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俺が黒の商人と呼ばれるまで  作者: 茄子大根
第二章 入学
35/69

2.8爺様の行動について行けません

 牙虎との戦いの後は特に問題も発生せず、すんなりと森の外へと抜けた。

 完全な逸れ魔獣だったようだ。

 その後に宿を取るために寄った町でも変な噂などなく、平穏そのものだった。

 その翌日の夕方、俺たちは予定より一日遅れで領都ラークレインが見えるところまで到着していた。


 馬車の窓から体を半分乗り出してビルが叫ぶ。

「でっけー壁だー」

 確かに高い壁だ。

 まだ遠くて正確には分からないけど、20mはありそうだ。

「確か、魔獣に備えているのですよね」

「ええそうよ。オーバディ辺境領もバーグ属領に負けず劣らずで、魔獣が多いからね。かつては、ドラゴンの寝返りで、大量の魔獣が領都を襲ったこともあるのよ」

 俺の質問に、ラスティ先生が答えてくれる。

「ドラゴンの寝返りですか……」

 

 ドラゴンの寝返り、大量の魔獣がテリトリーを離れ人里にあふれる事をさす言葉だと本で読んだことがある。

 一説には巨大なドラゴンが寝返りを打ったせいで、テリトリーを侵された魔獣が玉突きのようにテリトリーを変えた結果、人里にあふれるとされたことから命名されたそうだ。

 本当にドラゴンが原因か? と言われれば正確なところは分かっていないそうだけど。


 そんな物騒な事態になったことがあるなら確かに高い壁は必要だろうなと考えている間に、馬車は壁の一角に作られた門の近くまで到着していた。

 間近で見ると門ですら大きかった。

 高さが大人5、6人ぐらいで、横は馬車が3,4台並んでも通れそうなほどの門だった。

 その門の前に大勢の人が並んでいる。

 恐らく入門チェックがあるのだろう。


 だが俺たちの馬車だけは違った。

 そんな列を無視して進む。

 領主の特権か、父さんが門番に声を掛けるだけで、すんなりと町中へと入れたのだから。


 門をくぐると大通り沿いに立ち並ぶ、たくさんの店が出迎えてくれた。

 店頭には貴重なガラスを使ったショーウィンドウが設置されて、商品が見えるように置かれている。

 そのショーウィンドウの形も様々で見ていて飽きさせない店たち。

 その上、店の種類も豊富だった。

 服屋だけでも、男性用、女性用、子供用、カジュアル、フォーマルとそれぞれの専門店が存在しているのだ。

 新品、中古織り交ぜた、服屋が一軒しかないルーホール町とは天と地ほどの差が感じられる店たちだった。


 そして馬車は進み、次に見えてきたのはずらりと立ち並ぶ宿屋だ。

 俺たちが住んでいる領主宅よりも大きな建物がいくつも続き、中には敷地内に池を備えた白亜の城のような宿まである。

 スタグ町の温泉宿しか知らない俺にとっては、まさに異世界の装いだ。


「ほんとにすげー。流石、北の都」

 あまりの感動に俺の語彙は幼児化してしまったようだ。

 ビルみたいな感想しか出てこないのだから。

 そんな俺を見てラスティ先生が、くすくす笑っている。

「アル君でも、子供みたいな顔するのだね」

 とか失礼なこと言いながら。


 そりゃ、もちろんしますよ。何といっても、バーグ属領を始めて出た12歳の子供なのですから。などと自分で自分を擁護しながらも馬車の窓から顔を出して外を眺めていると、「こら、恥ずかしいことしないの! それに危ないでしょ」と母さんに叱られた。

 言われて顔を引っ込めてから、普通、先に危ないじゃないの? と首を傾げていたら歩いている人もくすくす笑っているのが目に入った。

 あ、うん、確かに恥ずかしい、と自覚してしまった。

 その後は行儀よく外を見ながら馬車に揺られ、領都のど真ん中にある領主の城へとたどり着いた。


 ちなみに、もっとも騒ぎそうであるビルはというと、ユーヤ兄と二人頭を寄せ合って眠っていた。

 宿屋街なんかには興味がなかったようだった。



 領主の城へとたどり着いた俺たち家族はすぐに応接室へと通されていた。

「まもなく、旦那様が参ります」

 お茶を出してくれたメイドが恭しく礼をして下がっていく。

 香ばしい香り漂うお茶、それに手を伸ばそうとした瞬間――


『ばーーーん!』


 ドアを開く音が鳴り響いた。

「よく来たな、お前たち!」

 大きな声と共に40代ぐらいだろうか、ビルと同じ真っ赤な頭髪に町で見かけたら間違いなく道を譲るぐらい強面かつ筋骨隆々の男がずかずかと入ってくる。

 そして、向かいのソファーにどかりと座った。

 座ったのは恐らく紅龍爵領領主――俺たちにとっての爺様――だろう。

 父さんが立ち上がって礼をする。


「父さん、ただいま到着しました」

「おう」

「今回は、妻と下の子達も連れてまいりました」

「おう」

「子供たちを順に紹介します」

「おう」

「こっちの黒髪がアルです」

「おう」

「父さんと同じ赤いほうがビルです」

「おう」

「この女の子が、シェールです」

「お、おう」

 

 名を呼ばれた時に立ち上がって礼をした。ビルとシェールも同様に。


 しかし初めて会うはずの孫の紹介に、「おう」としか言わない爺様。

 気難しそうな雰囲気だ。

 まぁ、名前を呼ばれたシェールの時だけ、ちょっとどもっていたけど。

 その光景に、この人言葉話せるのかな? と俺が訝しみだしたところで爺様が口を開いた。

「よし、分かった。取り敢えず戦え」

「はい」

 ノータイムで返事をしたのは父さんだ。

 俺たち三つ子は意味が分からずきょとんとしていた。

 その間にもずんずん歩いて部屋を出ていく爺様。

 俺たちも母さんに促され、爺様の後を追った。



 爺様について行って到着したのは小学校のグラウンドぐらいの場所だった。

 恐らく兵たちの訓練場なのだろう。

 10人ほどの鎧を着た兵がランニングをしている。

 その光景を眺めていると木剣を持った爺様から声が掛かった。

「誰からだ?」

「では、私から」

 ノータイムで返事をしたのは今回も父さんだ。

 しかも、いつの間にか手に木剣を持っている。


「行きます」

 それだけ告げて打ち込んでいく父さん。

 魔獣との戦いで見せた本気の打ち込みだ。

 だが爺様は、それを難なく弾く。

 次は爺様からの打ち込み、父さんが受けて鍔迫り合い。

 なかなかどうして実力伯仲の戦いだ。


 だが長続きはしなかった。

 幾度目かの爺様の打ち込みで父さん剣を受け損ね、致命的な隙を晒してしまったのだ。

 その隙を見事に突いた爺様、父さんの首筋に木剣を突き付けることにより模擬戦を終わらせた。

「まいりました」

 一言告げて下がる父さんに、爺様、無表情に告げる。

「次!」

「では、私が」

 今回もノータイムで返事が返り、前に出たのは母さんだった。


 対峙する爺さんと母さん。

「胸をお借りします」

 そう告げて炎の理術を展開する母さんも恐らく本気だ。

 対人戦用の理術なのだろう、破壊力よりも速度優先で理術を発動していく母さん。

 爺様の顔や心臓を正確に狙っている。

 本気で殺す気なのかと思ってしまう攻撃だが爺様には全く届かない。

 なんと爺様、木剣で炎の理術をかき消してしまうのだ。

 理術で木剣を燃えないように強化して。


 場所を移動しながら連射を続けていた母さんだったが攻撃が届かないと判断したのだろう、少し方針を変えた。

 連射速度を落として破壊力を強めた理術を放とうとする――が、それは叶わなかった。

 即座に爺様に詰め寄られ木剣を突き付けられていた。


「ありがとうございました」

 一例をして下がる母さん、そこにまた爺様から声が掛かる。

「次!」

 相変わらず無表情な爺様、目線がいつの間にか俺に向けられており、目だけで出てこいと訴えている。

 あまりに展開が早すぎて理解が追いつかず迷っている俺に、父さんがちょっと短めの木剣を渡してきた。

 そして爺様を指さす。

 行って来いという事だろう。


 はぁ? まじで? と思ったが、爺様は、じっと待っている。

 どうやら戦わないと終わらないらしい。

 目的が分からないが本当に爺様、じっと待っているのだ。

 仕方なしに前に出て、「よろしくお願いいたします」と木剣を構えた。


 無造作に木剣を垂らしたままの爺様。

 雰囲気から見て、どうやら先手は譲ってくれるらしい。

 だがしかし俺はすぐには動けなかった。

 なぜなら決めかねていたのだ。どこまで実力を出すのかを。


 全力でやったら一瞬で俺が勝つ。

 それは分かっている。

 だが、まだ12歳。余り隔絶した実力を示すと後が面倒だ。

 だからと言って、あまり無様な事をするとそれはそれで叱られそうな流れだ。

 それに、いいところなしに負けるのは俺としても嫌だし――だったら相打ちの定番で手を打つか――と、無難なところで考えを打ち切った俺は爺様へと木剣を振り上げた。

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