2話 図書室の眠り姫
その後いつもより遅めの夕食を食べた後浴槽に浸かり、その後は自室のベッドに倒れ込む。
天井を見上げ、あの女の子の事を思い出す。
どうしてあの子は月を見ていたんだろう?
月を見て何を考えていたんだろう?
この日は彼女の表情が頭から離れずに、結局眠る事は出来なかった。
翌日、いつもと変わらない時間に授業が終わる。
「星野君。今日はバイトある?」
黒崎さんが訪ねる。
「今日は委員会なんだ」
「そっか、図書委員なんだっけ?」
「うん、本なんて全然読まないんだけどね」
僕は笑う。僕の仕事は放課後の二時間、図書室のカウンターで本を貸出する仕事だ。
なぜ図書委員になったかとと言うと本が好きだからなどではなく、たまたまくじ引きで決まっただけだった。
「うーん、一緒に帰ろうと思ったのになぁ、残念」
本当に残念そうに黒崎さんは言った。
僕はごめんと言うと、は彼女は笑っていいよと言ってアルバイトに向かった。その後、 図書室に向かった僕は、鍵を開け、カウンターの椅子に座る。 それから5分経ったが誰も来ない。
実は言うと、放課後の図書委員の仕事は楽だ。
理由はほとんど人が来ないからだ。放課後から二時間図書室は開放されているが、本を借りに来る生徒はほとんど昼に訪れる事が多く、借りに来たとしてもすぐに帰ってしまう。
勉強するにしてもこの近くに図書館があるため、この部屋の意味はほとんどない。
だけど一応僕の仕事なので、いつも昔の漫画を読みながらぼうっと過ごす。
二時間もここで過ごすのは退屈だなぁと思っていると、ギィと図書室のドアが開く音がした。
珍しいなと思い、ドアの方を見ると「えっ……」
思わず声が出てしまった。
現れたのは昨日公園で月を見ていた女の子だった。
うちの学校の生徒だったのか。だけどこんなに綺麗なら子なら、亮太が黙っていないはずだ。亮太は可愛い子がいると、必ず声を掛けている。
「声を掛けないのは、逆にその子に失礼だぜ」 と僕には全く分からない事を言っていた。
彼女は僕に気にも止めずに椅子に座った。 昨日は暗くて僕の顔は見えなかったのか、
それとも声を掛ける必要は無いと感じたのか理由は分からない。
彼女は鞄からノートを取り出し、何かを一心に書き始めた。最初は勉強をしているのかと思ったが、見た所、教科書や参考書の姿は無い。
窓から差し込む光に照らされた彼女は、なんだか幻想的で、僕の視線は自然と彼女を見てしまう。
何を書いているんだろう……?
しばらく僕は、彼女に気づかれないように眺めていたけれど、結局分からず終いなので、いつものように漫画を読みふける事にした。
それからしばらくして時計を見ると、針は1時間と50分進んでいた。そろそろ閉館の時間だ。図書館の鍵を掛けなくては。
そう思い、彼女の方を向くと、彼女はまだ図書室に残っていて机に突っ伏していた。
――声を掛けないと。
なんだかとても緊張するけど、これも仕事だ。僕は彼女に近づき、声を掛けた。
「す、すみません。 閉館の時間ですよ」
しかし彼女の返事は無く、代わりにスゥ、スゥと小さく息を吐く音が聞こえた。顔を見ると、彼女は目蓋を閉じて眠り混んでいた。
寝顔も綺麗で、起きている時はどこか凜々しくて大人びている印象だったのに、今は完全に無垢な女の子の顔だった。
彼女の寝顔を見ていると、胸の鼓動が早くなる。なんだか見てはいけない気がして視線をずらすと、彼女が書いていた水色のノートが目に入った。
――そのとき心臓の音が鳴るのが分かった。
もう一度ゆっくりと彼女を見ると、全く起きる気配が無い。僕の心は勝手に見ちゃダメだ! と叫んでいる。しかし僕の手はその叫びを無視するように、ノートを取る。
僕は知りたかった。
あの時月を見ていた彼女は、どんな気持ちだったのだろう?
その理由が分かるかも知れない。ゆっくりとページをめくる。
次の瞬間、僕は海に落ちた。




