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ラプラスの魔物 9


がちゃん、と扉の音。遅れてからん、と鈴の音。朧は椅子に座りながら振り向かずに言った。


「…やぁ、殺し屋さんが私に何の用?」

「………。」


ずす、と思い鉄製の何かを引き摺る音。

「君の名前は何て言うの?」


朧は空を見つめて言った。相手は答える。


「オレの名前は、テュエ。」

「へぇ……そのままの名前だねぇ…。遠い国の言葉だよね?言い難いからキルで良いかな?」


朧はやっと振り向く。目の前には齢17頃の少年が。長い金髪を紐で結び、裾は銀。黒の軍服に身を包み、刀の柄は歯がむき出し。それにぼろ布を巻き付けてある。鞘も無く、刀を無理やり腰に巻き付けている。


「…なんとまぁ、若い殺し屋さんだね。何方の命令?」


少年は目を細めて言った。


「それはアンタが知ってんじゃないの?」

「はぁぁぁ……夕霧、か……。」


朧は足を組み直すと、言った。

「うーん、帰ってほしいなぁ。あと君さ、キルって名前だけじゃ無さそうだよね。お母さんは?」


テュエは朧を睨みつける。

「母は、オレが殺した。それに我が夕霧様の命令に背く事は許されない。お前は、オレが殺さなくてはいけない。」


朧はぐたりとカウンターに寝そべると、そのままの体制で言った。


「蓮花ちゃん来るしねぇ…今日は帰ってほしいなぁ…。あと眠い。少年、お母さんを殺しちゃ駄目でしょー?」


まるで赤子をあやす様に朧は言った。

「オレは……オレの事をオレとして育てなかった女共が大嫌いだ。だから、殺した。我が剣はその頃から共に。」


朧はすくりと立ち上がる。そして風で思いっ切りテュエを飛ばした。テュエは受け身をとって向こう側に当たる。朧は運動をしながらテュエの前に来た。凍てた視線をテュエに向ける。


「…あーあ、結局倒さなくちゃなんないんだよね。なら今殺っても後で殺っても同じ事……。」


朧は思案の表情でテュエを見た。そしていきなり地面から蔓が出でる。それは一気に朧を捉えた。しかし空気は凍る。


「絶対零度。」


朧を捉えた蔓は一瞬で砂と化す。ばりばりと氷を歩く音。

「…面倒臭いなぁ。」


朧は突っ立ちながら相手を見据える。テュエは朧に言った。


「…死神の調査報告書では、御手洗蓮花を何度も過去に返したそうだが、何回程戻した?」

「ごかーい。」


間延びした、朧の返答。


「…他にもアンタは強い、『運命を跳ね返す男』等も呼ばれているが、今のアンタからではそんなのは微塵も感じられない。」


朧は足元の石を蹴る。そして何も灯さない瞳で相手を見て言った。


「…あははっ、…君は莫迦だねぇ…。君は弱い。直ぐに死にそう。そして殺しがいが無い。ならこんな風になるのは当たり前だろ?」


普段なら見せぬ闇の雰囲気。テュエは半ば呆れたように言った。


「…それがアンタの本性なんでしょ?オレはね、強いアンタが見たいんだ。だから無茶苦茶面白いもんを聞かせてやるよ。」

「へぇ……それは楽しみだね。一体なぁに?」


テュエはポケットから四つに折り畳んだ『調査報告書』と書かれた紙を出すと、朧に言った。


「『調査報告書 朧月夜 黎明に関して。』」


朧の表情が驚きに変わる。そして問う。


「れいめい…に?何をしたの?返答次第じゃ生きて返さない。」


テュエが続ける。


「まぁちょっと聞いとけよ。『電気使い、ポルカが被験者を攻撃。撃退された模様。被験者に捻挫の怪我あり。被験者の兄に気付かれぬ様に手配中。』だ。どうだ?それでも気が変わらないか?」


朧は俯いた。


「…うふ…ふ…あははははははははははははははっ!黎明に?怪我をさせた?冗談じゃない!様子が可笑しいのはこういう事だったんだね!!」


朧は光を闇に変える目を見開く。その剣幕にテュエは後ずさりした。テュエは続ける。


「夕霧様は…アンタとオレは似た者同士だって言ってた…でも、これは、おぞましい程の、只の、狂人じゃないか……。」


そのままの表情で朧は笑う。


「君は莫迦なのかい!?お前と、私が、似た者同士だって?笑わせる!ねぇ、君には分かる?この妹に対して、いや、世界中の人に、塵芥に、劣等感を抱いているこの私の気持ちが!さいっこーに!」


ゾ ク ゾ ク す る !


朧は白いシャツを血が出る程掴んでそのままの悦楽な笑いでテュエを見る。


「この体に駆け巡る血が、ゾクゾクするのは分かる?ねぇ!?分かんないよねぇ!?!最高に、気持ちが良いんだよ?劣等感という言葉を初めて作った人には感謝したいよねぇ!」


テュエは恐怖で足が動かない。そして言った。

「こ、この。マゾヒストが……!」


朧はテュエを嘲り笑ったような顔で言った。


「マゾヒストぉ?違うね。そうじゃないんだよ。君は兄弟は?姉妹は居る?」


朧は優しくテュエに問う。その優しさが、最早処刑物。

「居ない。それも、殺した。」


朧は残念そうに顔を歪めた。


「はぁーあ、良い?兄弟や姉妹なんてね、嫉妬する為に居るんだよ?それで相手が幼ければ幼い程劣等感は膨れ上がるんだ。ある時にね、気付いたんだ。素直に劣等感を妹に抱いているという事に気づいてしまってさ!それを受け止める事がどれ程気持ち良いかって!最高だよ?」


テュエは刀に手をかけた。しかし抜けない。朧はそれ見越して言った。


「抜けないんでしょう?それ。私と似た者同士って言ったよねぇ?どうして怖いの?ねぇ、なぁんにも、怖くないでしょう?」


朧がギリギリに近付いた瞬間だった。抜刀の際の余波で、朧の肩から腰にかけて鮮血が飛び散る。朧は後ろに吹っ飛んだ。テュエは有り得ないという表情で、こう言った。


「あ、あぁ、う、あ…。」


これじゃ、初めて人を殺した時と同じ。殺す事に戸惑いを感じて、それでも斬ったあの頃に逆戻りだ。


「オレは、オレは、もしかして…。いや、もしかしなくとも…。ぃ、嫌だ!死にタグない!!あぁぁぁ!!」


少年は絶叫した。からから、と心地の良い玉鋼の音がする。そして朧は起き上がる。


「『ラプラス』。治癒はしなくて良いよ。今から、少し頑張らなくちゃいけないからねぇ。」


テュエの声が震える。

「な、な、な、何をするつ、もりだ?」


朧のため息。

「……私の本性を知って逃げ出さなかった奴なんて、神無月位しか居ないねぇ。そんな怯えなくて良いのに。」


朧は一拍置いて笑って言った。


「大丈夫だよ。君に訪れるのは黒い黒い、永遠の死だ。」


そして悪魔の全身から血が吹き出る。それに動じず悪魔は目を見開いて笑った。その血は矢になり槍になり剣になり、テュエを襲う。しかし刀を拾ったテュエはそれを必死に捌く。


「う、ぐぅ…!」


朧は顔色を変えずこう言った。

「何時まで持つかなぁー?」


テュエは捌きながら叫んだ。


「何故これ程持つんだ!もうアンタの体は穴だらけだろ!?」

「君のその発言に、答えが有るよ。」


テュエの思考は最早限界の域だった。あれ程の血液の消費があれば、血管はおろか、臓器が傷ついていても不思議は無い。そして死ぬのがオチだ。


「…貴様!」

「…わかった?」


朧はニコリと笑う。その周囲からは血の武器が四方八方に飛び散っていた。


「今のアンタ、もう脳と皮と骨以外、何も入っていないんじゃ…!」

「ご名答!今ね、秒速で内蔵を元に戻しては壊してるんだよね。」


朧は笑顔でウインクした。そして続ける。

「だからね、攻撃するなら今のうちだよ?」


しかし攻撃が早過ぎて、付いていけない。そして目の前が開けた時だった。

「今だっ!」


歓喜のあまり声を上げたテュエだった。しかし目の前で血の壁が出来上がる。咄嗟に後ろに跳躍するが、血が少し軍服にかかった。服を貫いて皮膚が爛れる。


「うぐ…!」


テュエは唸る。朧は吐血する。目は虚ろを纏う。

「…これは、死ぬ。」


朧の服は鮮血に塗れ、テュエに容赦ない攻撃が続く。しかし、朧の目に光が入った。

「それ、は?…皮膚の下。」


しかしテュエはその言葉を拾わなかった。体制を立て直して一気に朧に斬りかかった。そしてまた目の前の血の壁。しかし朧はそれをギリギリで出した。故に、テュエは避けきれなかった。テュエの足が一瞬止まる。その刹那、背後から鮮血の槍がテュエの心の臓器を貫いた。


「あぎっ…!」


テュエの、最後の悲鳴。朧は血の呪い(まじない)を解くと、ぐらり、膝をついた。


「『ラプラスの魔物』。治癒、頼む。」


ずちゃずちゃずちゃ、と体を構成する音。直ぐに立てるようになった朧は、また吐血した。


「あ…くっそ、魔力の消費が激しすぎたか…。」


そして目の前で倒れている人間ーーー人造人間を見る。テュエの胸の部分には電子盤が見えており、パネルが飛び出していた。パネルには『Jessika&Thue』と記されている。女名と男名のロボットだ。記憶のデータベースは混ぜ合わせて作ってあるのだろうか。そして足からは血が出ている。朧は一つごちながら『機械』の側にしゃがんだ。


「Crashしたか。…これは人造人間とクローンの混ぜ合いの代物……。これだけ精密に感情と表情、苦痛、記憶を埋め込む事が出来るなんて…蓬莱夕霧…。油断出来ないね。まるでキラーは自分の事を人間だと思ってた……。精神状態の不安定さも、己の恐怖も人間そっくりだった…。あの爛れた時に回線を見てなかったら分からないぐらいだね……。」


そして朧はその『機械』に手を当てた。一瞬で消える。

「……久々に高濃度で圧縮した炎魔法使ったけど、うまく出来たね。」


ゆっくりと朧は立ち上がる。20分前後の未来を視た時に、朧はぐらりとよろけた。ふらふらと古書堂の中に戻る。その上口からの吐血が止まらない。


「…怖い…。死にたくない。」


人間らしい願望を朧は口にした。『ラプラスの魔物』が悪魔に声をかける。


『貴様もその様な願いをするのだな。』

「それぐらいするよ……僕は昔に比べて随分と弱虫になった様だ。」


朧は自嘲の笑いで扉に凭れた。朧は一気にカウンターまで跳躍すると氷で剣を作る。その真後ろには巨大な影が居た。


「…後ろを、取られた…!」


そこからまた鮮血が舞う。朧の背中を鉄製の装飾が施された刀が貫いた。

「あがっ!」


朧は戦慄きながら刀を掴み後ろを振り向くと、叫ぶ。それは後ろに隠しナイフを飛ばそうとした時と同タイミングだった。


「古書堂!飛ばせ!」


一瞬ぐらりと時空がずれる。影は向こう側に飛んだ。宇宙が束の間見えた。そして僅か一瞬の出来事だった。数秒前に投擲したナイフが床を滑る、古書堂は鎮まる。


「…明鏡止水、だね。……逃げてしまおうか。あの3人を置いて。」


それだけは無理だと知っているのに。

「あれは、夕霧。蓬莱夕霧だ。あれを殺さなくちゃ全ては終わらない。」


膝を付いていた朧はもう1度立ち上がった。


「『ラプラス』。治癒をお願い出来る?」


朧は問う。しかし返答は凍てた。


『無理だ。』

「はぁ?」


顔を歪める。相手は応えた。


『今お前が力を使うと、只の綺麗な死体になるぞ。安静にしておけば吐血は止まる。シャワーを浴びてさっさと寝ろ。でなければおマイさんは死ぬぞ?』


朧は長すぎるため息を付いた。相手はくつくつ笑う。


「…はぁぁぁぁぁぁぁぁ…。何故、これ程までに『ラプラス』が言う事を聞くのかと首を傾げていたら…貴方でしたか。」


朧は再びぐらつくと、そのまま座った。目の前に人影が現れる。目の前の人影はカウンターに座って足を組む。西洋の貴婦人が着ていた喪服のドレスを着て只、ひたすらにニタニタ笑っている口を美しい黒の扇を使って隠している。


「『ラプラス』が言う事を聞くのは、我が父のみ。あの人は……。」


朧は俯く。蓬莱が続ける。

「彼奴は頭が可笑しかったからな。おマイさんの倍ぐらいに。」


朧は懐かしそうに笑う。

「……私より倍って、どれ位なんですか。」


あぁ、それと、と朧は続けた。

「夕霧を、始末しても宜しいですか。」


朧は厳かな口調で続けた。蓬莱は笑顔で返す。

「好きにしろ。我が妹は最早人の姿をしているだけの獣だ。彼奴は『月の都』………我が故郷に、居る。」


朧は跪く。そしてわざとらしく言った。

「……『月の都』、蓬莱 蚩尤王女の仰せのままに。」


蓬莱は一拍置いて応えた。

「…愚かな弟子よ。」


酷く、笑って。

「えぇ。」


朧は自身に満ちた目で笑った。そして蓬莱が言った。


「……もう、良いじゃろう。あの変人は、己の力でマグノーリエを、己の故郷を守った。」


朧は驚く。そして蓬莱は続ける。


「これは後の話で分かったことじゃ。彼奴の魔力の光の粒子が落ちていたから後を追ってみたのじゃ。……それは、マグノーリエの落下地点予測値を彼奴は計算で割り出した。」


朧は声を上げた。

「計算で割り出す!?そんなのできる訳が……!」


蓬莱が遮った。


「静かにせい。傷に障る。…彼奴はそれを計算で割り出し、光線が発射する数秒前に『ラプラスの魔物』を繰り出したのじゃ。そして…もう分かるじゃろ?」


朧は問うた。

「……父の事は分かりました。母は?」


朧は視線を下げて言った。蓬莱は続ける。


「…『ラプラスの魔物』を繰り出した際に、『ラプラスの魔物』ごと、空に上げたらしい。」

「そう、ですか。」


朧はそのままの表情で言った。そして話を切り返す。


「…まぁ、知りたかった事は知る事が出来ました。…………お師匠様がいらしたという事は、何か御用がお有りなんですよね?」


朧は笑顔で笑った。蓬莱は半ば呆れながら言う。


「その直ぐに笑顔に変える癖は相変わらずだな?そうじゃ。手前はおマイさんに服を届けに来たんじゃ。」


朧は毒づいた。


「……郵送でいいのに。」

「着払いにされたいのか?」

「申し訳御座いません。」


朧はさらに毒づく。只の阿呆だ。


「お師匠様の着払い高いんですよ。何ですか15000円って。何をどうしたらそんなに高くなるんですか。」


蓬莱は優しい笑顔で言った。


「『月の都』に行く前に八つ裂きにしてやろうか?いくらでも裂いてやるぞ?」

「やめて下さいよ。これでも重症なんですから。」


蓬莱の2度目の呆れ顔。


「『これでも』とは何じゃ『これでも』とは。」


そして蓬莱は木箱を置いて店を出る。朧は蓬莱が置いた木箱をばん、と開けた。木箱は溶けるように消える。


「まぁ、この服戦闘に最高だからね。好きですよ、お師匠様。」


蓬莱は笑って目を細めた。そして消える。朧はよろけて言った。


「駄目だ。格好つけ過ぎた。いやまぁ格好良いから仕方ないんだけど。最高に、吐血しそう。」


朧はシャワールームに向かった。その後に黎明が来て、5時から8時まで正座の罰を食らったのは、言うまでもない。

次で一応終わります。もしかしたら続きも書くかも知れません。コメント下さったら続きを書くかも。煩いですね黙ります。

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