ラプラスの魔物 外伝 神無月と記憶の少女
少し、昔の話。俺が腰に帯びている、黒い刀剣の話。と言っても10年前の話。俺はエレクトローネという町の隣町、花霧町という所に暮らしていた。そこは神社町とも言われるほど神社がある。全ての土地の8割は神社だと言われていて、美しい湖に面していた。当然、神を守る社があれば、神を守る者もいる。俺は神社の神主の息子として生まれ、代々払い屋として活躍していた。勿論神社業もしていたが。この花霧町では、10を超える頃には、払い屋としてデビューしていなければならない。その為に、俺は9の頃から払い屋の見習いをしていた。そんな夏のある日だった。
「ねぇ!君の名前は何て言うの?」
少女だ。俺が歩いていた、湖が見える裏道の手すりに乗っていた。よく乗っているものだと思った。前髪がぱっつんの腰まで長い黒髪に、琥珀色の綺麗な目。髪には大きなピンクのリボンと、リボンだらけの服。それに対してあの時俺は、長着が白、青い袴を着、竹刀を持っていたから、さぞかしその少女は格好をおかしく思ったのだろう。
「……お前は誰だ?」
「名前を聞いてるの!」
「……神無月白羽。」
俺は少し不服そうに答えたのを憶えている。
「へぇ………私の名前は葛根 苺!(かずらね いちご)宜しくね!白羽!」
「は?」
「私、この街で友達を作りたいの!白羽が一番最初の友達になってくれる?」
「お前は…誰だ?観光客か?」
「うん!ここにお婆ちゃんの家があって、そこに来てるの!ねぇ!ここには払い屋さんが沢山居るんでしょっ!」
「沢山いるぞ。それが、どうした?」
「会ってみたいの。」
苺が目をキラキラさせて言った。
「やめておいた方がいい。相手にされない。」
呆れた。こんな事をする為に此奴はここまで来たのか?
「なんで?」
「なんでも、だ。そして払い屋もそこまで暇じゃない。」
「ちぇー!折角会いに来たのになぁー!」
少女ーーー苺は頬を膨らませて裏道の手すりから降りた。
「ね、これから一緒に遊ばない?私とっても遊びたいの!」
「…俺は今から勉強に」
「いいじゃん!」
手を引っ張られる。その後の事は覚えていない。
払い屋の勉強をすっぽかした俺は、勿論酷く両親に怒られた。当たり前だ。そして何時もの倍の量の勉強をさせられた。両親から、近くに黒龍が居るから余り外を出るなと言われた。それでも俺は、彼女と遊んだ。理由は分からない。俺は冷めきった世界から出たかったのかもしれない。そんなある日だった。
「ねぇ、あの山に行かない?」
「いいぞ。…お前は山に登れるのか?」
「また莫迦にして!私だって登れ」
登れるよと、ちゃんと声に出したかったんだろうか、もう俺が空を見た時には遅かった。黒龍だ。連れていかれる。どの道を走るか、そんな事は考えなかった。唯ひたすらに、走らなければならなかった。どれ程息切れを起こしたのかはわからない。
「いち、ご、だいじょ、ぶか、?」
「白羽っ!」
今にも食べられそうな苺を見る。俺は、何も出来ないのか?俺は、愚図になる為に、生まれてきた訳じゃない!そう思っていると、もう習いたてのまだ出来ない癖をして呪文を唱えていた。正座をして、目の前に竹刀を置いて、手を合わせて。
「地におわします冥府の神よ!空におわします天の神よ!禁忌と正義の名において、今、我に力をお与え下さいませ!この愚かな器に黒龍の御身を封印せよ!」
黒龍の目の紅い瞳が、一層紅くなる。黒龍の体が、少しずつだが黒い砂の様になり、竹刀の中に吸い込まれて行く。頼むから、俺は、苺を。そうやって目をつぶっていると、もう黒龍は消えており、目の前には黒い漆塗りの刀があった。これで封印は完璧では無い。名を付けなければ。俺はこう言った。
「…お前の名は、玉龍。…これからは玉龍だ。」
すると刀から声が聞こえた。
『…俺はは貴方様に酷いことをした。幾ら操られていたとしても謝って許される事ではない。…それなのに、そんな良名を下さっても宜しいのか。』
俺は少し笑って答えた。
「…変わった事を言う刀だな。お前がこれから俺に仕えればいい。…苺、大丈夫か?」
「…うん。」
「病院に送るぞ。」
「有難う。」
そう言って黒龍で送った事を覚えている。苺は物凄く喜んでいた。そして、まだまだこの生活がまだ続くと思っていた。
次の日。
俺は病室を訪れた。
「…しらは…?」
「そうだが、…これはどういう事だ!」
そこには彼女に沢山の管が付いていた。
「うふふ…しらはにはびっくりさせちゃったね。」
「…病気だったら早く言えと」
俺の発言はそこで止められた。
「わたしね、よめい1ヶ月なの。お母さんがね、どこかいきたい所はないかって。言ったの。わたしは、むかしから知ってたこの町に、来てみたかったの。とってもきれいだし、きっと良い人が、私の、『ともだち』になってくれる人が、いるって。」
苺は、にこにこ笑いながら声を出す。最早掠れ気味だ。
「でね、しらはがいたの。面倒くさそうに、さいしょはしてたけど、とっても楽しかった。いきててよかったって、思ったの。」
苺は深く息を吸って、もう1度言葉を紡ぐ。
「龍にあったから、寿命がちぢんじゃったけど、本当にうれしかったの。今迄ずっとずっと、ベットの上。さみしかった。でもね、神無月にあえて、」
「やめろ!それ以上言うな!お前はまだ死ぬと決まった訳ではない!」
俺は、もう涙声だった。情けないと思ったが、耐えられようがない。
「ちがうよ?しらは。いい事をおしえてあげる。これから大切にして。『いのち』は、唯の『いのち』なの。それ以上も、それ以下も無くて、『いのち』のともしびが、灯っているあいだに、なにができるか。それが人生なの。私は、『ともだち』を、つくることが、できたの。きっと、しらはも出来るわ。素敵な、事が。」
俺は、何も思わなかった。
「俺には、何も出来ないのか?」
苺は半泣きでこう言った。今迄の感情が、決壊した様だった。
「おねがい、わたしの事を、おぼえておいて。」
「覚える、だと?」
「おねがい、おねがいだから、おぼえていて、おねがい。」
「ど、どうしてだ?」
だって、と彼女は前置きして、
「だって、お母さんは、私の事、もちろん覚えていてくれるかも知れない。でも、いつかわすれてしまうかもしれない。それに、お母さん以外の、だれかに、おぼえていてほしいの。」
「……わかった。」
約束だよ、私はしらはの記憶のなかでいきてるんだ。と彼女は言った。そして、
「じゃあね、しらは。また、あうひまで。」
俺はもう、泣かなかった。
「そうだな。元気にしてろよ。」
彼女は、自分の体に付いていた管を無差別にとって、息を引き取った。
翌朝。
俺は葬式に呼ばれた。棺桶の中の苺は、とても小さく、そして笑っていた。
「あの、貴方が神無月さん?」
「…はい。そうですが。お母様ですか?」
前にいる女性は、母親だった。
「ええ…。もし苺が死んだ時に、苺が、これは渡しておいてくれと言われた、刀の装身具があるんです。それを取りに来て欲しいのですが……。」
俺は葬式が終わってから直ぐ、彼女の家に行った。家の人に言って、中に入れてもらった。苺の部屋は、こじんまりとしていた。木製の家具が多く見られた。窓際に置いてある机に、小さい小箱と、手紙が置いてあった。『白羽へ』と書いてあった。読むと、
『白羽へ
ここに装身具があります。黒くて綺麗なの。頂いたのは、『蓬莱夕霧』という方だったわ。それ以外覚えていないけれど。
さようなら。……本当に、本当に、大好きでした。忘れないでね。苺』
「『蓬莱 夕霧』…か。」
少し思考を巡らすが、当てはまる人間がいない。
『…主。『蓬莱 夕霧』とは、世界の二大魔女のうちの1人。もう1人は『蓬莱 蚩尤』と言う、蓬莱家の双子。蚩尤の方が姉だと聞いています。長い黒髪を持ち、絶世の美女と呼ばれております。『月の都』はご存知でしょうか?』
俺は一拍おいて答えた。
「…知っている。異常に文明が発達した、伝説の都。確か1000年ほど前に滅びた。滅びた原因は不明。しかし、『月の都』の都市は、まだ空中にあるとか。そんな話だったか?」
はい、と玉龍は答えた。
『『蓬莱家』は、その『月の都』の王家でした。しかし、腑に落ちないのは、』
「何故、今、『蓬莱 夕霧』が生きているか、だな。…魔法で延命しているのか?」
玉龍は、詰まる。
『わかりません…。いくら魔法と言えど、限界と言うものがあります。幾ら『月の都』の王家の者と言えど、と言うところです。』
その後、色々調べたが、何の手がかりも無かった。それから、4年がたった。練習場に行く時の、ある日だった。
「…朧?朧なのか!?」
そこには、三年前に会えなくなっていた、幼馴染みがいた。その妹も。しかし、朧は変わっていた。雰囲気が。暗かったのだ。
「神無月!?神無月だよね?久しぶりだなぁ…。ずっと会いたかったんだよ!」
「神無月お兄様ですよね?お会いしたかったですわ!」
「黎明も大きくなったな。」
有難うございます。と、彼女は礼儀よくお辞儀をする。そして、その後、お茶をした。
「ねぇ、聞いてよ神無月。私ね、古書堂を開くのだよ。」
「古書堂だとぉ?」
ふふん、と朧は笑った。
「もう血が繋がっていない様な遠縁の親戚が持っているものなんだ。買ったから、これはもう私のモノ。」
「へぇ…?そうか。」
「しかもね、魔法が掛けてあるんだよ。」
「どんな物なんだ?」
「必要な人にしか来れないようにしておいた。あと、霊力の強い人しか。」
朧はにこやかに笑っていた。だが、この笑顔の裏に隠された話をするのは、これから10年後の話である。
読んでくれると嬉しいです。話しかけると踊り狂いますよ。