異世界ブレイク ~能あるNPCは魔王を隠す~
タゲン異世界社が運営する、ある世界の支配人――もとい支配者の魔王シスは、空の魔王城から下界を見やる。
「はあ、いつになったらこのブラックな世界を離れられるやら」
吐かれた愚痴は魔物と化し、曇天へ飛び立って行く。
「この世界を暗黒にしているのは、魔王様ご自身では」
装いも黒ずくめの彼に言ったのは、部屋の卓で茶を飲むクールビューティーなNPC従業員ヒカゲ。
「いやそういう演出業務の話じゃ――ってお前は分かってるだろ、NPC統率してストライキ起こしてんだから。その影響で俺が辞められなくなってんのも!」
また愚痴が魔物になり、今度は下界へ直下降して行った。
魔王は、城で勇者に倒されるまで辞められない厄介な界則に縛られている。だが現在は勇者を魔王へ誘導するNPC部門がスト決行中の為、勇者達は情報を得られず、彼の所に辿り着けない。
「界社が私達の労働条件の改善要求を全て飲むまで、お待ちを。『お代わりは如何ですか?』」
本来カフェ常駐NPCのヒカゲは固定台詞と共に、卓へ戻ったシスに二杯目の茶を注ぐ。
「一体何がネックでこんなに長引いてんだ?」
「勇者達への情報提供を有料化し、得た料金の二割を固定給に加算する一部歩合制の採用要求です。通れば大規模なシステム構築が必要で、更に時間を要します。それも狙いの内――」
「狙い?」
シスの引っ掛かりを、ヒカゲははぐらかす。
「情報有料化の方の狙いは、NPC業務中の意思封殺義務に付け込み、私達にセクハラや付き纏いをする輩の忌避です」
戦闘力は無い筈の彼女が指でへし曲げたティースプーンに、魔王さえ慄く。タダ故に余計しつこく話し掛けられたり突き回されたりする事が絶えず、NPC達は怒りを溜めていた。
「ここに転生転移してくる層、ガラ悪いもんな。どの勇者パーティーもまじパーリーピーポー。奴等の気まぐれな行動に二十四時間対応とかもう勘弁。だから辞めたいのに、奴等が来ると腹立ってオートで返り討ちにしちまう。ハマりかよ」
シスは魔物三体を一度に吐き、茶を一気に飲む。そうして後、ほっと安らぎ、笑顔で言った。
「まあ兎も角、お前達が望む環境を勝ち取れるといいな」
ヒカゲは呟く。
「……私的には、今が最も望む環境なのですけどね」
「ん?」
「お代わりは如何ですか?」
彼を隠して留め、台詞を言う相手も選べるという、既に勝ち取られたティータイム。
NPCの出す遠回しなヒントに不慣れで鈍い魔王を、彼女は愛しく思った。