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4話 茨の魔女

「えぇ!? なんでお前が愛澤先輩と!?」

 僕の話を聞いた亮太は目を丸くして驚く。

あまりに驚いた為、口の中に入っているサンドイッチを飲み込めず苦しんでいる様だ。

 彼女は三年生だったのか。

どうりで知らない訳だ。そう思いながらも僕は答える。


「亮太、愛澤先輩知っているの?」

亮太は急いでカフェオレを流し込む。

「知ってるも何も、有名だぜ。”茨の魔女”ってあだ名で」

「茨の魔女?」


「ああ、茨の意味は高飛車で、口がとにかく悪い。

だから近付こうとした男達はみんなプライドを茨でズタズタにされるって意味。

魔女の意味はとにかくあまり学校にも来ないし、来ても保健室か、図書室にいるか、それ以外だといつも寝ている。

それなのになぜかいつも成績はトップだ。

おまけにあの美貌だろ? これはもう魔法でも使ってるんじゃないかって事さ」  


「すごい人なんだね」

「いろんな意味でな」

僕は少し違和感を覚える。

夜月先輩は確かに口は悪い。でもそれは口の悪さも毒舌レベルで、物腰は柔らかいと思う。少なくとも”茨の魔女”言う禍々しいあだ名は似合わない気がする。


それにしても――

「随分詳しいんだね」 と疑問に思い訪ねると、

「あぁ、まあな。 だって美人だしな、そりゃあ気にはなる」

 亮太はなんだか取り繕う様に笑った。


あれ? 僕は疑問に思う。女好きの亮太はこうゆう話はいつも饒舌になるのだけど、夜月先輩の話は

あまり語りたがらない。どうしてだろう?

「なーに話してんの?」」


黒崎さんが弁当箱を持って僕達の机にやってきた。彼女はいつも昼食を隣のクラスメート達と食べているが、時々僕らの方に来る。

「あ、黒崎さん、愛澤夜月先輩って知ってる?」

そう僕が聞くと、黒崎さんは苦い物を噛んだ様に顔を歪めた。


「あぁ……茨の魔女の事でしょ? どうしてその話してるの?」

「い、いやさぁー。あんなに有名なのに優の奴知らないっていうからさ」 と亮太が会話に割り込む。

「星野君は知らなくていいよ」


 黒崎さんは冷たくそう言い放つと、「あ! 水筒忘れちゃった。 取ってくるね」 とすぐにいつもの様子に戻った彼女は、パタパタと駆けていった。

 彼女が教室から見えなくなった後、亮太は僕に耳打ちする。


「優、愛澤先輩の件は夏美には言わない方がいいな」

「え、どうして?」

「夏美はどうやら愛澤先輩の事を嫌いらしい。ま、触らぬ神に祟り無しって奴かな」

 亮太が上手く話をまとめたその時、僕の携帯から短いメロディが流れる。

今流行りの歌でメールが来た証拠だ。


携帯を見ると、驚いた。差し出し人は先ほど話題になった夜月先輩だった。

 ――今から保健室に来て。ついでにミルクティーとあんパンも買ってきて。

 ……つまりパシリになれというだろうか。

亮太にも、戻ってくる黒崎さんにも悪いので断ろうとメールを書き込んだ直後、またメロディが鳴り響いた。


 ――来ないのなら貴方はずっと泣くことになる。これからも。ずっと。

 そのメールは呪いみたいでなんだかゾッとした。彼女に逆らう気がどんどん無くなる。

 ――分かりました。すぐ向かいます。そう打ち込んだメールを送ると、


「亮太、ごめん! ちょっと用事が出来た。黒崎さんにも言っておいて!」

「え? いや、いいけどよ……」

 キョトンとした顔の亮太を残し、僕は一階まで向かう。

あんパンとミルクティーを買い、保健室の前までやってきた。


 保健室は体調が悪い生徒がいる時以外は、自由に出入り出来る様になっており、ここで昼食を食べる事も可能だ。

「失礼します」

「あら、早いじゃない」

ドアを開けると彼女はベッドに仰向けで寝ていた。布団も被っている。保険医の岸田先生や他の生徒は誰もいなかった。夜月先輩は僕が買ってきた袋を貰うと、なんとベッドから出ずにあんパンを食べ始めた。

「美味しい。ちゃんと買ってきたのね、良い弟子を持ったものだわ」 


「これじゃあ弟子じゃなくてパシリじゃないですか、そもそも弟子って一体、何の弟子なんですか?」

「そうね、具体的には言ってなかったわ」

 彼女は起き上がると、そのままベッドの端に座り、足を組む。制服のスカートが乱れ、白いふとももが見えた。

 ドキリとした僕は急いで目を逸らす。


 夜月先輩はそんな僕の視線に気づく様子はなく、ミルクティーをストローで一口飲むと、口を開いた。

「貴方には、小説の書き方を教えるわ」

「そんな、僕は小説家になんて……」

「少なくとも、貴方は特別な人間になりたいんでしょ?」

「それは……そうですけど」


 僕は特別な人間になりたい。

それは彼女と出会ってから気づいた事だった。

「小説はそんな貴方にぴったりよ。だって小説は平等ですもの」

「平等?」


「そう。平等。例えば、フィギアスケートの選手は幼い頃から並々ならぬ努力をしなければなれない――いえ、努力だけでも足りないわね。圧倒的な才能も必要。だけど小説は違う」

 彼女の切れ長の瞳が僕を見つめる。彼女の瞳の中には、世界の真理が隠れている。

 なぜかその時、僕はそう思った。


「才能さえあれば小説は書けるわ。もちろん努力も必要だけど、誰でも表現者になれるチャンスはある」

「だけど僕には才能なんて……」

「あるわ。貴方はまだ気づいてないだけ、その点は私が保証する」

 彼女は強い口調で言う。


 まただ。と思う。

 夜月先輩は以前から僕を自分と同じ天才だと思っている。

 夜月先輩には悪いけど、何度聞いても僕は表現者と言う者になれる気がしない。

 このままじゃ彼女の期待を無駄にしてしまう。


 ――断ろう。そう思った瞬間、

「貴方が見た海は、私にも見えるもの」

その言葉を聞いた時、あの光景をもう一度見たいと思った。


「……どうすれば」 口から出た声は、少し震えていた。

「どうすれば、先輩の様になれますか?」

「――良い子ね」

 それを聞いた夜月先輩は不敵な笑みを浮かべた。


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