1.21海獣がやって来た
翌朝、俺はゼロス兄さんと連れ立って大浴場へ来てきた。
「はぁ~~~、癒される~~~」
温泉に浸かり体を伸ばす。
至福のひと時だ。
「アル、父さんみたいだね」
隣で風呂に入っている兄さんに笑われているが気にしない。
地球での年齢を足すと父さん以上だから。
「しかしアル、昨日は凄かったね」
「ええ、本当にすごかったです」
二人とも顔を見合って肯いてしまう。
それほどにすごかった。ラスティ先生が。
確かにスタイルも良くてドレスも似合っていたし、化粧をして雰囲気も全然違ったけど、あんなに殺到しなくてもと思うほど男が群がって来たのには驚いた。
俺の横に座ってニコニコしていたラスティ先生。
そんな先生に最初に声を掛けたのは、このスタグ町の町長だった。
10歳過ぎだろうかゼロス兄さんと変わらない年の息子さんを連れて、やたらと話しかけてきていた。
どうやら息子さん、ラスティ先生に惚れたらしい。
気持ちは分からないでもないが、父親連れは駄目だろう。そう思っていたら、案の定、ラスティ先生にあしらわれていた。
息子さんは可哀想に涙を浮かべて戻っていった。
次に来たのは、このバーグ属領一の大商人と名乗る人物だった。
妻と別れるから正妻にと懇願してきたがこっちはもっとひどく、完全に塩対応。
その後、宴会場にいる男と言う男が寄ってきそうな勢いになったところで、俺の腕を組み爆弾発言を投下した。
「皆さんごめんなさい。今、私、アル君にしか興味ないの」
時間が泊まったように、静まる宴会場。
そんなことはお構いなしに、腕組みどころか俺を膝の上にのせるラスティ先生。
そして、俺は宴会が終わるまで膝の上にのせられたまま、野郎どもに睨まれ続けたのだった。
怖かった……。
やっとのんびりできると思った温泉だったけど、やっぱりラスティ先生のせいで無理だった。
体は伸ばせたけどね。
温泉の後、俺たちは付近の漁村へ視察へと向かっていた。
馬車で進むこと数十分、漁港が見えてくる。が、ここで何やら問題が発生しているようだった。
背びれを付けた魚人族のおっさん達が、屯している。
「ん? 何か問題か? すまんが、ワーグ聞いて来てくれ」
「了解っと」
父さんが指示を出すと、ワーグさんが馬を飛ばして聞きに行ってくれた。
「ユーロスさん、怪我人だ。海獣が出たらしい」
ワーグさんの言葉を聞き、父さんは即座に御者に命ずる。
「馬車を彼らの近くで止めてくれ」
御者も慣れたものですぐに対応してくれた。
泊まった馬車から飛び降りる父さん。
続いてゼロス兄さんと俺も降りると、数名の魚人族が寝かされていた。
「誰か回復理術を使えないのか?」
父さんがおっさん達に話しかけるが、誰もが首を横にするだけだ。
「ラスティさん、頼めるか?」
「分かりました。ローネほど上手ではないですが……」
おっさん達の対応から自分に振られる事を察していたのだろう、既に馬から降りて寝かされている人達のそばまで来ていたラスティ先生。
直ぐに回復理術を発動させていく。
「どうだ?」
「この方は厳しいですね。私の理術では治しきれない深い傷がありますね。早く治療院に連れて行ったほうが良いです」
仲間の命の危険を感じ、青ざめるおっさん達だったが、そこにもう一台、馬車が何かを叫びながら向かってくるのが見えた。
「早く親父達を乗せてくれ。治療院まで連れて行くから」
助けが来たようだ。
皆、馬車の方を見ている。
そのすきに俺はというと、そっと容態が厳しいという人の側へと行き、こっそり回復理術で深い傷だけ治しておく。
終わったころにちょうど馬車が到着した。
容態の悪い人を乗せようと人々が動き出したところで、俺は手を引かれて人の輪から遠のけられた。
子供がちょろちょろするなって事だろう。
手を引いたのはラスティ先生だった。
先生が、そのまま俺を抱きしめる。満面の笑みを浮かべて。
その顔に俺は、不穏なものを感じた。ひょっとして気づかれたのではと……。
だが何も言ってこないラスティ先生。
怪我人が居るってのに笑顔の意味が分からない。
俺が理由を聞くため口を開いたのと同じタイミングで、魚人族のおっさん達の叫び声が響き渡った。
「海獣だ。アイツらを襲った海獣がこっちに来る!」
「逃げろー!」
叫び慌てるおっさん達に向けさらに大きな声が届く。
「お前ら落ち着けーー! 魔獣など、俺が相手になってやる!」
凄まじい音量で発せられるワーグさんの言葉におっさん達の動きがとまった。
「がはは、落ち着いたか。良く聞けよ。アイツは俺が相手してやる。この黒斧熊のワーグがな。だから、お前たちは安心して隠れて居ろ。がははは」
斧を高々と掲げ、高笑いをするワーグさん。
魚人族のおっさん達が見入っている。
口々に、「あのワーグか!」「斧一本でワイバーンを切り裂いたという!」「黒斧熊の!」とか言っている。
実はワーグさん有名だったようだ。俺が知らないだけで。
そんなことを考えていたら、俺はラスティ先生に軽く担がれ馬車に放り込まれた。
「全く、ワーグったら。今回は、ユーロスさんの護衛なのに。忘れているわね。仕方ないから、ちょっと行って終わらせてくるわ。アル君待っていてね」
投げキッスしながらワーグさんの下へと向かうラスティ先生を、俺は黙って見送った。




