記憶を失った男 partⅡ
記憶喪失の若い男が村の海岸で発見されたのは、二年前だった。
この特徴のない男に、ひとびとは一時期特別な関心を抱いたが、そのうちただの村人として徐々に受け入れていった。
恋人もできた。
「昔のことなどどうでもいいの。いまのあなたを愛しているの」
「でも、ぼくの過去が、いつか君とぼくとを引き裂くことになるかもしれない。それが怖い」
思い出せない以前の人生が、彼に重くのしかかっていた。
妻子がどこかで待っているかもしれない、もし犯罪者だったとしたら――、彼は恐れた。
「いいの、どんなにひどい人だったとしても、わたしには、目の前のあなたしかいない」
うるむひとみに、彼のこころは動いた。
結婚式は、村の教会で無事行われた。
思った通り、彼の不安は大きくなった。
結婚届を出すため役場を訪れたが、怖くなって玄関の前を何度も行き来した。
だが、意を決して受付へ向かった。
おずおずと書類を提出する彼に、職員がきっぱりと言い切った。
「結婚届は二度目じゃないですか」
男は、青ざめた。
やはり妻がいたのか……。
「あんた、昨日も同じ届けを出したでしょう。こんなのは一度提出したらいいのッ!」
「あ、ほんと!? ぼくの記憶喪失、まだなおってないのね」