2.6領都へは、簡単にはいけないようです
翌朝早くから俺たちは車上の人となっていた。
馬車の周りには父さん母さんたちに街道警備隊十騎を含めた騎馬が並走している。
「へっへー。アル君の横」
一昨日は御者をしていたラスティ先生が、今日は俺の隣に座っていた。
嬉しそうに俺の腕を抱きしめてくる。
森人族の集落から一人追加となった恐らく女性の人が、御者を引き受けてくれたおかげだ。
「あたしも隣です」
反対側の席に座るのはサーヤだ。
ラスティ先生の真似をして同じことをする――が、される方はたまったものではない。
「両手に花で、鼻の下伸ばして、いい御身分ね。アル兄さん」
なにしろ向かいの席からシェールが不機嫌そうな声を出してくるのだから。
正直勘弁してほしい。
ここ数年のラスティ先生は俺に対してスキンシップを昔ほどしなくなっていたのに、俺の精神が大人だと知ったとたんにこれだ。
さらにサーヤまで何を思ったか便乗してくると困ってしまう。
現在、11歳のサーヤだが実はすごいのだ。
体の二次成長が。
普段は白いローブを着ているから目立たないけど、腕を取られると否応がなしにわかってしまう。
これも早く成長するという獣人族の特性の一つなのだろうが、身長は低めだし、顔つきも仕草も年相応に幼い。
おかげで違和感がすごい。さらには何故か罪悪感が湧いてくる。
本当に勘弁してほしい。
「ほら、二人ともやめてください。俺がシェールに睨まれるのだから……」
と、シェールを引き合いに出してもやめてくれない。
もちろん普通にやめてと言っても同じことだ。
俺が困り果てていると、馬車のスピードが落ちて止まりかけている事に気が付いた。
「皆さま、申し訳ございません。少し先に魔獣が出ているそうです。しばらく止まりますが、決して外に出てはいけません」
御者をしてくれているマリーゴールドさんから声が掛かり、暫くして馬車が止まった。
停車後、暫くはバタバタしていたが、それも落ち着き物音ひとつしなくなった頃――
『ぎゃおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ』
大気を劈くような鳴き声が響き渡った。
「なんだ⁉」
俺の驚きの声にラスティ先生が言葉を返す。
「こんな浅い森では、聞かない鳴き声ね。少し危ないかもしれないから、私も行くわ。マリーには周りを警戒するように言っとくから、皆は大人しくしていてね。
特にアル君。絶対に、ぜったいに来ちゃだめよ」
前半は周りを見て、そして後半は俺の顔をじっと見て物凄く含みのある言葉を吐いて、ラスティ先生は馬車から出て行った。
外に出たラスティ先生がマリーゴールドさんと少し話をして離れてく。
その足音が聞こえなくなった頃、シェールが口を開いた。
「アル兄さん、行くの」
「ああ、もちろん行ってくるよ」
そりゃあ、行くでしょ。
ラスティ先生のあの言い方。
はっきり言ってあれは、来いと言っているようなものだ。
「ふぅ~ん、気を付けてね」
シェールは、なんだかんだ言って優しい子だ。
心配してくれているらしい。
遅れて、「任せた!」「ガンバ!」「ん!」という、応援の声も聞こえてきた。
「うん、任された」
それらの声に短く答えてから俺は、そっと外のマリーゴールドさんの気配を探り動向を確かめた。
するとマリーゴールドさんはラスティ先生の言いつけ通り馬車の前方を警戒していた。
その隙に、そっと茂みに駆け込む。
そして、変身だ。
収納空間から、人形と仮面と刀とマントを取り出していそいそと着込んでいく。
はたから見たら情けない格好だ。
これでは一瞬で変身するヒーローではなく、梅干し食べて着替えるあの変人みたいではないか。
恥ずかしい。と一人顔が熱くなるのを感じながら着替えを終えた俺は、林の中をそのまま魔物の声のほうへと走り出した。
進むにつれ見えてきたのは、大人の倍はあろうかという牙虎と、それに対峙し戦う父さんたち一行だった。
「うらぁ!」
ワーグさんが気合一発、自慢の黒斧を振る。
ひらりと飛び跳ね避ける牙虎。
するとそこにラスティ先生の理術『風矢』が飛来して、見事肩口に突き刺さる。
牙虎の着地の瞬間を狙った見事な連携攻撃だ。
『きゅぉぉぉぉ!』
痛みで辛そうな声を上げる牙虎だが、そこは魔獣、やられてばかりではない。
突如、ワーグさんへ向け駆け出した。
「なめるな!」
直線的にかけてくる牙虎にワーグさん、横なぎに黒斧を振るう――が、斧は空を切った。
斧が当たる直前で、牙虎が跳躍したのだ。
ワーグさんの頭上を越えて牙虎が着地した先には、理力を練る母さんがいた。
目前に現れた牙虎に慌てる母さん――ではなかった。
横合いから母さんの前へと躍り出る剣士がいた。
それはなんと――父さんだった。
俺は驚いた。
確かに、今回の父さんは鎧に長剣とまるで騎士のような恰好だった。
戦えそうな格好だったけど、俺は勝手に領主たる者へのお仕着せだと思っていた。
書類仕事しているか、本読んでいるか、あと熱く本の話をしているか、そんな姿しか思いつかない父さんが、剣を構え、しかも牙虎に向かって突き出しているのだ。
『ぎゅぉ、きゅぉぉぉぉ!』
父さんの普段とのギャップに、俺は一瞬呆けていたようだ。
気付けば、牙虎は片目がふさがり血を流していた。
父さん、本当に格好だけではないようだった。
かなりの手傷を負って動きが鈍ってきた牙虎。
まもなく戦いに決着が! というところで俺は不穏な気配を感じた。
森の中から発せられる目の前の牙虎なんかよりもっと大きな気配に。




