無断欠勤
長野さんのデスクは不在。今日もお休みしている。長期休暇なんて珍しい。
今年の夏はうちの目玉商品の『タビコ』の売り上げがいまいち振るわない。これじゃあ、夏のボーナスに大きな打撃があるはずだ。ボーナスが低いといろいろな計画が崩れてしまう。旅行のレベルを下げるべきか、エアコンの買い替えを来年に延ばそうかと考えて、うだる暑さに頭痛がした。今年は旅行を節約旅行に変えるべきかもしれない。大きなため気をつきながら売り上げの入力をしていると梁坂係長が声を掛けてきた。なんでこんな時に声を掛けて来るのか、腹立たしい思いを隠しながら顔を上げると、四十にして既に貫録を見せ始めた頭を申し訳なさそうに撫でる梁坂係長の顔が頭上にあった。こんな時は頼まれごとだ。
「ちょっとあいつの所、見て来てくれへんか? 連絡とれへんくってな。お前なんか知ってるか?」
「さぁ。病欠じゃなかったんですか?」
一瞬、どうしてそんなことを尋ねられたのか分からなかった。確かに私は長野さんと、会社の中では親しい方だ。だけど、長野さんはあくまで先輩。ほんわかしていて、おっちょこちょいなので、頼りがいがあるようなないような、かわいい先輩。その可愛さはなんとなく小動物にも例えられそうな。先輩的にはあんな感じになりたくないが、人間的にはあんな雰囲気をまとってみたい。そんな気もする先輩である。
あ、そうか。
「あ、分かりました。じゃあ、家は知らないので連絡だけ入れときますね」
一緒にご飯を食べることもあったし、合コンにも誘ったこともあったから勘違いは致し方ないのかも。だけど、どこに住んでいるのかまでは知らないし、興味もない。友達かと言えばそんなことはないのだ。もちろん、係長がそういう微妙な関係に気付くとは思えないから、とりあえず、「家は知らない」と予防線を張っておく。
だけど、連絡が取れないとなると確かに心配になる。そういえば、最近長野さんの雰囲気も少し気になるところがあった。ここ一ヶ月、一緒にお弁当仲間をしていた長野さんが、外食をするようになったのだ。避けられているような気もして少し寂しい思いもあったし、ちょっと嫌われたのかなと思ったりしていたところだったし。
とりあえず、ラインをしておこう。既読になれば心配ないだろうし。それなのに、梁坂係長は続けた。
「いや、無断欠勤でな。あれや、昨日は連絡あったから、今日連絡取れへんねん。住所は教えるから、行って来てくれへんか」
「はぁ。今からですか?」
自然と移る視線の先には長野さんの机があった。綺麗に片付いているデスクの上には百均で揃えたようなペン立てと写真立て、付箋入れが乗っかってある。付箋入れの中には可愛い動物のイラスト付きの物や、シンプルな蛍光の付箋が並んで入っていたはず。
「あほか。そうやなぁ、早かったら仕事帰りでも、土曜日にでも行ってくれると助かるわ」
土曜は明日だろう? と突っ込みたい気持ちを抑え、声も抑える。係長は私の大切な休日をなんだと思っているのだろう。特に予定はないのだが、休日を勝手に係長に決められるのは納得いかない。せめて、出張費くらい出してくれれば……なんて考えてしまう。
「はぁ。わかりました。明日行かせて頂きます」
「ほな、よろしくな」
そして、続く係長の声が私の自由に止めを刺した。
「あぁ。お昼に詳しく話すわ。どうせここで食べるんやろ?」
あぁ、誰が悲しくて禿げ始めたおっちゃんと一緒にご飯を食べなければならないのだろう。口には出さないが、係長はそんなにダンディな叔父様ではないし、汗はよく掻くし、既婚者だし、気を回しているようで、駄々すべりだし。
手抜き弁当に愛妻弁当だし。悪い人ではないけれど。
「はい……」
セクハラですくらいは言えば良かったのかもしれない。恨みがましく去って行く梁坂係長の背中を眺めながら、それは通じなかっただろうな、と思い直した。
背中が「なんでやねん」と突っ込んできている気がするのだ。