2.3三つ子最強はシェールだと思います
ルーホール町から領都ラークレインまでの道のりは三日の予定だ。
ただ、三日というのは何も起こらなかった場合の想定であり、これから向かう道のりを考えると何も起こらない方が珍しい。
結構過酷な道のりだった。
なぜ苛酷になるかというと、バーグ属領の立地が関係してくる。
実は、この属領、西にはジャパ海、北には大型魔獣の巣があるホワゴット大森林、南と東に断崖絶壁のヒーダ大山脈という強大な自然に囲まれた陸の孤島となっている。
ゆえに領都ラークレインへ向かうには、北のホワゴット大森林と東のヒーダ大山脈という絶壁の間に作られている街道を抜けるのが唯一の手段となっている。
森と山の隙間に作られたこの街道、パッと見た感じでは馬車が抜けられ程に広く丈夫に作られており、通り抜けるのに何の支障もないように思われる代物である。
しかし、いざ街道に入ると嫌でも思い知らされる。
ホワゴット大森林から大型までとはいかないでも、それなりに強力な魔獣がたびたび現れ襲い掛かってくるのだ。
おかげで、かなり強靭な護衛を付けないと目的地まで辿り着けない危険な街道となっていた。
今回も街道警備隊から十騎の騎馬隊が付いて来て来ることからわかるように。
計十四騎の騎馬と馬車で、俺たちは鬱蒼とした森の中の街道を進んでいた。
すると時折、外で何かの鳴き声が聞こえる。
だが馬車は一切スピードを緩めることなく進んでゆく。
危険ではないという判断の元。
おかげで、まだ日の高いうちに本日の目的地である森人族の集落に到着した。
「よし、到着だ。街道警備隊は、馬と馬車を頼む。それと、アル、こっちに来てくれ」
馬から降りて指示を出す父さん。
それを見ながら俺は、領主らしいな、っていうか馬乗れたのか。などと感心していると、父さんが目の前に来ていた。
「アル、呼んだだろう? 全く、こっちだ」
返事をする間もなく腕を掴まれ引っ張られていく俺、ついた先はどこかで見たことあるような空間だった。
林立する巨木、差し込む光、幻想的な雰囲気の空間の中を、キョロキョロしながら父さんに引っ張られ進む。
すると父さん、一つの大きな切り株の前で立ち止まって頭を下げた。
「ご無沙汰しております。ヘムロック族長」
「お久しぶりですね。ユーロスさん。それより、頭を上げてください。領主様にそんなことをされては、困ります」
「いえ、年長者に敬意を表すのは当然ことですから」
慣れた感じでやり取りをする二人をただ見ていた俺だったが、ヘムロック族長の目線がこちらに動いたのを機に父さんのように頭を下げた。
「初めまして、ヘムロック長老。私は、クレイン家の次男、アル・クレインでございます。お見知りおきを」
「ふぉふぉふぉ、これはこれはお若いのにしっかりした挨拶で。こちらこそ、初めまして、この森人族の集落で長をしているヘムロックです」
丁寧なあいさつを返してくれるヘムロック族長だったけど、この時、俺の頭の中では全く違う事を考えていた。
そう、思い出したのだ、今いる空間の雰囲気が似ている場所を。
族長の「ふぉふぉふぉ」という笑い方で。
ハイヘフンで初めて見た光景とよく似ていることを。
あそこも幻想的な雰囲気だった。
木ではなく石の柱だったけど光の具合も同じようだ。
あの場所とこの集落何か関係があるのだろうか? などと考えていると頭を叩かれた。
「こら、アル、族長が話をされているのだ。きちんと聞きなさい」
「ふぉふぉふぉ、よいよい、森人族の集落は初めてであろう。丘人族とは、生活様式が異なるからの。気になるのであろう。ゆっくり見てきなさい」
どうやら完全に一人の世界に入っていたようだ。
父さんがあきれ顔で俺を見ているが、素直に謝ると許してくれた。
さらには、
「皆で集落を見せてもらいなさい。ただし、集落の外には出ないように」
と送り出してくれた。
俺の用は済んだらしい。
俺は、族長に一礼して元来た道を戻る。
すると、そこには黒山の人だかりが出来ていた。
その集まった人たちが騒ぐ声が聞こえてくる。
「すごい! 本物よ!」
「どうやったか教えてくれ」
「信じられない」
聞こえてくる言葉に俺が首を傾げていると、ワーグさんがやって来た。
「お、アル。戻っていたのか、子供達ならこっちだぞ」
今日の宿であろう、木の形をそのまま生かしたような立派な建物を指さしていた。
「はい、分かりました。……で、あの人だかりは何なのですか?」
ワーグさんの指さす方向に進みつつ、ついて来ていたローネさんに尋ねると、
「あれね、あれは……」
と言い淀んでしまう。
再度、首をかしげる俺に、ワーグさんが笑いを堪えながら教えてくれた。
「あ、あ、あれな、あれはな、ラスティを囲んでいるだ。ラスティの胸が大きいとかでな。集落中の人が出て来てな。騒いでいるだ。おかしいだろ、あの程度で。ぐゎはははは」
言い終えて結局笑うワーグさんに俺は、苦笑いを浮かべるしかない。
胸を育てたのは俺なのだ。
そのことで集落中の人が集まるほどの騒ぎになるとは思いもよらない出来事だったから。
内心そんなことを考えながら俺はちらっと集まっている人たちを見て――
「まじか」
言葉が漏れていた。
集まる森人達、誰もかれもが男も女も見分けがつかない体型だったから。
俺の声にワーグさんが首を傾げている。
そんなワーグさんに
「何でもないです」
と告げて俺は、目の前の建物に駆け込んだ。
中に入ると宿の人――もちろん細い人――が出迎えてくれ、子供の部屋を教えてくれる。
その人の体形にちょっとひるんだ俺は、「案内します」と言う言葉を速攻で断ってひとり部屋へと向かった。
ドアを開けて部屋の中を見る。
すると、室内ではシェールとサーヤが理力訓練をしているところだった。
「アルお兄様、お帰りなさい」
俺を見るなり訓練を中断して駆け寄ってくるサーヤ。
一人残されたシェールは大きなため息をついていた。
「ごめん、訓練中だった?」
「いえ、大丈夫です。ちょうど終わったところです」
にこやかに話すサーヤだけど、どちらかというと問題はシェールだと思う。
だけど、そのシェールも
「大丈夫。アル兄さん、本当に終わったとこだから」
と返してくれた。
少し間をおいて。
「それで、アル兄さん、あれ聞いてきたのでしょ」
窓の外を指さしながら話を続けるシェール。
俺は肯気を返す。
すると
「で、ラスティ先生にはいつ言うの」
というさらに続くシェールの言葉。
だが俺には反す言葉がない。
黙っていると――
「だから、言ったでしょ。早く打ち明けないとダメだって――」
口を噤む俺に、どんどん出てくるシェールのド正論。
俺の頭は下がるばかりだった。
俺が胸を育てている。
そのことについて、いち早く気付いたのはサーヤだった。
回復理術の勉強の中で、ラスティ先生の腹部に他の人たちとは異なる活性化をしていることに気がついてしまったのだ。
そして、そのことを俺に尋ねるサーヤの横にシェールもいて誤魔化しきれず……全部、白状してしまった。
あの時のシェールの蔑んだ眼は、今思い出しても震えそうなほどだ。
小さい頃は、「アルにぃ、アルにぃ」ってかわいかったシェール。
それが、いつのまにやらキツくなって……。
そんなことを思い返してしまう俺。ますます何も言い返せない。
そんな俺に苛立ちが募って来たのだろう。
テンションが上がって来たシェール、締めとばかりにとんでもない事を言いだした。
「――今晩ね。ちゃんと伝える事! 分かった!」
「え、今晩⁉ いや、心の準備が……せめて父さんたちと別れてからでも……」
「だめよ、領都に行ったら、この集落の比じゃない人が住んでいるのよ。早いほうが良いの。何なら今からでもいいのよ!」
い、今から、それは駄目だ。あの人だかりの中に行ってなんて絶対にダメだ。
大体、今晩でも早いって言っているのに何で今から、と思っても、キッとしたシェールの目を見ると言い返せない。
「今晩にします」
俺は何とか声を絞り出した。




