1.10ラスティ先生は考えている
「おやすみなさい」
眠りについたアル君に、私はそっと声を掛けベッドから降りて横にある椅子に座った。
「ふふふ、かわいい寝顔」
寝ている姿を眺めていると、本当に普通の子にしか見えない。
でも不思議な事に、話す内容はまるで大人。
言葉遣いから一応隠そうとしているみたいだから、付き合っているけど。
「胸の件で揶揄ったのは、ちょっと失敗だったかなぁ。警戒されちゃったかも。いつもの豊胸理術短めだったし、胸の成長止まると嫌だなぁ。アル君、巨乳好きそうだし。」
でも、あれは、アル君が悪いわ。
ローネの胸でニヤついているアル君が。ね、アル君。
そんなことを思いながら、そっとアル君の頬を撫でる。
「それに、商人か。みんな驚いていたなぁ。普通の子なら、本に出てくる騎士とか英雄みたいなものに憧れるものなのになぁ」
やはり何か確固たる目的があるように思える。
それが何なのかは、まだ、分からないけど。
それでも、これまで幾度となく繰り返された問答を思い出していくと、導き出される回答の数はそう多くない。
アル君が将来何をするにしても、きっと悪い事にはならない。
そんな思いを胸に抱きながら、アル君の寝顔を眺めていたところで、ふとやるべき事を思い出す。
「いけないいけない、日課の確認をしないと。……うん、完全に一つになったみたい。まだ、ちょっとだけ皺が寄っているけど、初めから疑ってみないと分からないぐらいね」
私は、ある森人族にだけ伝わる秘術を使ってアル君の魂の形を確認していた。
この秘術、どのような原理なのかは現在の理学では解明されていない。
だから下手に広まれば、魔術だと言われ迫害されない危険な術。
その秘術を使い、魂を見るのが私の日課だ。
生まれた時のあの魂、普通は真ん丸なはずの魂に瘤がついているのを発見した時から。
普通なら生き残れない。よしんば生き残れても自我が壊れている可能性が高い魂だった。
だからこそ率先して関わって来た。
出来るだけカレンの悲しみが少なくなるように。
それが、いざ成長していくと劇的な変化が現れた。
「やっぱり、三年目のあの日よね」
生まれてからずっと変化がなかった魂の瘤が、突然無くなったのだ。
そのせいで、思わず寝ているアル君を持ち上げて凝視してしまって、カレンに叱られたぐらいだ。
でも、おかげで魂を十二分に観察することができて、一つの結論を得た。
瘤は魂に吸収されたのだと。
さらには、この魂の吸収――いや、融合とでも言うべき現象は、何者かが人為的に行ったものであると。
そうでなければ説明できない。
魂に張り付いていた瘤、これだけなら珍しいけど前例が無いわけでは無い。
だが、その瘤を自然な形で融合するために、魂を瘤と同じ形に穴が開くように変形させ瘤を収納、その後、隙間を埋めていくなんて、そんな事が自然に起こるわけがない。
「誰の所業だろ? 少なくともこの世界の誰であっても同じことが出来るとは思えないし」
そうすると、やっぱり……神様? ……ってそんなわけないか。
確かに、このジアスでは様々な神様が信仰されている。
光の神や山の神、海の神、変わり種で尻尾の神なんてものもある。
けど、実際に存在が確認された神はいない。
各々の神話では、降臨して大地を作っただとか、天罰を与えただとか語られているが、理学に基づいて実証されたものは一切ない。
「森人族の秘術も理学では立証されていないのだから、同じことだけどね」
秘術は存在している。
それは、つまり神の存在を肯定することにもつながるのではないだろうか?
そこまで考えた私は、思わず吹き出してしまった。
「何考えてのかしら私。アル君が神の使いだなんて。ふふふ、ほんと可笑しい」
口では馬鹿なことをと言いつつも、私は心の中で全てを否定することが出来ずにいた。




