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ラプラスの魔物 1

『ラプラスの魔物』1



「私ーーーだーら、気にーーーーーーーまえ。ーーーーーーちを、ー算ーー為ーも。」

「ーがーーーーーーーす!ーーい!だーー、ーーーがーーーしまーーは、ーーす!」


ここは何処?……薄く霞がかかって……。そうです…貴方の名前はーーーーー

「蓮花ちゃ〜ん。朝よ〜。」

「……はい。」


またいい所で目が覚めてしまった御手洗蓮花みたらい れんかは、不機嫌な顔でベッドから出た。ここの所同じ夢しか見ない。しかも、いつも思い出すその瞬間に目が覚めてしまう。


それを同居している叔母のせいにするのは可笑しな話だが、流石に1週間いい所を止められると苛立つのは必然だ。腰まである黒いストレートの長い髪。


深く底の見えない黒の金剛石のような瞳。赤く長いマフラーを片手に、冬のリビングへ降りた。


「今日はね、美味しいベーコンを貰ったから、それと卵焼きよ〜。」


「ありがとうございます。梢叔母さん。」


「いやぁねぇ。何時までも敬語じゃなくてもいいのよ!」


蓮花の前に、こと、とベーコンと卵焼きが盛られた皿が置かれる。蓮花はそれをかきこんで、荷物


「……もうこれは、癖ですから。では、行ってきますね。」


「気を付けてね。」


「はい。」


蓮花は古い、美しい運河の町、エレクトローネという町に住んでいる。そして蓮花は今、穹窿高校きゅうりゅうこうこうへ向かっている。


「あっ!おはよう蓮花!」

「おはようございます。苺飴朱めいしゅさん。」


目の前には苺色の長い髪の毛をした、元気溌剌とした、少女がいた。


「ねぇねぇ聞いた!?せんせーが言ってたんだけどさ、近くにさぁまた新しい運河が出来るんだってさー!」

「また?本当に凄いですね。この町は。」

「だよね〜!」


そして2人は、古い校舎に入った。その日は、特に何も無く終わった。その日までは。


「今日も終わったねぇ〜!てかさ、今日せんせーが言ってた本、蓮花は何処で買う心算?昨日休んでたから、今日買わなくちゃいけないでしょ?」

「近くに書店があるので、そこで買います。あ、じゃあここで。」

「ん。じゃあバイバイ!」

「さようなら!……さて、行きますか。」


蓮花は近くの書店に向かって歩き始めた。苺飴朱には、いかにもずっと行っていたような口振りで話したが、あの薄暗く黒い色をした、噂の『朧古書堂』には、1度も入ったことが無い。しかも何やら店主はおらず、幽霊が店を仕切っている、らしい。そして10年ほど前からある、らしい。本もある、はず。


全て憶測である。そんな事を考えているうちに、朧古書堂へ着いた。少しのガラス張りの通りに面した壁からは中の様子がよく分かる。


「ボッロボロですね…」


蓮花は金字の明朝体で書かれた『朧古書堂』のドアを押した。鈴の音がして、かび臭さと埃っぽい臭いがする。


「あの、すいません……」


何も変わらず、シーンとする。


「すいません!」

「ん?あ、いたの?」


少し蓮花は苛っとすると、目の前にいる男に目を向けた。男は20代前半。紫がかった髪の毛で、くせ毛。目は全てを濁した紫水晶の色で右目は髪で隠れている。男は燕尾服風のスーツ。顔は良く整っている、まぁイケメンだった。蓮花はもう1度声を発っそうとした瞬間だった。


「君の名前は御手洗蓮花ちゃん、あってるよねぇ?」


蓮花は身構えた。まぁ普通だ。初対面の男にいきなり自分の名前など呼ばれるなど危険以外の何物でもない。


「あぁ、安心して?私は君が来るのを5分26秒前から知ってたから。」

「……ストーカー、ですか?」

「わぁとっても塩対応。」


男は後を引くような甘ったるい声で喋る。そして、ニコニコしている。要するに、


「気持ち悪いですね。」

「君は『ラプラスの魔物』って知ってるる?……私はそのラプラスの魔物なんだ。」

「病院行ったらどうですか?あとラプラスの魔物なんざ知りません。」

「あ、私の名前は朧月夜おぼろづきよ 滄溟そうめい。宜しくねぇ。」

「貴方の名前は聞いていません。それよりも本を探してるんですが。」

「君って話の転換だけは上手いよね。」

「どういう意味ですか?」

「何でもないよぉ〜」


蓮花は男をーー蓮花は朧を目の前でゆらゆらしているのはただ見ていた。先程から全くと言っていい程話が通じていない。話を流されていると感じた蓮花は元の目的を問うた。


「えっと、だから本を探してるんですが」

「え、そんなの知らないよ?自分で探してね。まぁ、君なら探せると思うよ。『天体観測の望遠鏡』でしょう?」

「……何で分かるんですか。盗聴器でも付けてるんですか。」

「君が7分34秒後に聞く予定だったからねぇ。その本ならこの古書堂にあるよ。…君なら探せるさ。」


この訳の分からない朧という名の男に話している暇は無いと改めて思った蓮花は古書堂全体を見回した。古書堂全体は酷く暗く、二つの小さい本棚と、壁際に取り付けられた本棚しかない。男をあてにならない。店内をぼんやりと見ていた。


「一体本は何処にあるんですか…?」


小さく呟くと、本棚の目の前にあった。


「やっぱり君なら探せると思ったよ。」

「…これ、頂きます。」

「はい、どうぞ。」

「…ありがとうございます。」


やっとこの陰気臭い書店から出られると思った瞬間だった。


「蓮花ちゃん。5秒待って。」

「何言ってるんですか、」


もう出させてもらいますと言おうとした瞬間だった。


バン!バン!バン!


重たい音と、目の前を横切る白いアーム。


「あちゃ〜。来ちゃったか〜。」


等と隣の男はのんびりしている。


「広場の方からです!行きましょう!」

「あっ!ちょっと!」


必死で走る。その先には、


「あー、もうー朧さん何処っすかぁ〜?」


等とチャラい男は言った。赤髪で茶色いバンダナ、ペンキで汚れたツナギを着ていたが、驚くべきは男が乗っていた巨大なショベルカーである。しかも手が出るらしく小さなアームが沢山出ていた。


「な、何ですか、これ…。」

「おぉーとぉ?第一村人はっけぇーん!見つけたと思ったらみんな死んじゃうからさぁ?」


のんびりした口調で恐ろしい事を言う。現に彼のショベルカーの下は血の海だった。呻き声と、骨を折る、内蔵、脳を砕く形容しがたい音が響いていた。


「ひっ…あっ、」


朧は蓮花の目に手を当てて引き寄せると、


「…女の子に何てモノ見せてくれるのかな?迅雷じんらいくん。」

「おっとぉ?朧さんじゃ無いですかぁ?いやぁもう探したのなんの。……そういう訳で?死んでくださいっス!」


朧は円を描く様に手を回すと、大きな水球を五つ程作る。それをアームに当てた。アームが暫く動かせないのを悟ると、混乱している蓮花に言った。


「いいかい?蓮花ちゃん。今から古書堂に向かって走るんだ。中に入ったら安全だからね?」

「は、はい。」


蓮花が思いっきり走って行くのを見届けると、朧は再度迅雷に向き直った。


「いやぁ、朧さんも恋人さんが出来たんスか?本当に凄いっスねぇ?…タダの人殺しの癖にご立派、ご立派!その上?俺の故郷を?ぶっ壊したッスよねぇ?のに…よくものうのうと生きてルっすねこのクソ野郎がっ!」

「…彼女はそんなんじゃないさ。」

「殊更どうでもイイっスよ!…それよりも、あの女の子、イイっすね!舎弟にでもスるつもりッスか?『ラプラスの魔物』と『時間の砂』だなんてコンビが組めそうッスね!まぁそれも今日で終わりッスけどねっ!ほら、『ラプラスの魔物』の力!見せてくださっ……」


その瞬間に、朧は手に力を込めると、迅雷の方にかざして掴む。その刹那迅雷とそのショベルカーにあちこちから重力がかかる。


「…君は、無駄に饒舌だ……だからね?直ぐに、淡々と、無秩序に、」

「あ…がぁぁ!!」


朧は目に光のない顔をしていた。


「死んでしまうのだよ?分かるかい?」

「ふざげ…るながぁぉ…!!」

「…物分りの悪い莫迦は嫌いだし、そんな奴に掛けてやる情なんてないよ。だから、…ばいばい。」


体から、血が、肉が、内蔵が、吹き出す。音を立てて。だが、


「俺の、戦車は、がぁぁ…生きでるぞぉぉ!」


アームが一斉に朧へ向かう。しかし、


「だから、物分りの悪い莫迦は嫌いって言ってるじゃないか。」


アームは空中で爆ぜた。燃える。血の匂い。


「待でぇぇ…朧月夜ォォ…許ざぁなぁぁい…。」

「…まだ生きてるのか?彼は最期まで面倒臭い、物分りの悪い、無責任な、……糞野郎、だねぇ?」


朧はニヤリと笑う。


「でもね、私は、もう、幸せに、生きたいのだよ?……君みたいな烏頭に、時間を割いている暇などない。……流石に首を切ったら莫迦でも死ぬ、ね?」


迅雷の首に力を込めようとした瞬間だった。


「待ってください朧さん。」

「蓮花ちゃん!?君は戻ってたんじゃ…。」

「朧さん。なにもそこまでしなくても、彼は死にます。迅雷さんはその機械が無いと、何も出来ないでしょう?もう、匿名で警察も呼んでおきました。疑われる前に戻りましょう?」

「でも、」

「まだ何か?」

「……そこまで言うなら、帰ろうか。」

「ええ。丁度紅茶が飲みたくなってきたので。饒舌になると辛いものですね。」

「紅茶なら、出してあげるよ。」


月影が宵闇を照らしている頃だった。


「君は家に帰らなくても良いのかい?」

「今日は家が遅いので。」


2人は他愛のない会話をしながら、古書堂の中に入った。


「あ、君はこれからバイトだからね?宜しくねぇ」

「…は?私は時給1000円からしか受け付けませんよ?」

「…なかなか言うね君。」

「それで?時給は?」

「980円とかは?」

「論外。」

「990円」

「却下。」

「…1000円でいいよ。」

「ありがとうございます。」


月光が闇夜を照らす、運河の町。


ここにある、古書堂から始まる物語。


たった一冬の、暖かく美しい金色の物語。

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