1.1葬式って気分のいいものじゃないよね
うむ、どうやら俺は死んだらしい!
え、何でわかるかって? だって、そりゃあ、分かるよ。
目の前で、俺の葬式が行われているのだから!
その葬式を見ながら、何でこうなったかよく考えてみた結果、一人で納得してしまった。
あんなに仕事したら、死んでもおかしくないって、と。
寂れた陸の孤島みたいな町の役所勤めだった俺。
適度に真面目に働いてればブラックな感じではなかったけど、俺は全力で頑張った。
町の発展のために。
地元の特産の発掘とか、観光客の誘致とか、休日潰して成功例を見に行ったり企画書書いたりして本当に休みを返上して働いたのだ。
その甲斐あって企画が通り、幾つか町の特産品もできて、その関係で都会から帰ってきた奴らも居た。
上出来の結果だった。でも、そこまでだった。
企画成功の打ち上げで飲みすぎて、風呂で溺れて――
悲しい死因だった。
「随分と落ち着きましたね」
一人思い出して、うんうん肯いていた俺の耳に声が届いた。
出棺も終わって誰もいなくなったのにまだ居たのか、と思いながら声のする方を見て驚いた。
「観音様が増えている? それにしては生きているような?」
葬式をやっていたのは、代々の菩提寺である古寺だ。
この古寺、御本尊に古くから伝わる観音菩薩様が安置され祀られている。
まぁ、それなりに由緒のある古い仏像だ。
色も褪せて古びた感じになっているが、それがまた良かったりもする。
良かったりもする観音様の横に、観音様と瓜二つの人間が立っていたのだから驚かずにはいられない。
「はい。生きていますよ。この次元でも見えるように木像の姿は借りていますけど。そんなことより単刀直入に伺います。私の願いを聞いていただけませんか?」
「ふぇ? 聞こえている? それに、願い?」
変な声が出てしまった。
さっきまで俺の声は全く誰にも届かなかったのに突然会話が成立したのでビックリしてしまったせいで。
「ああ、すみません。驚かしてしまったようですね。自分の葬儀を見たというのに随分と落ち着いておられたので大丈夫だと思っていたのですが」
「……確かに驚いた。けど、もう大丈夫。それより教えてほしい。願いってどういう事? 死んだ魂は、あの世に行って閻魔様の裁判ってのが、仏教の習わしだったと思うのだけど?」
「そうですね。そこからですね。まずは、貴方の状態から説明いたします。端的に申しまして、今の貴方は魂ではありません。意思エネルギー体、死した貴方の残留思念というところでしょうか」
そんな言葉で始まった観音様もどきの女性の説明は、こうだ。
まず今の俺の状態は、死んだときの強い思い、信念、執念、怨念、無念、残念いや残念はないか――
まぁ、俺という人間の搾りかすみたいなものらしい。
魂は、すんなりあの世に向かったらしいからホント残り物だとか。
しかも、このままだと数日で消えてしまうそうだ。
なんてこったい!
次に、観音様もどきの――恐らく――女性だが、なんでも長い時を経て自らを高次元へと昇華させた生命体だとか。
このあたりの説明は正直、良くわからなかった。
で、もっとも大事なのが、そんな高位の生命体が搾りかすみたいな俺に何の用か、ということだ。
そう尋ねると、また何とも変な願いだった。
それは、彼女達が監視している別世界の文明が、どうすれば発展してくのか現地で調べてほしいとのことだった。
可能なら、発展させても構わないとか。
現状、その別世界どうにも発展していかないそうだ。
進んでは戻る、を繰り返していると思ったら、絶滅寸前にまでなったりしたそうだ。
自分――観音様もどき――たちに近い文明を築いており、高次元へ至る可能性も高いと判断したため、間接的に手助けはしているらしいのだが。
長い時間を生きられるようになった彼女たちは、絶滅寸前にまで行った後も諦めずに幾度となく介入を繰り返したが――結果は芳しくない。
そして彼女たちは、分からなくなってしまったそうだ。
どう介入したらいいのか。
だからと言って放置することもできない。
長い時間かかわりすぎたせいで文明をゆがませてしまった責任があるから。
だから、地球を見に来たらしい。
彼女達の文明と問題の世界の文明のちょうど間ぐらいの文明を持つ地球を。
誰の介入もなく、地道に少しずつ発展しようとしている地球を。
「お願いします。貴方のような状態の方は、殆どが怨霊のようで話すら聞いてもらえないのです。貴方には、最高の遺伝子組み合わせから生まれる肉体を用意します。難しく考える必要はありません。ただ、生きて感想を聞かせてもらえるだけでも良いのです。現地でのサポートも可能です。それに貴方、全然満足していませんよね。やり残したことがあって、そんな形になってしまったのですから。町の発展を心から望んでいた貴方なら、きっと色々な事に気付くはずです。お願いします」
最後は、まくしたてるように言葉を並べてから手を合わせて頭を下げる観音様もどきの女性。
このシチュエーション、すごく居心地が悪い。
違うとはわかっていても観音様に拝まれている気分になるから。
だから俺は。
「分かりました。頭を上げてください。つまりは消えてくだけの俺に、別の環境で、もう一度チャンスをもらえるって事ですね。しかも今度は小さな町ではなく、世界そのもので。……そこには、正直、自信は無いですけど――ただ生きるだけでも良いというのであれば、出来る範囲でやらせてもらいます」
肯く俺に、観音様もどきの女性は本物の観音様のような微笑みを浮かべていた。