2.15受験対策って必要なのでしょうか
数日後、朝食の時に爺様から連絡があった。
家庭教師が今日から来ると。
また急なと思ったけど大きな問題はない。
ビルとユーヤ兄は暇があったら模擬戦しているしシェールとサーヤも理術の訓練に余念がない。
事実、今日も朝食後、すぐ訓練場に子供たちは集まっていた。
そんな皆の訓練を俺は一人眺めていると、後ろから人が近づいてきている事に気が付いた。
「アル、お前は訓練をしないのか? なんなら儂が相手してやろうか?」
爺様だった。
「いえ、俺はやめときます。商業学部の入学試験には、実技はありませんので」
やんわりと拒否をする俺に爺様は何も言わなかった。
爺様なら「商人でも力は必要だ」とか言ってくると思ったのだけど。
ここ数日は毎日言われていた事だから。
戦闘狂の爺様が変だ。とか思っていたら、いつの間にか爺様の後ろにハロルド兵長とホリーメイド長が控えていた。
それを見た俺は、さらに首をかしげる。
ハロルド兵長が訓練場にいる事は分かる。
兵たちの訓練があるのだから。
けどホリーメイド長がいる理由が分からなかったからだ。
なぜ? と首を傾げていたら爺様が教えてくれた。
なんとホリーメイド長が理術の家庭教師をしてくれるそうだ。
なんでも理術学部を首席で卒業するほどの腕前で、今でも教師が足りない時には呼ばれているそうだ。
ほんと紅龍爵家のメイドって何をするのだろうと考え込んでしまう経歴だった。
爺様がビルとシェールを呼んで二人を紹介する。と言っても二人ともすでに顔見知りだ。
軽く経歴を告げるだけだったが。
「戦士学部希望のビルはハロルド、理術学部希望のシェールはホリーだ。やり方は、二人に任せてある。しっかり学ぶように」
「「はい」」
二人の元気な声が返り、それぞれの訓練が始まった。
二人の家庭教師が紹介された後、残された俺は爺様に連れられて応接室へと向かっていた。
恐らく商業学部向けの家庭教師がいるのだろう。
爺様の後ろについて応接室へ入る――と、そこには街で怪しい店を開いていたおっさんがいた。
「こやつが、お前の家庭教師だ」
爺様が、おっさんを指さして告げる。
「またお会いできまして嬉しく思います。アル様。私、ショーザと申します。ご存知のように街で店を開かせていただいております」
仰々しく両手を広げて自己紹介をするショーザと名乗るおっさん。
相変わらずの胡散臭さに俺は自分の眉間にしわが寄るのが分かった。
「なんだ、知り合いか? まぁいい、アル良く聞けよ。こいつはな、裸一貫で商人を初めてな、今ではオーバディ一の商家の主だ。我がクレイン家の御用商人でもあり、学校の特別講師もやる人物だ。お前が商人を目指すなら、話を聞いておいて損は無い筈だ」
俺の内心を知ってか知らずか爺様がショーザさんの経歴を紹介してくれる。
でも俺の眉間のしわはまだ取れそうにない。
ショーザさんの笑顔が胡散臭くて仕方がなかったからだ。
「旦那様、オーバディ一とは言いすぎでございます。私共などまだまだでございますれば。はい」
「うん? そうか。まぁ、規模で言えばそれほどでもないか。それでもお前のところは、何でも融通してくれるからな。助かっている」
「ありがとうございます。それで今回はアル様の家庭教師という事でございましたな。お任せください」
言いつつ、大仰な動作を伴って頭を下げるショーザさん。ますます、胡散臭い。
そんな男に「頼んだぞ」と言い残して爺様は応接室を出ていった。
そして眉間にしわを寄せた俺へ胡散臭い笑顔のショーザさんからの授業が始まった。
爺様が退出した後、俺はペーパーテストを受けていた。
「えー、領都の名前? 国の名前? 金の単位? 銀貨千枚で金貨何枚か?」
一切考え込むことなく答えを書いていく。
このテストに意味があるのかと別の意味で考え込みそうな問題ばかりだ。
「できました」
50ほどの設問をほんの15分ほどで書き込み筆を置く俺。
それでも一応計算問題なんかは見直しをしたほどだ。
四則演算でイージーミスが出ないとも限らないから。
解答用紙を渡すとショーザさん、腕を組んで考え込んでしまった。
「困りましたね。全問正解です」
つぶやくショーザさん。
だが言葉の意味が分からない。
全問正解で何に困るというのか? ひょっとして俺はこの程度の問題も解けない馬鹿だと思われていたのか。
それであんな胡散臭い笑みを浮かべているのか。
ショーザさんに訝しむ目を向ける俺。
「あ、すみません。このテストに全問正解だと、何も教えることがなくて。あと、顔はこれが普通です。」
慌てて両手をわらわらオーバーリアクションで弁解するショーザさん。
焦った顔でも相変わらず胡散臭い。
それにしても、どうして俺の思っていることが分かったのかと思ったら、どうやら俺の思いが声になって漏れ聞こえたようだ。
俺、心の中で、ちょっと反省した。
「それで、このテストできたからと言って教えることがないとはどういうことですか」
俺は漏れ聞こえたことなど、無かったことにして本題に戻すことにした。
「実はこれ、昨年の商業学部入試問題です。これが全問正解なら間違いなく合格です。大体の人は後半の算数の問題で躓くのですけどねぇ。あとは地理でも他の領の事を知らないとか――」
苦笑を浮かべつつ話をするショーザさんだけど俺の耳には届いていなかった。
これが昨年の入試問題――というくだりに引っかかって。
「という事は、昨年の問題が格段に簡単だったのですか……」
分かっている、そんなことあるはずないのは。でも聞かずにはいられない。
案の定、ショーザさんの答えは否だった。
「昨年のは、例年より難しいとされていました。ですから私も実力を計るのによいと思いまして……」
これが、いつもより難しい? 大丈夫なのか、この学校入って。
3年は勉強するのだぞ。
どうする? 止めるか? 時間の無駄な気がする。
父さん、母さんには申し訳ないけど、それでも構わない。
そうだ学校なんて行かずに商人になろう。
お金もあるし、馬車でも買って町々を回って仕入れをしながら旅をしよう。
その方が見識も広がるし文明発展に向けた足がかりも見えてくるだろう。
行商人になろう。
そう結論を出し立ち上がろうとしたところでショーザさんに止められた。




