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花柳村の猫は啼く  作者: 瑞月風花


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8/14

悪夢

 

 ※


 猫の声が辺りに響いている。まだ仔猫の声だ。母猫を呼んでいるのだろうか。はぐれてしまったのだろうか。その声は切ない響きを含んでいて、声を掛けずにはいられない。

 そんな庇護欲をそそる声。

 白い靴下をはいた黒い仔猫が「にゃ」と返事をするようにして、私を見上げた。

 私は、その子をしっかりと抱きあげると「ここにおったん」と、呟いた。発せられた私の声は幼い声だ。

「心配しとってんで」

 だけど、仔猫が下りたいと体を捩じらせるものだから、壊れ物でも下ろすかのように慎重に、仔猫をそっと大地に戻す。すると仔猫は「おいで」とばかりに私を先導するのだ。しっぽを自慢げに立てたその猫は、少し歩いては振り返り、また少し歩いては振り返り。

「どこ行くの?」

 と尋ねると「にゃぅ」と短く答える。

 猫は歩みを止めない。私もそれに素直について行く。


 ※


「お風呂が沸きました」

 顔を上げた私の耳に届いた機械的で綺麗な女性の声が、確実に私の微睡を遮った。


 目を擦り、「あっ」と小さく叫ぶ。お風呂の前に夕飯を食べてしまおうとお惣菜をレンジで温めていたはずなのだ。時計を見ると午後八時過ぎ。うわぁと頭を抱える。九時以降に食べ物を食べると太るというし、かといって追いだきのないお風呂システムを考える今すぐお風呂という選択になってしまう。一瞬悩んだ私だったが、結局お風呂を優先することにした。疲れは取っておくに越したことがない。きっとあったかいお湯に浸かれば、大丈夫。


 さっきまで見ていた夢を洗い流したい、そんな思いもあった。

 そう、また、あの夢だ。だけど場面が少し違う。あの女の子は私ではなく、おそらく長野さんなのだろう。そうに違いない。そうでなければならない。だって、私はあの場所を知らない訳だし、夢に出て来るなんておかしすぎる。

 あの猫が求める者は、長野さんなのだから。

 ちゃぽんと湯船に体をつけると、まるで体の深いところから色々なものを吐き出すように長い息が自然と漏れ出した。さっき微睡んだせいで眠気こそないが、私は必死になって自身の思考を操作していた。


 まず、お風呂から上がったら……。

 ご飯を食べたら……。

 ちょっと残っている仕事をして……。

 とりあえず、ラインの……


 そこで思考を止める。長野さんのラインのチェックなんてしたら、またあの夢を見兼ねない。夢の中にいる間は別に気持ち悪いということもないし、どちらかと言えば、穏やかな雰囲気で、心は落ち着いている。だけど、起きるといろいろ気持ち悪いのだ。まるで長野さんの思考を準えているような、覗いているような。


「霊感なんて全くないのに……」


 湯船の中で膝を抱え、今度は大きなため息をつく。長野さんの行方さえ分かれば問題ないのだ。

 そう、無事に見つかって。

 ただ単にいろいろ悲観するお年頃だっただけで、ちょっと出て来るのが躊躇われるようになってきていただけで。


 ほら、警察沙汰にまでなってしまったわけだしさ。

 無断欠勤してしまったわけだしさ。

 だから、どうか猫の呪いとかそんなホラーではありませんように。

 そんなことを考えている矢先、私の心臓がまた跳ね上がった。


 バタバタバタという音と激しい猫の声だ。

 威嚇しているような、そんな低い唸り声。

 遠くのようでいて、近くのような。


 縄張り争いなのか、威嚇の声が響き、一匹の叫び声に、大きな足音。そして、ふたたびの唸り声。低く地底から湧き出てくるような呻き声は、私の恐怖と疲労の限界を逆なでするようにして、思い出させてくるのだ。


 もう止めてよ……。


 意識せず肩まで湯船に沈めてしまう。ここは四階。まるでベランダ辺りから聞こえてくるようにすら思えてしまう。ご近所の屋根か外の道にいるのだろうに。

 気にし過ぎなのだろうか。

 猫は不吉、なんて聞いて変にガードしているせいだ。きっと、気にし過ぎ。私が自身を慰める。

「一体何なん?」

 恐怖を紛らわせるための独り言が漏れていた。




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