーヤに手掴まれて、顔見つめられたら大概の男は逃げ出すわ。後は襲うか?」
横でずっと様子を見ていたサクラちゃんだった。
「それって、あたしが悪いの? 傷口叩いたりするから止めているだけなのに……しかも襲うって!」
ますます落ち込むあたしに、ため息交じりの声が聞こえた。
「サーヤ、男は狼や。気やすう触ったらあかん。うちの母さんも言うてたで。分かった?」
「でも、治療だから……」
歴とした医療行為なのだから、触らないわけにはいかない。なんて考えていたら――
バコォォォォォォォォォォォォン
硬いものが砕ける音が響いた。
「何の音?」
「なんやろ? 分からへん。ちょっと門の外見てくるわ」
あたしの問いに一緒に首をかしげていたサクラちゃん、一瞬で姿が消えた。
転移理術を使ったみたいだ。
「外のみんな、大丈夫かなぁ」
残されたあたしは、ひとり心配する。
「さっきは、『ギシャァァァァァァ』って声も聞こえたし強い魔獣でも出たのかなぁ」
アル兄様がいるのだから、どんな魔獣が来ても大丈夫。だと思うのだけど、でも、数が多かったらとか、誰か人質でも取られたらとか悪い事ばかり頭に受かんでくる。
不安になっては駄目! と自分に言い聞かせていると、サクラちゃんが戻ってきた。
「怪我人、多数や。ちょっと来て」
言うだけ言って、私の返事も聞かずに転移理術を使うサクラちゃん。
そして転移した先は――阿鼻叫喚の地獄の様相だった。
百を超える人たちが集う門前、そのほとんどが血を流して蹲ている状況に、あたしは目を見開いた。
――数が多すぎる、と。
思わず隣に立つサクラちゃんの腕をつかみ助けを求めるような視線を向けてしまう。
だけど。
「ごめん、サーヤ。うち、空間断裂の面倒見なあかんから、手伝えへんねん。でも、きっとサーヤならみんなを助けられる。頑張って」
あたしの顔を見て申し訳なさそうに口を開いたサクラちゃん、やらなければならない事柄があるようだった。
言い終えて、さらに「ごめんな」と頭を下げて離れていくサクラちゃん。
あたしは、その背中をただ見送った。
充満する血の匂い、いや、死の匂いと言ってもいいほどの濃い匂いの場所に一人残された、あたしは考え込んでいた。
どうすれば効率的に治せるかを。
いつもならこんな時、アル兄様が指示をくれるのだけど――ここにはいない。
相談に乗ってくれそうなシェールちゃんもいないし、サクラちゃんも外の様子を見ながら理術を操作している。
本当に一人でやらないといけないらしかった。
考え込むあたし。
そんなあたしの肩を突然掴む人が現れた。
「おい、あんた。さっき臨時治療所で治療していた術士だよな。突っ立てないで怪我人を治してくれよ。壊れた壁が飛んできてよ。今にも死にそうなやつもいるのだよ。頼むよ」
掴んた肩を揺さぶりながら頼み込んでくる人は、よく見ると治療所で走り去った組合員さんだった。
今にも零れ落ちそうな涙をこらえて口を開く組合員さんの言葉。
その言葉にあたしはハッとして、辺りを見回す。
すると、一つのことが分かった。
全員が命の危険にさらされている訳では無いということに。
いや、むしろ命の危険な重傷者は少ないようだ。
血を流しながら、他の人の出血を押さえている人までいる。
血の――死の匂いに冷静な判断が出来なくなっていたようだ。
それならば対応できそうだ――と、怪我人たちの中心へと歩いて行くあたし。
そして、声を上げた。
「これから全体に回復理術を掛けます。治った人は、急いで治りきらなかった人をあたしのところまで連れてきてください。では――」
話終わると同時に、あたしは上丹田で理力を練り、範囲・傷口修復を発動させる。すると辺りから。
「なんだ、傷口がふさがった」
「痛くない」
「複数同時の回復理術など存在するのか」
などと声が届く。
そして、術が終わるころにはほとんどの人が立ち上がっていた。
立ち上がる人々を見ながら、あたしは一人安堵していた。
――範囲・傷口修復なんて初めて使ったのだから。
そもそも理術でも薬でも治療する場合、もっとの大事なのが診断だ。
なぜなら術を掛けたら何でも治るなんて治療は存在しないのだから。
診断して適切な理術を掛けるのが一般的な流れだ。
だけど今回は診断を行わなかった。
いや、より多くの人を治すために個別に診断する時間を惜しんだ。
なら、なぜ多くの人が治ったかというと、ほとんどみんなが壊れた壁の破片による切り傷だったから。
今回の範囲・傷口修復では、この切り傷だけを盲目的に治した。
だから治せていない人もいる。
大きな破片で腕をつぶされた人、骨折した人、内臓を痛めた人など、切り傷以外の人は個別の治療が必要だ。
それも急いで。
あたしは声を大きくして呼びかける。
「まだ治っていない人を、あたしのところへー」
すると――
「通してくれ。腹に直撃を受けた」
「こいつ頭から大量に出血している」
と背負われたり、槍と布で作られた担架に乗せられたりと歩けない人たちが連れてこられる。
そんな人たちをあたしは一人一人治していった。
「あの~、聖女様。こいつの足は元に戻りますか?」
頭や体、命の危険がありそうな箇所に傷を負った人々を治していって数時間、ようやく少し症状の軽い――とは言っても足が押しつぶされていたり、の重症――患者を治していると聞こえてきた言葉だ。
「は? いや、足は骨が砕けて複雑骨折しているだけですから、砕けた骨を取り除いて再生すれば元に戻りますけど……あの、おじさん、聖女って何ですか?」
「そうですか、治りますか。ありがたや~、ありがたや~。白髪の聖女様~」
両手を合わせて拝んでくるおじさん。全く話を聞いてくれない。
「いや、ですから、聖女ってのは――」
その後、何人もの人に、この質問をしたけど、誰も答えてはくれなかった……。




