1.5母親達は話し好き
俺とシェールとサーヤの三人は建物に入り、手洗い場に向かい水を出す。
とは言っても前世界のように水道が通っているわけでは無く、理術補助具という道具を使うのだ。
これは理力を込めると特定の物理現象を引き起こす道具で、今回は水を出す『水口』と言う理術補助具だ。
ちなみに、この理術補助具、一般的な物として台所で薪に火を点ける時に使う『火口』、薪の火を強くする時に風を起こす時に使う『風口』、などがある。
それ以外にも、陰で活躍する『解便』という物もある。
この『解便』、機能は、地球で言うところのコンポストトイレである。理術によって排泄物を分解するのだ。
ゆえに『解便』、決して『快便』ではない。
便のにおいを消して快適にしてくれているから、『快便』でも間違いではないと思うのだが……。
便所の話はこれぐらいにして。
そんな『水口』に各々理力を込めて三人で仲良く順番に手を洗っていると、大きな声が聞こえた。
「こら! 二人とも手を洗ってらっしゃい」
母さんの声だった。
どうやらビルとユーヤ兄、おやつを貰うのに食堂に直行したようだ。
声に弾き飛ばされるかのようにドアが開き、二人も手洗い場へ駆け込んでくる。
「こら! 家の中を走るな」
その後ろから、母さんのさらに大きな声が届いた。
数分後、俺たち5人は、仲良く座っておやつを食べていた。
今日のおやつは、定番の果物だった。
果物と言っても地球で食べられているような品種改良されたものではない。
野生で生えているアケビやザクロみたいな果物だ。
多少の甘みはあるが、大して美味しくはない。
「えー、またこれー? ビルこれきらいー」
案の定、ビルが文句を言い始めた。
まぁ、気持ちはわかるのだが貧しい地域の人たちなら、おやつどころか普通の食事ですらままならないというのに困ったやつだ。
「む?」
「ダメ。あげない」
駄々をこねるビルにユーヤ兄が声を掛ける。
今回の、「む?」は、「食べてやろうか?」だ。
だが、ビルもさすがにあげるわけにはいかないらしい、
ここで食べ損ねると夕食まで何も無しになる。それは嫌だったようだ。
慌てて口に入れるビルだが、そこに窘める声がする。
「こら、ビル、ちゃんと噛んで食べなさい」
眉をひそめた母さんだ。
後ろには、手に籠を持ったユーヤ兄とサーヤの母であるローネさんもいる。
「ユーヤ君。もっと欲しい? まだあるわよ。今日はゼロスが、野外訓練でたくさん取って来たから」
そう言ってローネさんから籠を預かって中を見せる母さん。
籠の中には、いろんな種類の果物が入っていた。
「ん!」
喜びの声をあげるユーヤ兄。
「こら、ユーヤ、ダメよ。アル君達が先だから、遠慮しなさい」
今度はローネさんだ。
ユーヤ兄の熊耳がしょぼんとしてしまった。何だかかわいい。
「あら、ローネ、そんなに気にしなくても良いわよ。沢山あるのだし、みんな兄弟みたいなものじゃない」
「そうは、言ってもねぇカレン。貴族と平民、その関係をきっちりと教えておかないと」
「昔からきっちりしているものね。ローネは。でも大丈夫よ、ユーヤ君なら。はい、ユーヤ君、一杯食べてね」
言いながらユーヤ兄の皿に果物を乗せる母さんに、ローネさんは少し困り顔だった。
その後、俺や、ビル、シェールとサーヤの皿にも果物を追加した母さんは少し離れたとこに座り、ローネさんと二人で籠に残った果物をつまみながらお喋りを始めた。
ぼそぼそと二人の会話が漏れ聞こえてくる。
「カレン、貴方はもう貴族だから…」
とか
「関係ないわよ。あの人三男なのよ。それにこの暮らしぶりで、貴族なんて……」
とか言っている。
あんまり子供に聞かせない方がよさそうな会話だが、気にならないのだろうか。
あ、段々、旦那の愚痴になってきている。早いとこ退散した方がよさそうだ。
そんなことを思いながら、子供達を見回すとサーヤが最後の1個を口に入れたところだったので、皆を促して食堂から退出した。
ドアを閉めるときに母さんたちをちらっと見たら、楽しそうに話していた。
やっぱり旦那の愚痴で笑っているのだろうか……。
―――
子供たちが居なくなった食堂でローネとお喋りを続けていた。
「ねぇ、本当に大丈夫なの?」
ローネが不安そうな表情で、問いかけてくる。
「何が?」
「もちろん、子供達の事よ。ユーヤもサーヤも本当に何もわかってないわよ。ユーヤは、昨晩もビル君にかけっこで勝ったって喜んで話していたし、サーヤなんてアル君にべったりよ。夜寝る時ですら、アル君と寝たいなんて言ってくるぐらいだから」
「そうなの。アル、モテモテねぇ、ふふ」
サーヤが寝間着で口をとがらせている所を想像して思わず笑ってしまう。
「笑っている場合なの? あのぐらいの年からきちんと教えたほうが良いと思うのだけど」
「大丈夫よ。そんなに気にしなくても、大体、私もそうだけど、アル達も貴族には当てはまらないわよ。うちの旦那が、一代だけの貴族ってだけ。関係ないわ。確かに今は、雇う側と雇われる側だけど、私は気にしないわ。旦那も細かいことは言わないわよ。あの人も家から飛び出した口だからね」
これまでも幾度となく繰り返している話だ。けど、ローネはなかなか納得してくれない。
昔から真面目で心配性な性格なのはよく知っている。
幼馴染で、しかも魔獣駆除員として各地を転々とした仲だから。
「それでいいのかしら」
「いいわよ。あなたにはアル達が生まれた時に、とてもお世話になったしね。乳母をしてくれなかったら、とても三人も育てられなかったわ。体の小さかったアルなんて特にね。大体、ワーグは何か言っているの? ワーグは、屋敷の警備やら何やらで、うちの旦那とはよく話をしているはずだけど?」
「いえ、何も。それどころか、話をしても『わはは、細かいこと気にするな』って言って取り合ってもらえないのよ」
私は苦笑してしまう。幼馴染のワーグもあまり変わってないらしい。
「なら、問題ないわ。そんな事より、そろそろ夕飯の準備をしないとね。今日はどうしようかしら」
「それなら、ワーグが昼の狩りで堅角牛を狩って来たって言っていたから、カレンのところにももう届いているはずよ。こいつは、ステーキがうまいって張り切って捌いていたし」
うん、それなら簡単だ。メイドのアヤミがお米炊いてくれているだろうし、肉を焼いてソース作るだけね。後は、付け合わせにジャガイモと人参を茹でて添えたら完成。
「助かるわ。今日の献立も出来たし、もうちょっとゆっくりできそうね」
もうしばらくお喋りは続いた。