1.13変なのが来た
季節は進み間もなく6歳になろうかと言うある日、俺は父さんの書庫で本を読んでいた。
ちなみに、今は一人だ。
だがラスティ先生の膝の上から逃れられたかと言うと、それは否だ。
つい先ほどまで、膝の上に座らされていたのだから。
ただラスティ先生の仕事の時間がきて、先生は泣く泣く出て行っただけだった。
「やっと、自由に考える時間が来たよ」
毎日この時間が来ると、毎回独り言ちている気がする。
ラスティ先生には、十中八九記憶の事がばれている気がするけど、まだ言い出せずにいる。
逆に、知りたいのかなぁ? と思って目を向けると、あからさまにスキンシップが激しくなったり話を逸らしたりするので、俺としてもわざわざ話すことは無いかと考えている。
「さてと、昨日の続きをしようかな」
言いながら机の引き出しの中を探り、これまでに考え付いた課題を書き込んだ紙の束を取り出す。
紙も安いものではないのだけど、俺が欲しいというとラスティ先生がどこからともなく持ってきてくれる。
ぺらっぺらで色も形も悪い出来損ないの和紙みたいだけど、メモ書きになら何の問題もない。
その紙の束をペラペラめくりながら、今の俺でも手出しができる課題として考えている農業の項目を開き改めて見直してみる。
「やっぱり食い物だな。人間、腹が減っては戦が出来ぬ。だからな」
などと、日本でのことわざをつぶやいているところで声が掛かった。
「ふむ、聞きなれぬ言い回しじゃの。しかも見たことない文字じゃの」
1人のはずの部屋なのに声がかけられる。
しかも全く気配も感じさせず、顔の真横で紙の束を覗きこまれながらである。
驚かない訳がない。
「ふぉぉぉぉぉぉ!」
あまりにびっくりして、大声を出して、椅子からずり落ちそうになったところで、腕を掴まれて助けられた。
「すまん、すまん。驚かせてしまったようじゃの? 大丈夫じゃ。何もせんから、落ち着くがよい」
俺を椅子に座り直させた後、落ち着かせるためだろうか、少し離れた位置に移動していったのは、白髪、白髭、白ローブの真っ白爺さんだった。
「ふぉふぉふぉ」
白髭を撫でながら佇んでいる爺さんを見ながら、どこかで会ったかと考える俺だが、全く思い出せない。
全くの初対面だと思う。
「あの、おじいさん誰ですか? どこから入ってきました? 父さんのお知合いですか? それとも……」
矢継ぎ早に質問する俺を変わらぬ姿勢で見ていた爺さんの目がかっと見開かれた気がした。
いや、白眉が濃くて目がよく見えないのだけど。
「うむ、やはりお主じゃの。魂に少し偏りが見受けられるしの。そうであろう? 異世界からの来訪者よ」
ストレートに告げる真っ白爺さん。
「えっと、僕は……」
驚きつつも何とか誤魔化そうとする俺だけど、続けて放たれた真っ白爺さんの言葉に口を噤んだ。
「ああ、よいよい。誤魔化さんでもの。天の声より聴いておるでの。面白いものを送り込んだとの」
何てことはない態度で話す真っ白爺さん。
その爺さんの言葉通りだとすると、天の声ってのは、カノンさんの事かな? と思いあたる。
さらには、そういえばあの時カノンさん何か言っていた気がする、と当時の記憶をたどり思い出した。
そう、「現地でのサポートも可能です」、と言っていたことを。
「お爺さんが、カノンさんが言っていた現地サポートの人ですか」
「ふむ? カノンとの? 天の声に固有名詞が在るとは知らなんだがの。概ね間違いないであろうの。お主のやる事を手伝ってほしいと言われての」
カノンさんの協力者で間違いないようだ。
でも、一つだけ訂正しておかないと。
「カノンさんって名前は、俺が勝手に付けたものです。私の故郷の神様に姿形が似ていたので」
「おお、そうであったか。我らは、声しか聞こえぬので天の声と呼んでおったが、実物を見たお主がそう呼ぶなら、今後は、そのように呼ぶとしようかの、ふぉふぉふぉ、ふぉふぉふぉふぉふぉふぉ」
真っ白爺さんの無邪気な笑い声を聞いていると、こっちも笑顔になっていた。
幾分緊張していたらしい。
まぁ、知らない人が突然、部屋にいたら緊張するよね。などと考えていると真っ白爺さん、じっと俺の顔を覗き込んでいた。
「ふむ、落ち着いたようじゃの。それでは、先の話をしようかの。お主は、わしらに何をしてほしいかの?」
笑うのを止め、真顔で問う真っ白爺さんに、俺は自らの要望を答えた。
「力が欲しいかの」
「いえ、知識と技術が欲しいです」
「同じことじゃの。知識と技術も力となるものじゃからの」
そう言われてしまうと肯くしかない。
地球でも銃やミサイルも知識と技術で生み出されて力となっているのだから。
「そうすると、お主を我らの拠点へと連れて行かねばならんの」
「拠点ですか? 申し訳ないですけど、まだ、子供の体なので自由に外出すらできないですよ?」
「確かにの。いきなり我が子が消えたとなれば、親は心配するものだの。そこは考えねばならんの。だが、心配無用、我らが知恵を出せば、何とでもなるからの」
うむうむ、と何度も肯く真っ白爺さん。
そろそろ名前を教えてほしいと思っていたら、俺も自己紹介してないことに気が付いた。
「あ、申し遅れましたが、俺は、アルです。アル・クレイン。もうすぐ6歳になります。あの出来ればお名前を伺っても?」
「おお、自己紹介だの。長いことしておらんからすっかり忘れておったの。儂は、仲間内から長老と呼ばれておる。お主も、長老と呼んでくれればよい。では行くかの」
長老って名前じゃなくないか? とか思ったけど、質問する暇はなかった。
突如として現れた黒い穴へと放り込まれ、俺は連れ去られたのだった。




