ラプラスの魔物 7
暖かくなった麗らかな日常に、足取りを緩く歩く少女が一人。ここはエレクトローネの一番大きな通り。変わった物や、美味しい食べ物、装飾が細かい雑貨店が並ぶ。蓮花は白いセーラー服に身を包み、初春の通りを歩いていた。その理由は。
「……黎明と、神無月さんが、朧さんの面倒見てる内に回してた仕事とか色々あって古書堂に行けないって言ってましたね。それで私がご飯買いに行くって最早意味わからないですね。基本的に何で朧さんが自炊出来ないんですか……。」
蓮花が、ボソりと呟く。一番通りの真ん中にさし掛かった時だった。
「よぉ。テメーが『御手洗 蓮花』か?」
「えぇ、そうですが?」
蓮花の目の前には緑色のジャンパーを着ている少年が居た。ジャンパーの後ろには何故か『853の五乗』と書いてある。デニムのジーパンを履いて、髪はトゲトゲヘアーだ。
「……あの、何方でしょうか?」
「オレの名前はスティル。テメーの命を貰いに来たぜ。」
蓮花はため息を付いた。
「早々にお帰りいただくと嬉しいです。」
「待て待てテメー何でそんな無理矢理来た親戚を帰す様な事するんだよ。」
「その例え方は嫌いじゃ無いです。」
蓮花の冷たい目。そしてスティルは懐から何かを出した。黒く細長い卵形の棒だ。両端に一つ一つボタンが付いている。
「…何でしょうか、それは。」
するとその機械から、緑色のレーザー線が出る。Z形にそれを動かすと、道は一気に削れた。蓮花が言った。
「成程……そのレーザー線で斬ることが出来るんですね。」
相手は笑った。
「あ?何でも斬れるんだよ。これはなぁ。過去も未来も記憶も感情も、だな。」
蓮花の冷静な突っ込みが入る。
「……何ですかそのいかにもな感じの臭い謳い文句は。」
「うるせぇ!取り敢えずオレはテメーに死んで欲しいんだよ!その闇の過去を持ちながら今をのうのうと生きているテメーをな!」
「なんかこう、……痛いですね。」
「るっせぇ!本当に斬るぞ!」
蓮花の冷静な問い。
「結論から言って下さい。五文字で。」
「あ!?オレと戦え!」
「…五文字じゃないですよ。」
「もう黙れ!」
スティルの虚しい程の反論。蓮花は荷物を道路の端に置くと、精霊収集機を起動する。蓮花の片手には刀が出来上がる。スティルが跳躍した。そしてレーザー線。それは蓮花に向かって来た。そして精霊収集機を大剣に変形してして、バク転からその持ち手の部分に乗る。
「…神無月さんに教わっていて良かったです。格好良い攻撃の避け方って本当に役に立ちますね。」
蓮花はそれを刀に戻して一気に峠の方迄向かう。スティルの声。
「待て!」
「待てと言われて待ちません、よ!」
蓮花はパルクールを駆使しながら精霊収集機を炎弾砲に変えてぶっぱなつ。しかしレーザー線は静かに炎弾を撃ち抜いた。爆発が生じる。蓮花は受け身を取ると、森まで走り出した。背後からレーザー線の恐怖。不幸中の幸い、珍しく通りには人が少なかった。
蓮花は様々な武器を変えながら、スティルとの距離を長くしようとするが、レーザー線の威力が強く離れるのでも精一杯だ。そして森に差し掛かる。そこからは蓮花のパルクールが活躍する。しかし蓮花の状況は圧倒的に不利。逆転する為の鍵が見つからなければ。
「…この勝負、完全に負けますね。そして死ぬだけ。」
森は中腹まで差し掛かっている。奥には小さい崖がある。
「此処で、倒すしか……!」
そう言った直後だった。レーザー線が弾丸となって蓮花を襲う。威力は強く、地面に当たると爆発するほど。すぐ側の峠の向こう。
「あっ!!」
下には、一面の、海。
「しまっ、た……!」
少女の手が二、三m離れた崖の岩に届く筈もなく、蓮花は海に落ちた。スティルは下を向くこともなく、峠の先端に居る。そして森に引き返した時だった。がぎん、とスティルの目の前に岩肌が現れる。その高さは10m程。スティルは驚愕の顔をする。そして蓮花の声を聞いた。
「……助かりましたよ、本当に。昔、朧さんが言ってたのを思い出して。」
崖に手が見える。ゆらり、蓮花は現れた。
「な、何でテメーが生きてる!?」
「…予想通りの反応で面白くないですよ。せめて『わかっていたよ』をカッコつけて言うぐらいじゃないと。」
蓮花は死力を尽くして崖に上がった。手をぱん、ぱん、と鳴らして土を落とす。
「…そんな事誰もいわねぇぞ?」
蓮花はきょとんして言った。
「……え?神無月さんに前1本取られかけて、フリしてたら物凄く良い声で『分かっていたぞ』って言われました。その後に1本取られました。」
「そんな報告要らねぇ!」
蓮花は続ける。
「あ、朧さんは物凄く甘ったるい声で言うので吐き気がします。」
スティルは諦めた顔をした。
「…そうか。……いや知らねぇよ!何でそんな報告されなくちゃなんねぇんだよ!」
スティルの絶叫。蓮花の氷の声。
「……だから早々にお帰りいただくと嬉しいですと言ったのですが。」
スティルは言った。
「そんなの自分のダチにでも言えよ。」
蓮花は驚いた顔をする。
「何言ってるんですか!?朧さんはこの町一有名な女誑しなんですよ!友達に言ったら取り敢えず大変な事になります!」
最早スティルは何も言わない。しかし攻撃を始める。蓮花は精霊収集機を海に投げ捨てた。
「は!?テメー何して……。」
蓮花は言った。
「…昔、聞いたんです。精霊収集機は精霊を集める為の特別な宝石を使ってるって。その後に少し調べました。……この世界を創った『ラプラスの魔物』は、ありとあらゆる精霊を集めて世界を創った。」
スティルは思いつく。
「ま、まさか!」
蓮花は続けた。
「ならば、最後の足掻きです。落ちた時に私は思いっ切り宝玉を投げて、崖にぶち当てました。それで岩の階段を作ったんです。岩の階段を作れたという事は、海に投げれば海水を操れるという事。」
彼女の周りには美しい水鞠が飛び散る。そしてそれは枷となってスティルの足を凍らせる。岩盤から巨大な氷柱が出でる。それはスティルの手に当たった。武器は空を舞い、凍った。精霊収集機を元に戻した蓮花は、巨大カノン砲で武器を射った。爆発は大きい。蓮花は受け身を取って崖すれすれの場所に着地した。スティルはぼんやりとしている。
「……嘘、だろ?」
蓮花はふぅ、と言う。
「…あー、もう、戦意喪失したわ。オレは帰る。」
蓮花が声をかけた。
「待って!」
スティルが緩やかに振り向く。
「何だよ。まだ何か用か?」
「……お友達に、なって下さい。」
「は!?テメーアホか!?」
スティルの声が裏返る。
「敵に友達とか何言ってんだか。」
蓮花は優しく笑って言った。
「…じゃあ、お友達にならなくて良いです。」
「…何だよ。それ以外に何があるんだよ。」
蓮花は目をきつくしてスティルに言った。
「ライバルに、なって下さい。」
スティルは遠いところを見ると、間を置いて答えた。
「…それだったらいくらでもなってやるよ。いいか!次会った時はぜってぇぶち殺す!」
蓮花が覚めた表情で言った。
「…雑魚感満載なので止めた方が良いですよ。」
「るっせぇ!…てかテメー無茶苦茶荷物持ってるけど大丈夫か?」
蓮花は言った。
「あぁ、それは……。この人が手伝ってくれるので。」
蓮花は近くにあった木を思いっ切り蹴ると、上から古書堂の店主が現れる。いや、落ちた。
「痛い……。」
スティルはあんぐりと口を開いている。
「あ、こいつ………朧月夜、か?」
「えぇ、そうですよ。」
目をぐるぐるしている朧の側には緑色の表紙の本が置いてあった。どうやら小説らしい。蓮花は問う。
「朧さん、この本は?」
「………え?何?この本?心配してくれないの?」
蓮花はもう一度声色を強くして笑って言った。
「朧さん、この本は何なんですか?」
「……うん。遠い世界のお話。なんの神話か忘れたけど、その光と闇の神の娘達が妖祓いをしているお話。読むと凄い面白くて、そのまま持ってきちゃった。」
「私が戦闘をしている事を承知の上で、ですか?」
蓮花は伏せ目がちに言った。朧はゆっくり立ち上がる。
「うん……。凄いなぁー!後でおちょくってあげようと思ってみてたら見つかっちゃった。」
「おちょくるは余計です。」
蓮花はため息をついて言った。そしてスティルは言った。
「じゃあ、もうオレ帰るわ。」
スティルはポケットに武器の残骸を詰め込んで立ち上がった。朧も言う。
「じゃあ、私達も帰ろうか。」
「そうですね。」
いつの間にか、スティルは居なくなっていた。朧は笑って問うた。
「今日の晩ご飯はなぁに?」
「オムライスですよ。朧さんが好きって聞きましたから。それに……私はオムライスを極めた達人ですし!」
蓮花は自身に満ちた表情で言った。そして蓮花は付け加える。
「…………作れる料理がオムライスしかなくて、そこから極めましたけど。」
朧が喜ぶ。
「やったぁ!黎明にオムライス食べたいって言ったら『ずっと食べ過ぎです。それに蓮花姉様に頼んでおきましたから、其処まで我慢して下さい。』って言われてさぁ…!」
蓮花が言う。
「どれだけ食べてたんですか…?」
「オムライスは美味しいからねぇ!」
朧はスキップで森を出る。暖かい光が前途を照らした。
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