1.12森人族には俺には理解できない習性があるようです
魔石の露店を離れてからも、俺たちはあてもなく露店を見て回った。
途中、干し果実の店があったので、コケモモを買って食べながら。
一掴み五百ブロ、日本円にすると大体五百円だ。キリが良くて分かりやすい。
因みに、通貨は硬貨のみだ。紙が貴重だから当然だろう。一ブロ=鉄貨一枚で、十ブロ=銅貨一枚、百ブロ=大銅貨一枚、千ブロ=銀貨一枚、万ブロ=金貨一枚だ。他にも十万ブロ=大金貨、千万ブロ=白金貨があるらしいが、こんな田舎では見たことない。
話を戻そう。
コケモモを食べ終えた俺たちが次に立ち寄ったのは、商業区域の隅っこでひっそりと佇む店だった。
その店、あまりにひっそりとしすぎたのか客が一人もいない。
それどころか、商品が3つしか置いていない。そんな店だった。
そんな店の奥で長いローブを纏い、頭にフードを深くかぶった露店の店主を見ていたラスティ先生が、突然店主に話しかけた。
「クリサンセじゃない。久しぶり」
見るからに面倒そうに顔を上げる店主だが、見知った顔だったのだろう口を開いた。
「うん? ああ、ラスティか? 久しぶりだな」
「ええ、いつ森から出てきたの?」
「数か月ほど前だ。路銀が欲しくてな、こうやって物を売っている」
話をしながら片手でフードを外すクリサンセさん。見えてきたのは、銀髪のイケメン森人族の顔だった。
「お知合いですか」
「ええ、同郷よ。昔から、手先が器用だったから、理術補助具を作っているようね」
「へぇー、優秀な方なのですね」
たった3つしかない商品だが、理術補助具となると話は変わってくる。
実は、誰にでも使える理術補助具だが、いざ制作となると難易度が高い。
物によって特殊な材料が必要で、かつ、付与術という専用の技術を要するものだからだ。
そのため、総じて生産量が少なく、値段が高止まりしている品物でもあった。
そんな理術補助具で売っているとなると、俄然興味がわいてくる。
そこで俺は、3つのうちの真ん中、金属の棒のような補助具を指さして尋ねた。
「えっと、この補助具は、いくらですか?」
「うん、買ってくれるのかい? ここの理術補助具、価格は全て十万ブロだ。効果は、右から、水が出る、火が出る、風が出る、だ」
俺が購入意欲を示したからだろう。クリサンセさんがニヒルな笑顔で答えてくれる。
「おお、十万ブロですか……」
想像以上に高かった。
町に出るにあたり、小遣いを少し貰ってはいるが流石に手が出ない。
というか、露店でこんなもの買う人いるのだろうかと言う金額だ。
俺の表情も曇ってしまう。
その表情で悟ったのだろう。
クリサンセさんも、またフードをかぶってしまった。
「仕方がないわね。クリサンセ、3つとも買ってあげるわ、アル君に感謝しなさい」
言いながら財布を出してくるラスティ先生に、クリサンセさん、またフードを外してニヒルな笑顔で手を出していた。
俺の目の前で見たこともない大きな金貨が手渡されていく。
「……ちょ、ちょっと待ってください」
その受け渡しが終わるころ、ようやく俺は声を出すことが出来ていた。
「なあに、アル君」
「いえ、その、ラスティ先生、僕のために買うのであれば、止めてほしいです。そんな高価な物頂けませんよ」
「あら、そうなの。それなら、これは私が使うわ。だったら問題ないでしょ? そして、たまにアル君に貸してあげる。どうかしら」
微笑みを浮かべて答えてくれるラスティ先生。
そう言われてしまうと、俺には言葉がない。
答えに窮していると、ラスティ先生が耳に顔を寄せてこそっとつぶやいた。
「それにね、これは、旅に出る彼女への選別でもあるの」
ふーんなるほど、と思いながらも一つの言葉が気になった。
「ふぇ、彼女?」
変な声を出す俺を、クリサンセさんが不思議そうな顔で見ていた。
クリサンセさんと別れて、元来た道を戻っていく。
母さん達と合流して昼食を取るためだ。
合流の時間には少し早いけど、サーヤの足の速さを考えるとちょうどいいぐらいかもしれない。
などと考えていると、すぐ先の露店で買い物をするローネさんとユーヤ兄を見かけた。
「おーい、ユーヤ兄」
手を振りながら近づくと、ユーヤ兄も気づいてくれた。
「ん!」
荷物いっぱいの手を振り返してくれている。
そこに、ローネさんも店から出てきた。
「ちょうどよかった。サーヤ、服を買いたいからこっちいらっしゃい」
連行されていくサーヤ。
いつもと異なり嫌がらず、素直に俺の元から離れていった。
滅多にない服を買う機会が嬉しいらしく、笑顔で母親に連れられて行った。例え、その店が古着屋であったとしても。
「ユーヤ兄も一緒に行く?」
残された俺たちだは早々に歩き出した。
ユーヤ兄も、「ん!」の一言で同行する事を決めた。
サーヤの服選びが、長時間にわたる事が確実だからだろう。
さらに歩くこと数分。
俺たちは、一番乗りで合流地点へと到着したのだが……。
「遅いね」
「む!」
母さんもローネさんも中々やってこなかった。
なので、退屈しのぎの話題を探す。
「ラスティ先生。森人族は、旅をするのが普通なのですか?」
「全員ではないけどね。多くの森人族が、成人後に旅に出る。ずっと森にいると好奇心を持て余してしまうから。だから、森の外に出ていろいろ経験する。そして、最後にまた森に戻って暮らすの。他の種族より長い時間生きる森人族ならではの生き方よ」
「ラスティ先生も、旅に出た口ですか?」
「ん? そうよ。今も森の外で暮らしているでしょ」
言われてみればそうだ。何だか生まれた時からいるせいか、ラスティ先生の家はあの屋敷みたいに思っていた。
そして先のことを思い寂しさを感じてしまった。
「それなら、いつか森に帰るのですか」
「あら、アル君。ひょっとして寂しくなってきた? 大丈夫よ。アル君を置いて帰ったりしないから。むしろアル君が行くところには、ずっとついて行くから」
ちょっと意地悪な笑顔を浮かべて、俺の頬を突いてくるラスティ先生。
その顔を見て俺は、自分の顔が熱くなるのを感じていた。
「あら、アル、顔が真っ赤ね。お熱かしら」
その場に流れる甘酸っぱい雰囲気を一気に吹き飛ばしたのは、母さんだった。
おもむろに俺の額に手を当てる母さん。
おかげで一気に熱が冷めました。
ラスティ先生もくすくす笑っているし。
「うん、大丈夫みたいね。それじゃ、お昼に行きましょう。ローネに席取って貰っているから」
それだけ言って俺の手を取り、ずんずん進んでいく母さん。
ある意味助かったけど、何だか残念なような気分だった。
その後、皆で昼を食べ屋敷へと帰った。もちろんラスティ先生も一緒に。




