いつから買ってないだろう
「んんっ…?」
アパートの2階に住んでおり、いつもは道を挟んで住宅街が見える。
しかし、そこに見えたのは青々と生い茂る森だった。
一度玄関を閉める。
「オレは気でも狂ったのか…?」
もう一度開けて確認する。
変わらぬ緑の風景。
鳥のさえずりが聞こえ、なんとも癒される。
「…休み明けで疲れてるんかなぁ。今日は会社に電話して有給取ろっかなw」
会社に電話をして風邪だとウソをつき有給を消化した。有給休暇なんていつから取ってなかっただろうか。上司からはゆっくり休みなさいと言われてしまった。ちょっぴり罪悪感。
スーツから寝間着に着替えなおし、もう一度ベッドに潜り込む。まだほんのり暖かく、入ってすぐに眠りに落ちる。ちょっとの罪悪感と優越感を感じながら眠りに落ちるこの感覚は人間をダメにしてしまうとオレは思う。しかし、一度味わってしまうとやみつきになってしまうのも事実。難しいことを考えるよりも今はこの瞬間を楽しもうではないか。おやすみなさい。
…トン…
…トントン…
ドンドンドンッ!!!!
「うわぁっ!!」
玄関が激しく叩かれている音で目を覚ます。
ドキドキと早く脈打つ心臓に手を当て玄関に向かい、そっとドアを開ける。
「どちら様ですか…?」
少しだけドアを開き、顔を出し訪問者を確認する。
「あぁ~っ!良かったっ!隣の吉村です!今の状況がどうなってるかご存知ないですか?何が何だか分からなくて…。」
普段はすれ違ったら挨拶を交わす程度でこのアパートの他の住人とは交流がない。左隣の吉村さんも同様だ。20代前半の女性でたしか学生さんだったかと思う。引っ越しの挨拶に律儀に来てくれた子だ。
「今の状況って……あぁ……これは…現実だったか…。」
玄関のドアを開けて外に出る。
「あの、何かご存じないですか!?っていうかここどこなんです!?」
「オレも朝起きて会社に行こうとしたらこうなってたよ。正直、この現象が受け入れられなくて…寝ぼけてたんだと思って寝直してたんだ。」
「そんなぁ…。ここは一体…。」
「と、とりあえず着替えてくるよ!他の部屋の人は確認した?」
「…203号室の木村さんの部屋は確認しましたが不在でした。他はまだ確認していないです。」
「そ、そっか!じゃあとりあえず確認しに行こうか。もしかしたら他にも部屋に残っている人がいるかもしれないし!」
泣きそうになっている女の子というのは、こう、なんというか苦手だ。変に触れるとややこしくなる。極力明るい声を出し暗くなる雰囲気を中和させる。
「着替えてくるからちょっと待ってて!」
慌てて着替えに戻る。あぁ、最近服買ってなかったなぁと若干の後悔と共に。