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猿の恋心

作者: 清水明良

人は目の前に変な生き物がいるのを認識したとき、一体何をするのだろうか?

逃げる?叫ぶ?それともつつく?

何かの行動を起こすだろう。動くなり、話しかけるなり何らかの動きを見せてもいいだろう。

しかし、少女は違った。その生き物と10分以上見つめ合ったまま、決してそこから動くこともなく突っ立っている。

生き物も少女もお互いの視線を絡ませたまま。

そんな均衡が崩れたのは少女のはいた一言。

「あ、猿」

猿はそのつぶらな瞳を大きく開けて叫びます。

「な!?俺は猿じゃねぇ!!これでも立派な人間だ。生まれたときから人間でいるし、人生の途中で突然変異して猿になった覚えはねぇぞ!!」

自称人間はつばを飛ばしながら言う。

よどみなくすらすら言えるのは、このやり取りがいつものことだからだろうか。

そしたら、この生き物はやっぱりさ・・・

「だから、猿じゃねぇって言っているだろが。ただ、人よりも毛深いだけで、それでいてこの数週間忙しくてひげそるのを忘れたんだよ!!」

「知ってる。だから、自称兄にひげの駆除と猿の駆除とごみの駆除を頼まれた」

自称人間の近所迷惑な怒鳴り声に動じることもなく、少女はあくまで淡々と無表情に言葉をつむぐ。

「なっ猿はいねぇって言っているだろ!!それからな、いつも俺の部屋の掃除はしなくていいって言っているだろ。いくら、一樹に頼まれたからといっても親友の妹にそこまでの迷惑をかけられないだろが」

「あぁ、そう。じゃあ今日はひげの抹殺だけにする。じゃあ猿、猿んちまで行くよ」

「お、お前な・・・」

もはや猿には、あきれて、脱力し、物言う気力がないようだ。先に自分の家に向かう少女の後を仕方がなくついていくが、猿は内心ひやひやしていた。

その意味は少女が猿の家の玄関の戸を開けた瞬間に判明した。

ごみの山、異臭、ゴキブリの大群。

それらがすべてを語っていた。

ここはごみ屋敷と。

「ねぇ」

部屋の惨状を見ながら少女は後ろの猿に話しかけた。

「はい」

猿はできるだけ神妙に答えようとする。そうすれば、少女の怒りを和らげることができると信じて。

でも、少女はだまされない。

というか、だまされたいと思っても、現実逃避したいと思っても、目の前にこの部屋が存在する限り少女の怒りは収まらない。

「ここ、三週間前に掃除したばかり・・・だよな。それも、私が、猿じゃなくて、私が」

しつこいと思ってもここは黙っていた方が身のため。

猿は無言で語ることにした。

「これだから、猿は無能なんだ。猿の分際で人間を語るなんておこがましいぞ。人間を語る前に部屋を片付けろ」

猿には反論どころか返事さえ思い浮かばない。すべて正論だからだ。少女の言い方が少しきついなぁと思っても何も言わない。

この少女は口だけは達者だから、猿は口では少女にかなわない。

「善処します」

反省の言葉をもらしても、その声は小さい。それでも少女には聞こえたようだ。

猿のほうに振り返って、眼力を少しだけ緩めた。

「ほんと、猿は私がいないとだめなんだな」

あきれた口調で言いながらも少女の表情はいまだ変わらず、頬がピクリとも動かない。

「ほら、働け。猿でもごみを収集場に運ぶことはできるだろう。いまならまだ間に合う。ゴミ袋を捨てて来い」

猿はため息をつきながらゴキブリをお供にしてごみを両手に、しぶしぶとゴミ捨て場に向かった。

本当に少女にはかなわない。




大掃除が終わりに近づいたころ、ひげの取れた猿と少女は休憩と称して床に向かい合って座っていた。

「だいぶ片付いたな。いいか、これを維持するんだぞ。お前だって好き好んで虫と共同生活したくないだろう」

「それはそうだけど・・・それよりも嫁さんがいてくれたほうがいい」

「は?掃除でもさせるつもりか?だったら、家政婦でいいだろう」

「いや、俺もいい加減いい年だ。人肌恋しいお年頃なんだ・・・志津、お前俺と結婚しないか?」

志津と呼ばれた少女は目をいつも以上に瞬かせた。

少女は顔には感情は出ないが、目には出るらしい。驚いていることが目に見れて取れた。

「なぜ私?」

「俺のだらしなさを心広く受け止めてくれる女は世界広し、といえどもお前しかいない。それに・・・」

それにお前の笑顔を取り戻したいんだ、とはいえない。少女はきつい口調が災いしてか、友人だと思っていた女に手ひどく裏切られたことがある。それ以来、猿には少女の笑顔を見たことがない。少女の兄も笑顔を見せない彼女をひたすら案じていた。

ひたすら自分の殻に閉じこもり、心をそれ以上壊れないよう守っているといえば聞こえはいいだろうが、現実は放置しているのだ。もう何事にも心を傾けないよう、自分のあずかり知らぬところにほったらかしにしている。といっても心がないわけではない。

ほんの一部の心だけはまだ少女の中に残っているようで、少女の目だけは彼女の感情を移すことができる。

でも、猿には本来の少女を取り戻したかった。

こんな汚い部屋を見て、自分に笑いかけてくれた少女を。猿と誰もが思ってしまうだろうひげ面した自分から離れようとはせずに、逆に微笑みかけてくれた少女を。

彼女の笑顔を自分の手元に戻したかった。

そのための結婚だ。

自分だけは彼女を裏切らない自信がある。それでその自信で彼女の凍ってしまった心をとかせるよう時間をかけて見守っていきたい。

で、あわよくば、彼女を自分のものに・・・なんておやじくさいことは決して考えていない。えぇ、決して考えていないですとも。

「それに・・・?」

少女は目を細めて猿をにらんだ。

「・・・それに、俺はお前のことが好きなんだ」

「武藤って女子高校生が趣味なの?」

猿改め武藤は大いに慌てた。

「た、確かに女子高校生はいいが、ピチピチだし。いやいや、俺は女子高校生よりもお前がいいんだ」

きっと少女は自分を拒むに違いない。自分以外の誰かを受け入れる準備が全く整っていないのだ。しかし、これを何度も続けていけば、少しずつ少女は武藤のことを信じ始めるだろう。今日はその第一歩として、さりげなくやってみただけである。大きな成果は期待していない。

心のどこかでは、そのかわいらしい唇をいただき、と思っても、期待だけはしてない。妄想は別だけど。

「っていうか、武藤ってお付き合いとかしないまま結婚するの?」

「へ?」

「だからお付き合い」

「あ、お付き合いは婚約してからすればいい、と思っていたんだが」

「へぇ、じゃあいいよ。それで」

「は?どういう意味だ?」

「だから、結婚」

「・・・はぁ!?マジで!?マジでお前いいのか?正気か?」

「何だよ。私じゃだめだって言うのか」

少女は目を小さく伏せてつぶやく。

「い、いや。いやじゃねえぞ。う、ん、ありがとな」

武藤は予想外の事態に頭が飽和状態になりかけ、正気でいるために目の前に座っていた少女に抱きついた。

や、やわらけー。

そう思いながら、武藤は惜しみつつゆっくりと少女に巻きついていた腕を緩めて少女の顔をのぞくと、ほんのりと赤く染まっている。

「・・・照れてるのか?」

「照れてない」

どうやら、自分は少女の力になれそうだ。

久しぶりに見た、少女の目で表す以外の感情に武藤は心が震えるのを感じながら、自分の人生をかけて誓う。

これからじっくり時間をかけて心をとかしていこう、と。



そして、少女の唇に己のを重ね、永遠の愛を誓った。






しかし、猿は知らなかった。

これから待ち受けている試練を。

自他共に認めるシスコン兄貴という最後の砦を打ち砕くには並々ならぬ努力が必要だと言うことを。

そして、かわいい妹の純な唇を奪ったと知られたせいで少女には一ヶ月会えなくなることも。


猿は知らずに今のもろく崩れやすい幸せにひたっているのであった。


この作品は新たな文体を目指して書いた作品です。

失敗しました。

なんか、いつもと同じじゃん、と思いましたよ。

まあ、こんな作品を読んでいただきありがとうございました。これからも清水明良をよろしくお願いします。

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