1.11これでも色々頑張っているのです
長く続いた鬱陶しい天気の日々も終わりを告げ、本格的な夏を思わせる晴れ渡った空が広がる、そんな日に俺はうきうきで玄関先に出てきていた。
俺の隣で手を取っているサーヤですら何時もよりテンションが高いのは、間違いではないだろう。
なにしろ今日は、久々に町に露店が立つ日だ。
ビルなんて待ちきれずに門から外に飛び出しそうなぐらいのところを、ユーヤ兄に取り押さえられているぐらいだ。
まぁ、ビルの場合は、買い物よりも外に行きたいだけなのかもしれないけど。
「お母さん、まだー?」
いつもはクールなシェールもテンションが高めだ。
さっきから、ずっと母さんを呼んでいる。
「はいはい、お待たせ。行きましょ」
母さんが出てきてシェールの手を取って門の方へ歩いていく。
その後ろを俺とサーヤもついて行くと、少し遅れてローネさんとラスティ先生も出てきていた。
「ラスティ先生も行くのですか?」
「ん? ええ、一緒させてもらうわ。カレンとローネだけでは、子供5人の相手は大変でしょうしね」
言いながら俺の手を取るラスティ先生。
まるで俺が問題を起こす人みたいな行動だ。
だが、それが間違いかと言うと、そうでもない。
以前、何かの用事で町に行ったときに、町並みや商品に夢中になってしまって皆と逸れてしまった事があるから。
「気を付けます」
俺は素直に答えておいた。
でも、やらないとも言っていない。
気になるものがあると、やめられない、止まらない、どこかのお菓子と同じである。
その辺りは、ラスティ先生も分かっているようだ。
くすくす笑っている。
近所のお姉さんに笑われているみたいで、何だか恥ずかしい。
門を出て、町並みを歩く。
小さいとはいえ、属領の中心となる町だ。
それなりには栄えている。しばらくして目的の区域が見えてくる。
「さて、ここからは人が多いから手を繋いで」
「はーい!」「む!」「分かった!」
目的である商業区域の入り口で母さんが声を掛ける。
すると子供たちがそれぞれに手を繋ぐ。
母さんは左右にビルとシェールの三人。
ローネさんはユーヤと二人。
そして俺たちは、これまで通りラスティ先生とサーヤの三人で行動だ。
商業区域に入って別々に行動を開始する。
母さんとローネさんは買うものが決まっているのだろう。
先へ先へと歩いていく。
だが俺たちは、特に買う予定のものはない。
ラスティ先生にも聞いてみたのだが、わざわざ今買わなくても私は大丈夫、だそうだ。
三人連れ立って、八百屋や肉屋などの店先の商品を冷やかしながらゆっくり歩いていくと、前回までとの違いに気づいた。
「店数が多くなりましたね。それに人も」
「そうね。これがアル君のつぶやきから始まったと思うとびっくりだけどね」
俺の方を見て、また、くすくす笑う、ラスティ先生。
いや、先生こそ良く子供の俺の戯言を信じてくれたものだと改めて感謝しながら思い返していた。
――あれは、一年半くらい前だから4歳にもならない頃だった。
言葉とこの世界の常識を知るために、毎日本ばかり読んでいた俺だったけど流石に飽きが来ていた頃だ。
かと言って、何かの行動を起こそうにも4歳児に出来る事なんて、あるはずもなく。
結局、ビルやユーヤ兄と追いかけっこするとか、シェールのおままごとに付き合うかぐらいだった。
後は、よちよち歩くサーヤの手を取るとか。
そんな中、少しでも情報を知りたいと思いついたのが、町の視察だったけれど、一人でなんて許可が下りるはずもない。
どうやって屋敷を抜け出そうか困っていたら、ラスティ先生が「一緒に行こっか」と言ってくれたのだ。
俺はもろ手を挙げて喜んだ。
そしていざ町へ出かけて――
愕然とした。
小さいと言っても領都と呼ばれる町なのに、それなりの人が住んでいるはずなのに、何故か商業区には数件しか店がなかったのだから。
俺は首を傾げた。数百人にも及ぶ町の人たちは何処で買い物するのかと。
そのことをラスティ先生に聞く。
すると
「欲しいものは自分で作る。もしくは、ご近所さんと物々交換」
という答えが返って来た。
それならこの立っている店は何なのか? と再度聞くと
「塩とか理術補助具とか自給自足出来ないものの店ね。高いのよねぇ~」
とのことだった。
驚いたことに、物々交換が主流だった。
さらに言うと、重要な品は少ない者が利権を貪っていた。
俺は頭を抱えた。
こんな前時代的な環境では、全く町の発展は見込めそうになかったから。
俺はしばらくの試案の後、ラスティ先生に一言こう言ったのだ。
「自由に売り買いできる場所があると楽しいのに」
それだけで、ラスティ先生には、思う事があったようだ。
即座に俺の手を引き、屋敷に帰り父さんの執務室へと駆けこんだ。
俺ともども。
入った執務室で俺はラスティ先生に促されるままに町で思った事を話しさせられた。
言いたいことは自分で言えということだった。
俺は子供らしく難しい言葉――『自由経済』とか『市場価値』とか――を使わないように考えに考えて言葉を紡いでいった。
ラスティ先生もフォローを入れてくれた。
どうやら先生は、他国で俺が思い描く『自由に売り買いできる場所』を見たことがあるそうで、俺の言葉をこちらの世界に合わせた提案へと導いてくれていた。
結果、父さんは即断即決で動き出した。
ただの本好きでない優秀な領主だったのだと認識を新たにするほどに早かった。
既得権を守るためにごねる商人達を、将来の展望を語る事で説き伏せ、ほんの数か月で俺のつぶやきを実現してしまった。
――見渡す限りの露店。これが現在の商業区域の状態であった。
店を眺めながら通りを歩くと、自分で栽培した野菜を出す店、何かの魔獣の肉を並べる店、自作の食器なんかの店もある。
「変なもの掴まされたりしないのですか?」
「もちろん、その辺の目利きは必要よ。分からないなら、入口付近のちゃんとした店で買うべきね。高いけど」
やっぱりと言うべきか、玉石混淆なようだ。
露店街を楽しみながら進んでいくと、赤っぽい石だけを置いた変な露店を見つけた。
「ラスティ先生、これ何ですか? 何だかきれいな石ですけど」
「へへ、ぼっちゃん、お目が高い。これは良い物ですよ。おひとついかがですか?」
ラスティ先生が口を開くより先に露店の親父が割り込んでくる。
しかし言葉に具体的な内容がない。
良い物と言われても何だか分からないので、今度は露店の親父に聞き返す。
「具体的には、何の石ですか?」
「へへへ、小さいのに賢そうな坊ちゃんだ。珍しいでしょう? とても良い石ですよ。持っていると幸せになれるかもしれない、石ですよ。へへへ」
この親父、またはぐらかしてきた。
俺が子供だと思って騙して買わそうとしているらしい。
だが残念、俺の見た目は子供でも、中身は大人だ。
そう簡単には、騙されない。
と言うより、横には、大人のラスティ先生が居るというのによく騙そうとするものだ。
「アル君、あれは魔石よ」
露店の親父を訝しげに見ているとラスティ先生が教えてくれた。
「魔石、へぇ~これが魔石。初めて見た」
「そう魔石。魔獣の核になる物。魔術のエネルギー源と呼ばれるもの」
「本にも同じように書いてありましたね。それに、魔石は使用用途がないとも」
本の内容を思い出していた俺の頭には、疑問符が山のようについていた。
「誰が買うのだろう?」
一番の疑問だ。通常魔石は、魔獣を狩ったときにその場で取り出し、山に捨ててくるらしいのだが。
改めて露店の親父を見ると顔を顰めていた。
正体がばれてしまって困っているようだ。
「アル君、行きましょう」
ラスティ先生が手を引っ張るが、俺はこの露店ほったらかしで良いのか気になる。
「良いのよ。ある意味教材よ。魔石なんて町中で見る機会無いし、一回触れてみて勉強すればいいのよ。極稀にコレクターもいるらしいから、需要がゼロという訳でもないしね」
ある意味、騙される方が悪い、的な言い方をするラスティ先生。
うん、まぁ、それでいいならいいけど、なんだか腑に落ちないまま、その露店から離れていった。




