2.37勇者って誰のことですか
先手はユーヤにぃの攻撃だった。
俺の突撃より後で走り出したはずのユーヤにぃなのに、あの身体能力は本当に羨ましい。
一瞬にして火竜の首の下へと入り込み上へ向けて理力波を放っているし。
その衝撃で体が浮き上がる火竜。
ユーヤにぃ、火竜の内部破壊よりも体勢を崩すことを優先してくれたようだ。
おかげで俺は心置きなく攻撃に集中できる。
下丹田の理力を練り、剣に――いや体中に纏わせる。
そして剣身一体となり火竜の眉間めがけて突撃をかます。
アルにぃから教えてもらった飛斬をヒントに生み出した技、剣身弾だ。
「ちぇ、流石に硬いか。でも、かなり後退したな」
「ん!」
ユーヤにぃと俺の連続攻撃を受けた火竜、少し頭を振っているけど、あまりダメージは感じていないようだ。
だが目論見は達成した。
後方の結界――鉄壁――の跡地から『ぺきーん』と音がする。
サクラさんが空間断裂を張ってくれたのだろう。
ひとつ心配事が無くなった。と考えていると後ろから怒号が飛んできた。
「何さぼっているの! ビル兄さん! 火竜がまた動き出したわよ!」
自らも氷槍で火竜をけん制しているシェールだった。
俺、後ろに気を取られて眼前の敵の注意を怠っていたようだ。
「ごめん」
一言告げで火竜へと剣を構える。
すると火竜の足元で攻撃をさばきながら、拳を突き出すユーヤにぃが目に入る。
けど流石に苦しそうだ。
タイミングよく火竜の目をめがけて飛んでくるラスティ先生の真空矢が火竜の意識を逸らしているおかげで何とかしのいではいるけれど。
俺は再び下丹田の理力を練る。
すると合わせるように体が軽くなる。
シェールの筋力強化が届いた証だ。
後ろからは、「さっさと行け」みたいな声が聞こえるけど、ちゃんと助けてくれる優しい妹に感謝しながら俺は飛び上がる。
今度の狙いは火竜の首だ。
ユーヤにぃの下からの攻撃とシェールとラスティ先生の理術攻撃にイラついている今、火竜は上からの攻撃には無防備のはずだ。
その狙いが分かったのだろう、シェールの氷霧が即座に火竜の視界を奪い、かつ、ラスティ先生の風理術が俺を押し上げる。
上昇しながら俺は考えていた。
シェールは本当に器用な奴だと思う。火竜への攻撃と俺への補助と理術を並行利用している。
あのアルにぃですら複数同時に使うのは難しいと言っていたのに。平然と使ってやがる。
おかげで火竜に気づかれる事なく真上へと到達した。
俺はそのことに少し口角を上げる。
そして落ち始める体。俺は重力に身を任せ、再び剣身弾の体勢に入った。
シェールがあれだけ力を付けているのだ。俺だって負けられない。
けど俺はシェールみたいに器用には出来ない。出来る事と言えば――ただ剣を振り回すだけだ。
自由落下にプラスしてラスティ先生の風が後押ししてくれる。あの先生もすごい人だ。
ラークレインに来るまではただスタイルのいい森人族だったのに、ここ数ヶ月で信じられないほど実力を上げてきた。
元々、戦いの経験も豊富なのだろうけど、今の俺だと勝てるかどうかわからないぐらいだ。
でも誰にも負けたくない。俺は剣で強くなりたい。
いつかアルにぃも超えるほどに。そのためには、こんな火竜ごときに負けるわけにはいかない。
気合を入れ直した俺は速度を上げつつ火竜へと突っ込んで行った。
あと少しというところで、火竜は近づく俺に気づいたようだ。
巨体をひねって躱そうとしている。
だが、もう遅い。どんなに首を動かそうと、俺の攻撃から逃れられはしない――
ガキィィィィィーーーン‼
剣先が鱗を砕き突き刺さり剣と一体と化した身体が、その剣を推し進め――火竜の首に大穴を開けた。
グウェェェ
大量に血を吹き出しながら苦しそうな火竜の声が響く。
だが途中で気付かれたせいか首の中心からは少し外れたようだ。
まだ死んではいなかった。
ふらつきながらも息を吸い込み始める。
起死回生を狙って自らの最も強力な攻撃を放つつもりのようだ。
「むむむ!」
そこにユーヤにぃが追撃を掛ける。
触れるか触れないかの超至近距離から拳を突き出す。
これまでの回避からの攻撃ではない。
下丹田の理力を十分に練った本気で体内を破壊するための理力波だ。
グウェ、グウェェェ
その衝撃にブレスの準備どころではなくなったようで血を吐きながら苦しそうな声を出す火竜。
とうとう立っている力すら失ったのか片膝をついてしまう。
でも、それでも諦めてはいないらしい。
再び力を入れて立ち上がろうとする。
だが、それを許す俺たちではない。
ラスティ先生の真空矢にシェールの氷槍、さらにはユーヤにぃの理力波が再び火竜へ向けて放たれる。
それでも諦めない火竜。
その姿に俺は少しだけ感心する。けど、だからと言ってむざむざと立ち上がらせるわけにはいかない。
これまでの戦いで皆、理力が底をつきそうなのだ。
俺も二発の大技に、これまで体験した事のない疲れを感じているほどに。
「止めだ!」
火竜へ向け声を上げ、三度目の剣身弾の体勢へと入る。
だが疲れからか前回に比べて理力を練るのに時間がかかる。
しかし、中途半端な技を放つわけにはいかない。
火竜の硬さは身をもって体験しているから。
下丹田のある腹の底に最後のひと足し気合を入れて、俺は火竜の首へ向け技を放った。
「はぁ~、疲れた~」
火竜へと最後に剣身弾を放った後、俺は見事に動けなくなってしまった。
完全な理力切れだ。
今は、こちらも理力を使い果たして疲れているはずなのに元気そうな、ユーヤにぃに担がれて門へと向かって歩いているところだ。
「全く、後先考えずに行動するからよ」
隣からシェールが、ぶつぶつ文句を言って来るが、当のシェールもラスティ先生に半分担がれながら歩いている。
これは戦いの後に傷口修復を多用したためだ。
最後の剣身弾を放った時に、理力が足りなくて自身の体が火竜の鱗でずたずたになってしまった俺に対して。
けど俺は素直に礼なんて言いたくない。
「お前も大して変わらないじゃないか」
「全然、違うわよーー‼」
ぶっきらぼうな言葉が出てしまう。
そんな俺の言葉にいきり立つシェール。
そんな反応したら同じだと言っているようなものだと思うのだけど、流石にそれを口にするのは悪い気がして口を噤んでしまった。
そんなやり取りをしているうちに門前へとたどり着いた俺たちの元へ真っ先にやってきたのは、ホリーメイド長だった。
「ビル様、シェール様お怪我は」
「ああ、大丈夫。二人とも理力切れしただけだから」
「私は、まだまだ大丈夫です」
俺は本当のことを伝えたのにシェールはまだ意地を張るつもりだった。
だけど。
「そうでございますか。それならすぐに城へ……」
ホリーさんにはバレバレのようだった。
即座に帰宅を提案してくるが、まだ帰るわけにはいかない。
「いや、ここにいる。また、魔獣が来るかもしれないし」
「私もサーヤが終わるまでここにいます」
「分かりました。直ぐにこちらに簡易休憩所をご用意いたします」
はっきり言ってわがままだと思う。
今、魔獣が来ても何にもできないのは分かっている。
でも、ホリーさん何も言わず受け入れてくれた。というより俺たちの答えを予想していた? と思われるほどの早業で準備してくれたから。
即座に日傘が開かれ、寝そべって座れる椅子をすぐに持ってくるメイドさんたち。
さらに、その横の側机には体力回復にとお菓子に果物にお茶にまで用意してくれた。
そんな簡易と呼ぶには立派すぎる休憩所で俺たちは、ゆっくりと休むことにした。
ゆっくり休もうと寛いていた俺だけど、周りで警護に当たる兵隊さんから聞こえる――
「あの若いのが、さっきの勇者だっていうのか?」
「ああ、あの赤髪間違いない。しかも見ろ、隣の青髪、噂の賢者だぞ」
「え、あの少女がか⁉ 放出系と回復系の理術を同時に使いこなすという」
「そうだ。しかも二人は紅龍爵様のお孫様で兄妹だそうだ」
――話し声に首をかしげていた。
「なぁ、シェール」
「なに、ビル兄さん」
「勇者とか賢者とかってなに?」
「その言葉のままよ。勇気がある人と賢い人。アル兄さんが昔読んでくれた本にもよく出て来たでしょ」
「いや、それは分かっているのだけど。何で今そんな話が聞こえてくるのだ?」
俺の問いにシェール、疲れた顔で答えてくれていたけど、ここにきて盛大にため息をついた。
「はぁー、ビル兄さん、気付いてないの? 勇者ってのはビル兄さんのことを言っているのよ」
「え、なんで⁉」
「あの超大型魔獣を倒したのがビル兄さんだと思われているからよ」
「そうなの? それならシェールもラスティ先生もユーヤにぃもいたし、みんなで倒したと思うのだけど」
「知らないわよ。周りが勝手に言っているだけなのだから。それに、ユーヤ兄さんは守護者、ラスティ先生は森の聖母ってこれは前からね――っていう二つ名が付いてきているわ」
「へぇ~、それならまぁいいか。俺だけじゃないし……で? シェールは何て?」
「はぁ~、流石ビル兄さん、この話の流れで分からないのね。賢者って言葉が出てきていたでしょ?」
「ああ、賢者! 忘れていた。そうか、シェールが賢者か。そして俺が勇者ねぇ――」
「そうよ、私が賢者なんてねぇ――」
「「アルにぃ(兄さん)を差し置いて」」
完全に言葉の被った俺とシェール。
内心は同じだったようだ。
二人して顔を合わせて笑みを浮かべる。
本当に自分には似合わない呼び名だと。
なにしろ知っているのだから。
俺とシェールと、さらにはユーヤにぃにサーヤにラスティ先生にサクラさんまで足しても勝てないアルにぃという存在を。
「俺が勇者なら、アルにぃは魔王だな」
「魔王じゃ駄目よ。勇者に倒されてしまうわ。大魔王……いや、商人なのだから、魔の商人とかかしら」
「ええ。魔の商人は言いすぎだな。言うなら黒の商人だな。裏から支配するタイプの――」
「そう、その上――」
俺たちの会話はしばらく止まることはなかった。




