6話 夏の始まり
それから僕の毎日は変わった。
沢山の文字を書き、沢山の本を読む。
月曜日と水曜日は保健室で、金曜日の放課後には図書室で書いてきた小説を夜月先輩に見て貰う。
(相変わらずパシリをさせられるけど、僕は弟子だからしょうがない気もする)
夜月先輩は僕の小説を褒めてくれた。
てっきり厳しくダメ出しされるかと思っていたので意外だった。
「私、弟子には甘いの。それに貴方の小説は好きよ。ロマンチックで、だけどどこか現実の悲しさを知っている様な文」
やっぱり見込み通りねと笑う夜月先輩は、とても楽しそうだった。
僕に本当に才能があるのかはまだ分からない。
だけど夜月先輩と出会ってから、見つけられた様な気がする。
こんな考えが自然と出るようになるなんて僕もいよいよ魔法使いに近づいているのかもしれない。
「なんてね」
そう呟くと自然に口元が緩んだ。
そんな日々が続き、今日の全校朝会が始まる。
僕は隣で体育座りをしている亮太と、最近発売されたゲームの事を話していると、前に立った校長先生が「えー、全校生徒のみなさん、明日から夏休みが始まりますが、注意事項をお伝えしたいと思います。まず一つ目は……」 と長い話が始まる。
そうか、もう夏休みになるのか。
なんだか他人事だ。毎日を忙しく過ごしていたからだろうか? 曜日感覚が無い。
「なあ、優。お前まだ愛澤先輩と会っているのか?」
亮太は小声で僕に話す。
「うん、そうだよ」
「すげぇ、羨ましいぜ。一体どうやったんだ?」
亮太は興味深々という風に目を輝かせる。そういえば夜月先輩は僕と、岸田先生以外に会っている所を見た事が無い。
「毎回お昼休みにあんパンとミルクテイーを買ってあげれば仲良くなれるかもね」
冗談のつもりで言うと亮太は「優。お前ってMだったんだな……」
と哀れみの目で僕を見た。
「本気にしないでよ」
僕が慌てて否定した辺りで、「では生徒のみなさん、良い夏休みを」とようやく校長先生の話が終わりを告げた。
帰り道、いつもより早く帰れる事になった僕達はゆっくりと校門まで歩いている。
「ねぇ星野君! 明後日、花火大会行こうよ!」
黒崎さんはこれからが楽しみでしょうがないといった様子だった。
「お、いいねぇ。 夏美、だれか可愛い女の子連れてこいよ」
今日は部活が無く、一緒に帰れる事になった亮太が軽い口調で喋る。
「あんたは誘ってないし」
「あはは、でも確かに楽しみだね」
僕は二人のやり取りを見て笑いながら今日は夜月先輩はいなかったなと少し残念に思っていた。その時、
「あら? 優、その人達はお友達?」
後ろを振り向くと、夜月先輩が歩いてきた。
背が高い彼女は、髪を掻き上げる仕草がとても様になっていた。
「夜月先輩。今日は来て無かったんじゃ」
「今日はお昼から来たの。毎回毎回、休んでいられないわ」
夜月先輩はあくびをする。
前に岸田先生が「愛澤さんは寝てないのもあるけど、低血圧なんだよね」と
教えてくれた。
「呼び捨てって……先輩!」
突然黒崎さんが鋭い声を上げ、夜月先輩に歩み寄る。
彼女の目は先輩を完全に敵視していた。
「お、おい夏美」
亮太は少したじろぐ。
「愛澤夜月先輩ですよね? ”茨の魔女”の」
「直接そのあだ名を言ったのは貴方が初めてだわ」
「単刀直入に聞きます。 星野君とはどういう関係なんですか?」
「貴方に言う必要はある?」
「私は星野君の友達です。先輩はいろいろ悪い噂があるので」
黒崎さんの声は、いつもより低い。美月先輩は「それは心外ね」とくすりと笑った。先輩とよくいる僕なら分かる。相手をからかう時の顔だった。
「そうねぇ、優は私の弟子よ」
「はぁ? それどういう意味なんですか?」
「そのままの意味よ。良かったじゃない、貴方の予想が外れて」
「なっ!?」
黒崎さんは不意を突かれた表情を見せる。
「そんな事より優」
夜月先輩は黒崎さんから視線を外し、僕の方を見る。
「さっきの話偶然聞こえたのだけど、明後日夏祭りに行くそうね」
「あ、はい。みんなで行こうかと」
僕が答えると、彼女は笑みを浮かべた。
「そう。それなら私もご一緒しようかしら」
「どうしてそうなるんですか! ダメに決まってますよ!」
黒崎さんが抗議の声を上げる。こんなに声を荒げる彼女を初めて見た。
「そうねぇ、じゃあ優に決めて貰いましょうか。どうなの?、優」
夜月先輩は僕の瞳を覗く様に見つめる。彼女に見つめられると、僕は拒否権を失う気がした。
「そうですね、人数は多い方が楽しいですし」
「ちょっと星野君!?」
「まあまあ」
亮太が黒崎さんをなだめる様に言い、
「でも先輩なら大歓迎っすよ! なんたって学校一の美女だし」
亮太は笑う。
「ありがとう。 それじゃあ私は用事があるから行くわね」
彼女は歩き出したがすぐに足を止め、
「あら? 亮太君だったかしら。どこかで会った事はある?」
亮太はワンテンポ遅れ、
「いや、ないっすよ」と首を振った。
「そう、変な事を聞いてごめんなさいね」
どこか釈然としない顔のまま、夜月先輩は去って行った。